第7話 放っておけなくて

 投稿したアカウントから俺に繋がる情報はない。

 このまま炎上を静観していても、赤松結翔としての俺が被害者としてネットにさらされるだけだろう。


 もちろん、噓コクなんてな瞬間をとらえた動画が話題になるのは理解できる。

 だがここで問題なのは、この動画の拡散力。

 この炎上には、がいるはずだ。

 今まで第一にその役を買っていたのは『T0Yチャンネル』だった。


「こんなこと出来るのは、ロクロの野郎以外にいないよな――最悪だ」


 ――くろくびロクロ。

 俺と同じく『コーチューブ』をメインプラットホームにしているゴシップ系インフルエンサー。

 彼は自称『トイのライバル』を名乗り、最近活動が活発になっていた。


 トイの復活配信日があるともくされる本日。

 ライバル視している相手が活動休止しているこの機会は彼にとってチャンスだし、今日は正念場とも言える。

 その結果が、この大炎上ではないだろうか。


「くそっ、俺がいない間に好き勝手しやがって」


 案の定、紺野に関する事はフルオープンだ。

 新人モデルとして活動していることや、所属事務所が悪名高い『空木プロ』だということもすべて。

 ロクロは公平な立場を保ちながら、発信者として躊躇が存在しない。

 彼をそうしてしまった俺にも責任の一端はある。


「こうなれば、復活配信の内容は変更しないといけないな」


 オリジナルの動画はすぐにでも削除すべきだ。

 だがアカウントのパスワードがわからないから、帰宅して書類を確認する必要がある。


「午後も授業を受けるつもりだったんだけどな」


 教室の紺野は薄ら笑いで誤魔化していつつも、如実に顔から生気が無くなっていき、昼休みの途中に早退してしまった。

 正直、俺は彼女のことなんて無視したかった。

 だが何となく、だ。

 ここで放ってしまったら、きっと後悔する。

 無理して笑う顔は――在りし日に見たことのあるもので、目を離してはいけない気がしたのだ。


「待ってくれ、紺野さん」


 俺も早退する形で紺野の後を追った。


 女子寮に住んでいるはずの彼女は、校門を出て寮とは真逆の方向へと歩いていく。

 声に振り返って俺を見ると、即座に逃げようと走りだしてしまう。

 一瞬だけ、彼女の目元に涙が流れていたことを見逃さない。

 川の流れる小さな橋の上。ようやく体力のきた紺野に追いつく。


「なっ、なんで追ってくんのよっ!」

「いや……逃げるから、仕方ないでしょ」

「……っ! あたしに何をしてほしい訳っ!?」


 今にも泣き出しそうな顔。

 我慢しながら強気に振る舞おうとする姿は弱弱しく、橋の柵にまで後退していた。

 どうやら俺は怖がらせているようなので、足を止めて両手を挙げて見せる。


「何って……何かしてほしい訳じゃないよ」

「嘘吐き! 今朝のやり返しに来たんでしょ!」


 話を聞く耳を持ってくれない。

 仕方ないのでハァハァと息を切らす紺野が落ち着くまで待つことにした。

 もっと建設的な話をしたい。


「聞きたいことがあるんだよ。紺野さんに」

「……何?」

「今朝のこと。どうして嘘コクなんて僕に?」

「そんなこと、あんたに関係ない――」

「どうして被害者である僕にその背景を知る資格がないと言えるのかな?」


 紺野乃彩は馬鹿じゃない。

 意思疎通は今のところ出来るし、さくらんしているようには見えない。きっと走った疲労によって、少しは正気に戻っているだけだ。


「あんた……急にじょうぜつになって何を――」

「質問に答えてほしいんだけど」

「……昨夜、ゲームして負けただけ」

「罰ゲームで合ってるんだな」

「あんたを選んだのは――」

「一番地味だったから?」


 食い気味に言うと、紺野はうなずいた。

 おおむね俺の予想通り。罰ゲームで嘘コクなんてよくある話かもしれないが、俺が選ばれた理由も何か意図があった訳じゃなかった。


「あんた、いつもそんなキャラじゃ――」

「僕の話はどうでもいいでしょ。紺野さんはこれから、どうするのかな?」

「わかんないわよ。どうすればいいの……あたしの人生、何もかもおしまいなのに」


 急に顔をうつむかせる紺野。

 たしかに絶望的な状況だ。

 一度ネットを覗けば、紺野を非難する言葉の数々が彼女の心を壊しにいくだろう。

 彼女も新人とはいえ芸能人のはしくれ。その辺の知識はあって、状況をあるてい理解しているのだ。


(状況を理解しているからこそ、逃避行なんてしてるのか……どうすればいいのか、わからずに)


 そんな時、『プルプル』と紺野のかばんから鳴り出す音があった。

 彼女は俺に、電話がかかったことを示すスマホの画面を見せつける。


「出ていいよ」


 何故か許可を出して紺野が電話に出た次の瞬間、信じられない程の怒声が鳴り響いた。


『お前っ、なんてことをしてくれたんだよ! うちの事務所の悪評になるんだぞ!』

「まっ、マネージャー……?」

『俺をそんな風に呼ぶんじゃねぇ! お前とは一方的に契約を切らせてもらう』


 見るからにろうばいする紺野。

 彼女の呼吸が次第に乱れていく。


「で、でも――」

『うるせぇそっちの過失なんだから黙れ!未成年じゃなけりゃ、慰謝料ぶんどったぞてめぇ!』


 一方的に電話を切られた紺野は、スマホを落とし――腰も落としていた。

 何もかも失ったような、一切の光も感じさせないオニキスのごとひとみ

 たった今出来たばかりのひざり傷さえ、自覚していないように見える絶望した顔。


 白く桜色の唇を震わせ、温かい気温にも関わらず寒気を感じている様子だった。

 取りえず、誰かに見られる前に彼女の腕を引っ張り立ち上がらせる。


「……何?」

「膝、擦りむいてる。川の水で悪いけど、それでも洗った方がいい」

「……無理。立ち上がれない」

「っと、仕方ない」

「え……っ?」


 強引に紺野を持ち上げ、橋横の階段を下りた。

 見た目は弱弱しくても、引っ越し業で鍛えたおかげか、楽々と運ぶことができた。

 応急処置として、膝の傷口に水をかける。


「いたっ」

「絆創膏――包帯の方がいいかな?」

「え、何?」

「買って来るから、このハンカチで抑えておいて」

「……なんで?」

「なんでって、何が?」

「なんであたしをそんな介抱してくれてるの? わけわかんないっ」


 その疑問に、俺は何も答えることが出来ない。

 自分でもここまでするつもりはなかった。

 ただ昨日折角助けたばかりの少女にへこまれるのは、嫌だと思っただけ。


 そんな時、再び『プルプル』と鳴りだす電話の音。

 しかし今度は紺野ではなく俺のスマホから鳴っていたものだった。


 着信相手は――しらみねちょうちょ

 出ない訳にはいかなかったため、俺は静かに応答した。

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