第6話 炎上

 ――昼休み。

 俺は二人の友人と共に学食で飯を食べていた。


「今日なんか顔色いいなぁ、結翔!」

「そうかなぁ? 和くんが言うならそうかも!」


 クラスではあまり周りと関わろうとしない俺だが、この二人のようなは例外である。


「おかしいな。昨日まで連日で引っ越し屋のバイトしてたから筋肉痛なんだけど」

「適当言った。ごめん」


 ――じまかずなり

 昔、ジュニアアイドルを応援する会で出会った友人である。


「別にいい。逆に和成は元気だな」

「おうよ! 課題から解放された俺は無敵なのさ」

「それは私のおかげだけどね~」


 ――あおやなぎなみ

 見た目は大和撫子のようなつつましい美人。

 ただし、その性格はいつも明るい元気な女子だ。

 和成の彼女でもあり、ジュニアアイドル。

 そう。当時和成が推していたのは彼女だった。


 二人はなのである。


「にしても結くん。今日なんかあった?」

「今日の話か? 何にもないけど」

「じゃあ、昨日バイト以外に何かあった?」

「俺、何の取り調べされてるんだよ」


 俺の顔をまじまじと見ながら考え込む美波。

 どうやら俺の顔色は良くないらしい。

 何かあるとすれば、紺野乃彩のことで悩んでいた節はあるが……。


「また蝶々さんに彼女作れ~とか言われたんでしょ……どう? あたり?」

「はぁ……あたり」


 実際、そういう話をしたし嘘じゃない。

 ただこの話題を再放送されたくはない。

 すると、美波はニヤリと笑う。

 相変わらず彼女は、人の痛い所を突くのが得意みたいだ。


「一回でいいから蝶々さんと会ってみたいなぁ」

「えぇ……」

「頼むよ~、結翔」

「こらっバカ和くん! 私がいるでしょ~っ!」

「俺のナンバーワンアイドルはいつだってみーちゃんに決まってるだろ」

「お前ら――人前でイチャイチャすんな」


 食事中くらい大人しくしてほしい。

 まあ……これがデフォルトの二人なので、大人しいと俺の方が心配してしまうだけか。

 やや騒がしいが、こうして俺に付き合ってくれるだけで助かっている。

 さすがの俺も、独り飯を好むほどの陰の者ではないからな。


「でもよぉ。デビューして経った一年でトップになったスーパースターが友達の従姉いとこって――生で会いにいかなきゃ損じゃね?」


 和成は、元アイドルオタクなだけあって蝶姉に興味津々である。

 とはいえ、お隣の美波が焼きもちを焼いているから、ほどほどにしてほしい。

 美波は蝶姉と同じ『色島プロ』に一年前まで所属していたので、会う機会はいずれあるだろう。


「んで、話脱線したけど実際どうなん?」

「どうなんって、何が?」

「彼女だよ。作らないのか? なんか勿体なくね」


 その話題は避けようとしたのに、戻されてしまった。……無視するか。

 俺は飯を食べながらシカトした。

 すると先に食べ終わった美波が俺の背後に回り、髪をいじってくる。


「大体、この髪どうにかしないとダメじゃない?」

「それな! 昔はもっとイケメンだったのになぁ」

「ねーっ! 結くんなんで伸ばしちゃったのさ」

「何度も言うが、気分なんだよ」

「えー、やっぱり不潔だよぉ」


 今朝も紺野から同じことを言われたな。

 でも、髪長いとどうして不潔なのか。

 ちゃんと洗っているし、美波だって長いだろうに、不思議だ。

 この二人は俺の配信活動を知らないから俺が髪を切らないことを疑問に思うのも当然だろう。

 もう百回近く同じ質問をされているから、そろそろ諦めてほしいけど。


「大体なんで俺に彼女作ってほしいんだよ」

「ダブルデートしたーい」

「女友達がほしーい」

「……お前らなぁ」


 ――結局は大人数で遊びたいだけかよ。


 というか美波は自分で作ればいいじゃないか。

 コミュ力が無いとか嫌われている訳じゃないんだから。

 美波に他の友達がいないのは、いつも彼氏とイチャイチャしているから、近づきづらいだけだ。


「別にうちのクラスじゃ、他にカップルいるだろ」

「結翔がいいんだよ」

「結くんがいーい」

「お前ら……なんか気持ち悪いな」


 それでも二人は良い友達だと思う。

 多分、幼馴染でもなければこんなに付き合ってくれないんだろうけど、いつも感謝はしている。

 ……言葉にはしないけどな。


「結くんの気になる人とか知ってる? 和くん」

「知らない。みーちゃんに隠し事なんてないぜ」

「それもそっか」

「口止めされても言っちゃうぜ」

「おい口止めされてたら言うなや」


 別に二人ならいいけど、本人の目の前で堂々と言う事じゃないだろ。


「結くんに彼女を作らせる方法、何かないかな?」

「お似合いの人を探して紹介するとかどうよ」

「うーん、小紫さんとか?」

「珍しいところだなぁ」

「だって見た目と中身がチグハグで似てない?」

「チグハグって、そりゃ自己紹介か?」


 美波こそ大人しめな見た目とはつらつなふるまいがチグハグだ。

 というか俺は心身共に真面目なはずなので、そう言われるのはかんである。


「お気に召しませんかぁ」

「そうだなぁ、無難に……学年で二番目に可愛い紺野さんとかどうよ」


 ――また紺野か。

 一昨日までは何の接点もなかった相手だけに、こう何度も関わると印象に残る。


 紺野は容姿だけではなく愛嬌があって面倒見もいいギャルだ。

 だからモテるし可愛く見えるんだろう。

 彼女に告白して玉砕した男子が多いことも知っている。

 しかし今朝に、嘘コクとかいう『好きな相手にするはずのない告白』を彼女からされてしまった。

 最早、振られたも同然と言えよう。

 とはいえこの二人に嘘コクの件を話す気はない。


「一番目に可愛い女子を飛ばした理由は?」

「はっ!? 結翔お前ぇ!」

「な、なんだよ……」

「俺のみーちゃんを狙っているのか~っ!?」


 つまり和成の言う一番は美波だと言いたいのか。

 彼氏としての色眼鏡が入っているだろうし信用できないランキングである。

 何しろ俺には蝶姉という1000年に1人のウルトラ美少女な従姉がいるから、『学園一可愛い』とか、そんな肩書きは意味がない。


「お前の『可愛い女子ランキング』が主観的なものだということはよくわかった」

「サラッと結くんの中で私一番じゃないって言われた!? ディスられた!?」


 一番じゃないはディスるの内に入らないだろ。


「大体な、俺の一番は埋まってる」

「それは――――そうだろうけど」

「おい、結翔って気になる女子いたのかよ!?」

「和くん、あとで教えてあげるから落ち着いて」

「はぁ……まあ和成ならいいや」


 秘密みたいに言ったが、内緒にする約束なんてしていないし、和成も知っている相手だ。

 ただ自分の家族の名前をこういった話の中で出したくなかっただけ。

 そこに恋愛感情があるわけでもなし。

 俺が容姿で恋愛感情を抱くほど単純な男なら、とっくの昔に彼女くらい作っている。


 今やネットに出会い系サイトが普及している。

 見た目の良い女子なんて探せば無限にいるし、恋愛なんて行動力さえあればトライアンドエラーで何とかなるものだ。


 俺も食事を食べ終わり、トレーを返しに行こうと立ち上がる。

 すると、みょうに騒がしい声が周りから聴こえた。


「ねぇこれって本当? この制服――」

「あっ、あいつじゃない?」

「本当にうちの生徒なの? 嘘でしょ」


 ――ん?


 なぜか俺に向けられる幾つかの視線。

 ゆっくりと周囲を見渡すと、何人かが俺を見ている。

 理由がわからない。思い当たる節もない。

 和成と美波に目配せをして離れるように促すが、二人が離れる素振りはなかった。


「なんだ? あいつら……結翔に何の用なんだよ」

「動画とか言ってない?」


 落ち着いて観察すると噂している生徒達がSNSを弄る様子が伺えた。

 何か話題になっていることがあると察して、急いで同じように調べてみる。


「――――ッ!!」

「おい結翔、大丈夫か?」

「…………嘘だろ」


 SNSでトレンドに上がっていたのは、ある一つの動画。

 投稿主は新規の捨て垢。

 拡散されている動画の内容は再生するまでもなく、俺はサムネイルだけですべてを理解した。


(……これ、俺が撮った動画だ)


 俺の中にある疑問はただ一つ。

 なぜこの動画が流出したのか。記憶を遡った。

 小型カメラは編集なしなら即撮り即アップも出来る優れもので、新規アカウントに繋がっていて――俺は二つある保存アイコンの片方を押した。


(上矢印の意味は――……?)


 俺は昨日、疲れて機材チェックを怠っていた。

 流出したのではない――投稿主は俺だった。

 バクバクと鳴りだす心臓の鼓動。

 理解した瞬間、手が震えだす。


 次第に静かになっていく食堂。

 そんな空間でふと――カランとトレーを落とす音が鳴り響いた。

 スマホを片手に青ざめた表情を見せるのは、SNSで今、盛大にヘイトを買っている人物。

 ――紺野乃彩。




『――――……


 紺野乃彩の嘘コク動画が今、していた。


                ……――――』




 ***



 不快な視線があたしに集まる。

 誰かがまたあたしの話をしている。


『この動画ってあの子でしょ』

『紺野さんひっど』

『信じらんない』


(…………ッ)

 うわさされているSNSで話題の動画を見た。

 今朝のことだ。

 その内容によってあたしが加害者として見られているらしい。


『良い人だと思ってたのに』

『裏じゃこんなことしてたのかよ』

『失望した』


(……なんなの)

 周囲のみんながあたしを白い目で見てくる。

 話した事もある先輩や知り合いも含めて、手のひらを反すようにあたしを蔑む眼差しを向けてきて。


『あーあ、うちの学校とばっちり食らうじゃん』

『紺野さんって性格悪いよね。周りを見下してる』

『……クソ女』


(もう……聞きたくないッ!)

 耳をふさぎながら、あたしは人気のない方向へと逃げ去った。

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