第5話 炎上するまであと...1

 ――晴天下。

 まぶしさに目を細めながら、空に手をかざす。

 照明は、撮影において重要なファクターだ。

 くっきり見せたいのであれば、めいりょう度を上げた方がいいところを俺は低くする。

 人間は五感によって情報を得るが、九割が視覚から入る情報である。

 なので視覚から入れる情報量を減らすことで、聴覚的情報を強調できる。

 ――知らんけど多分、そう。


 俺のような炎上系のネタを扱うのを得意としている配信者だとしても、そういった細かい技術が新たな数字を産むのだと思う。


(あとは――少し小細工も仕掛けておくか)


 風の強さを肌触りから計算し、持ってきた仕掛けが使えることを確認した。

 塔屋の物陰に配置したカメラの位置と角度、そして高さを再び計算する。

 念には念を入れておかなければいけない。

 あらかじめ幾つかの保険を施しておいた。


 ――屋上に来てから十数分後。

 塔屋の扉が開くと、こんは現れた。


「待った?」

「いや、僕もさっき来たところだよ」

「そっか……」

「それで――急に呼び出されて僕怖いんだけど……伝えたいことって何かな?」


 あくまで普通の男子高校生っぽくオドオドとしてみる。

 思えば場所といい――告白されるみたいだ。


「あのね――付き合ってくれませんか?」

「…………」


 何に付き合えばいいんだろう。

 まるで告白するような言葉に、俺の頭は真っ白になった。

 言葉が詰まり紺野の顔を見ていると、彼女が口パクで、何かを伝えてきていることに気付く。


『ことわって』


 何を断ればいいんだろう。

 まるで告白を振って欲しいみたいな言葉に、俺の頭は昇天しそうだった。

 しかし今の沈黙の時間は気まずいし、言われた通り断ることにした。

 

「気持ちは嬉しいけど、あまり話したこともないし――」

「ぷっははっ!!」

「ふひっ、マジでウケるんですけど」


 完璧な演技で告白を断ろうとした台詞の途中、口を挟む者達がいた。

 塔屋のから響きだした二人の女の笑い声。


(な、なんだ……?)


 彼女達はたしか……紺野がいつもつるんでいる友達だったことを思い出す。

 ――ここで俺は察した。

 紺野は俺の正体を知り脅迫しに来たのではない。

 そして告白でもない。


(……なるほど、なんだと思えばそういうことか)


 ようやく理解した。

 これはいわゆる――なのだろう。


「えっ、本気で告白されてると思ったの!?」

「お前みたいな暗い奴、無理無理ぃ!」

「ねー。乃彩が好きになる訳ないじゃん」

「乃彩もそう思わん?」

「あ、あはは……まぁせめて、その髪は切った方がいいかもね。ちょっと不潔っぽいし」


 紺野は苦笑いをしながらも二人に同調していた。

 言われたい放題だが、俺は何も言わない。

 こういうイジリというものは、反応を示すからエスカレートするのである。


(はぁ……面倒くせぇ)


 このような構図は、トイとして過去に取り上げたことがあるから理解が早かった。


「ちぇ~っ、暗いやつ相手じゃおもんな」

「陰キャくん、落ち込んじゃってるじゃん」

「名前くらい呼んであげなよ。えっと名前……」

「ふはっ、乃彩ひっどー! 憶えてないじゃん」

「てか、童貞くん何とかいいなよ――ヒッ」


 人睨みしたら女子が一瞬、うろえた。

 俺が弱弱しい男子だから舐めていたのだろう。

 最初から恐れてはいなかったが、これでは拍子抜けしてしまうな。


「どーしたん?」

「なっ、何でもないしっ」

「じゃあ……もう罰ゲーム終わりでオッケー?」

「オッケー。んじゃ、もう行こ。ここ眩しい」

「だねぇ」


 わずらわしいギャル二名は満足したのか、足早に去っていく。


(ようやく消えたか)


 やはり無視し続けて正解だったようだ。

 俺も意図して暗いように見せている以上、あまり目立ちたくはない。


からってごめんね。あんまり気にしてないみたいで良かった」


 紺野は去る前に、小声で謝ってきた。

 罰ゲームで嘘コクすることになっただけか。

 彼女達は三人とも女子寮住みだし、昨夜あたりにゲームでもしたのだろう。

 俺の正体がバレていないなら、どうでもいい。


「はぁ……まったく嫌な目にあったぜ。これが俺に相談してくる奴らの気持ちなのかもな」


 確認した動画には、紺野以外の女子がフレーム外で映っていなかった。

 、俺を馬鹿にするところまでしか撮れていないようだ。

 そこまで便利なカメラではないように感じる。


 動画を見れば紺野が悪い女に見える。

 だが、唆したのは後ろ二人だろう。

 彼女の苦笑いや捨て台詞を考えるに、あまりノリ気ではなさそうだった。

 近くで見た俺だからわかる話かもしれないが。


(保存ボタンは、これか?)


 今は役に立たないが、いつか正体がバレそうになった時の保険になるかもしれない。

 カチッと音が鳴ると、幾つかのアイコンが表示される。


(ん? なんで保存のアイコンが二つあるんだ?)


 俺はいつも見慣れたフロッピーディスクのアイコンが二つあることに気付く。

 一方にはが付いているが違いは何だろう。

 まあ大きな違いもないだろうし、保存できればそれでいい。

 俺は上矢印の付いた方のアイコンを押し、カメラの電源を落とした。


(それにしても、紺野乃彩……か)


 ヒエラルキーも高い彼女だが、プライベートで『T0Yチャンネル』を見るのはどうなんだろう。

 チャンネル運営主の俺が言えることじゃないと思うが――。


「趣味悪ぃなぁ」


 彼女のイメージと大分違った。

 人は見た目じゃないということか。


「…………」


 告白は……期待しなかったと言えば嘘になる。

 恐らく、蝶姉に昨夜色々言われた所為だろう。

 恋愛には興味ないけど、見た目の良い女に告白される瞬間の動画が撮れたら……蝶姉を少しは安心させることができたかもしれない。


 そんな期待はあったが、別に落ち込んでいる訳ではない。

 一息吐いて、俺も教室へ戻ることにした。

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