第2話 炎上するまであと...4

 忍び足で声の方向へと近づくと、路地裏で三十代くらい男が、金髪ツインテールの女子の首元にナイフを当てていた。


(おいおいおい……!!)


 とんでもない場面に出くわしてしまったらしい。

 足がすくむが、驚くべきことがもう一つ。

 襲われかけの女子には見覚えがあった。


(あいつ……紺野か?)


 ――こん

 サラッとした金髪ときらびやかなおしゃが目立つ彼女は、学校でもかなりモテている陽キャな女子。

 いわゆる、ギャルだ。


 たしか学校の暮らしだった彼女が、どうしてこんなところにいるのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。

 彼女を助けるべきだろう。

 俺らしくないかもしれないが、自然とそういう思考へ至っていた。


「いやっ……! 誰か助けてっ……!!」


 悲痛な叫びに、居ても立っても居られない。

 スムーズな手つきで、俺は自分の眼鏡を外し、髪をかき上げる。

 手鏡を見る時間はないが、これで十分だ。

 イメチェンしたことで、俺の心のスイッチがオンになり、俺は堂々と姿を見せた。


「これは、一大スキャンダルだな。――お楽しみのところ、失礼させてもらうぜ」

「……あぁ?」


 男はすぐに俺を……いな、俺が手に持つスマホのカメラを見て、少し顔を強張らせる。


「誰だてめぇ! って、おいその顔――まっ、まさか……なんで、がこんな所にいんだよ!」


 どうやら俺のことを知っている様子。

 俺の顔の広さが、珍しく役に立ったようだ。

 凶器を持っているものの、思っていたより小心者なのか動揺の色を表情に見せる男。

 それを見た俺は強気に宣言した。


「それよりナイフを置いてその子から手を離せ」

「いっ、いやいや、いくらあんただって……今は活動休止中だろ? ビビったりしねーぜ」


 そういいながらも、男の肩がピクリと震えたのを見逃さない。

 だが続けて男は怒鳴った。


「てか俺は『空木プロ』の関係者だぞ! 所属してる読者モデルと話し合っただけだって……なぁ?」


 男は掴んでいる紺野の腕を見せつけながら、威勢よくそう言う。

 紺野は恐怖のあまりか何も言えずにいる。

 いかなる関係だろうと、ナイフを向けていたら弁解の余地はないと思うが……。


「あのさ……言ってることおかしくないか? 読モならそもそも芸能プロダクションに所属しないだろ」


 つまり、紺野は騙されていたらしい。

 プロの仕事をアマチュアクラスのギャラで働かせようとしたのかもしれないが、俺でなくても言っている事のおかしさに気付く。


「世の中、騙される方が悪ぃんだよ。、わかってくれるだろ。見逃してくれよ」

「そうだな。でもな、俺だってバズるネタを見逃したくはないんだ。だから、一つ提案してやるよ」


 スマホを操作し、その画面を見せた。


「――ッ!? やっぱり撮ってやがったか……」

「俺も鬼じゃない。ネタに出来るなら、なんでも大歓迎さ。逃がしても構わない。女子高生を助けたっていうネタになる。わかったら失せろ」


 ――物的証拠。

 先ほどから撮影していた犯行の動画である。

 その動画に加えて、俺はコーチューブへの動画アップロードのボタンを見せびらかした。


「女の子を襲おうとしている動画が、このボタンを押すだけで全国へ拡散されるんだが――」

「ま、待てっ! 話を――」

「どうする?」


 俺という配信者……そのを知っているからこそ、俺の台詞が本気だとわかるのだろう。


「俺が悪かった。だから、そのボタンを押すんじゃねぇ。話せばわかるだろ?」

「良い世の中になったよなァ!」


 気付けば俺は……自然とわらっていた。

 これじゃ、どちらが脅迫しているのかわからなくなってきたな。

 脅しが通用したのか、男はナイフを下ろした。


「話を聞け! わかった……俺はどうすればいい」

「今すぐ立ち去れば、俺も気が変わるかもな」

「本当か?」

「俺が正義のヒーローなら嘘かもな。どう見える?」


 今もナイフを持つ相手。

 だが、俺には謎の余裕があった。それは今までの経験から湧き出てくる自信だ。

 男の目に見える俺は果たして、正義のヒーローに見えるだろうか――否。

 そんなこと、ありえないだろう。


「――で? 本当じゃないなら、なんだよ」

「チッ、この野郎……約束だからな」


 に決まっているだろう。

 てめぇは豚箱行きだ。

 けれど、そんな俺の胸中を見抜けぬ男はまんまと騙され、走り去っていく。


(……正義のヒーローは、そもそも嘘なんて吐かねぇんだよ)


 何だか嫌な気分になった。

 帰ろうかと思った矢先、紺野が目の前に立ち、頭を下げてくる。


「あの……助けてくれてありがとうございました」

「気にすんな」


 早く紺野の前から立ち去りたい。

 まだ彼女は、俺がクラスメイトだと気付いていないだろうけど、髪を下ろすだけで、俺の正体に気付く勘付かれるかもしれない。


「そ、それとっ!」


 しかし紺野は俺を引きめた。

 幸い彼女は落ち着かない様子で、こちらを見たり見なかったり。


「なんだ? まだ俺に何か?」

「もしかしてトイさんですか?」


 嫌な予感はしていた。

 彼女も俺の顔を知っていたらしい。


「あん? 『T0Yチャンネル』のトイかって質問ならそうだ。言っておくがSNSで発信するなよ?」


 気付かれたのなら認めるしかなかった。

 住所の割れた同業者の末路は、イヤなほど知っているから、こうして諭すしかない。


「やっぱり! あたしトイさんのファンで――」

「そうかよ。んじゃ、近いうちに復活配信するから投げ銭よろしく」

「はっ、はい!」


 できる限りぞんざいな言い方をしたつもりが、気持ちのいい返事をされてしまった。


(いや――うなずくんじゃねぇよ! てか、こっち見んなっ)


 T0Yチャンネル。

 それは俺が『コーチューブ』という配信サイトで配信活動をしているチャンネルであり、それなりの数字を誇っている。

 配信主である俺はチャンネル名から「トイ」と呼ばれていた。


 いくら人気があっても、活動内容は炎上ネタを扱うジャンル。

 動画内容やトークには自信があるものの、俺自身は視聴者に好かれていない――はずなのだが。


「嬉しぃ……本物のトイさんとお話できるなんてっ! あたし、夢みたいです」

「そりゃ良かったな」


 勘弁してほしい。

 学年でも有名なギャルの紺野が自分のチャンネルのファンだとか、反応に困ってしまう。


 ――そもそもだ。

 『トイ』の視聴者は統計上、八割がである。

 どうして数少ない女性視聴者と出くわし、それがあまつさえクラスメイトなのか。

 とにかく、俺がクラスメイトの赤松だとバレていないのは、不幸中の幸いということだ。


「あっ、あの――トイさんと会ったこと友達に話してもいいですか?」

「いいわけねぇだろ」

「ですよね!」


 紺野のノリに俺の方が戸惑ってしまう。


(なんだこいつぅ……)


 今も「これでこそトイさん」とかぶつぶつ呟いているし、どう扱えばいいのかわからない。

 俺の知っている紺野とのを感じる。

 いつも学校の教室で見る彼女はギャルで、誰に対しても馴れ馴れしいくらいにため口で――。

 普段の彼女は、こんなんじゃない。


 よし決めた、うん……ここは逃げよう。

 変人にかまっている場合ではない。


「はぁ。それじゃ俺急いでいるから」

「えっ、もう少しお話でもっ!」

「もう暗いし、早く帰ることだ」


 俺は全力で走りだした。バイトの疲れもあったが関係ない。紺野と関わることに疲れたのだ。

 彼女は立ち尽くして、追いかけて来る様子はない。


 学校で会っても、彼女と関わるのは出来るだけけようと心に決めた。

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