第3話 炎上するまであと...3

「遅い! 何時だと思っているの?」


 帰宅すると、怒った顔のちょうねえ

 おかんむりのご様子。

 いつも多忙なはずの彼女だが、夕飯はなるべく俺と一緒に食べたいらしく、こうして早く家に帰ってきている。


「バイトあるって言ったでしょ? 蝶姉」

「それにしたって遅い! お姉ちゃんは待たされたの~っ!」


 まるでねる子供のようにさわぐ蝶姉。

 実際、彼女の身長は低く顔もどうがんだから、高校生をしょうしても違和感がないだろう。

 年齢より若々しい彼女が有名になる前は、買い物の度に年齢確認されていたくらいだ。


 きっと俺と一緒に並んで歩いたら、兄妹のように見えるかもしれない。

 もちろん蝶姉は国民的なアイドルだし、そんなことをすればスキャンダルなので、しないけど。


「はぁ……俺のことなんか気にせず、もっと付き合いとか大切にすればいいのに」

「何言ってるのよ。私にとってはユイが最優先」


 くちぐせのように宣言する蝶姉。

 彼女のそんな姿からは、確かな威厳を感じる。


 襲われかけていた紺野を助けたことで遅くなってしまっただけでなく、とある伝手を使って動画を警察に届けさせるのにちょっと手間取った。

 だからといって、誰かに責任を押し付けるのは止しておく。


「悪かったよ」

「うん。謝れて偉いよ、ユイ」

「はいはい」


 頭をでてくれる蝶姉。

 俺に対しては相変わらずだが、これで上手く言い逃れでき――。


「それで、遅くなった理由は?」

「げっ……」


 言い逃れは出来なかったようだ。


「まさかお姉ちゃんが訊かないとでも?」


 蝶姉の笑顔が怖い。

 不敵に微笑む彼女は、グイっと近づき俺をソファーへと押し倒し、話から逃げられないように、腕を固定してくる。

 彼女の細い腕から逃れるのは簡単だけど、彼女を傷付けてしまうかもしれないから出来ない。


「バイトの先輩と喋ってただけ」


 それっぽい事を言ってみる。


「何? 結翔も早く彼女作りなって話とか?」

「違うけど……そんなところ」

「えっユイが隠すってことは、違わないじゃん」

「なんでんだよ……俺はNOを言える日本人だ」


 蝶姉の中で勝手な俺のイメージが出来上がっているらしい。そんな話していないのに……。

 どうやら蝶姉に俺の言葉は届いていないらしい。

 自分の世界に入った彼女は目を輝かせ始める。


「絶対そういう話だぁ! お姉ちゃんわかるもん」

「いや、わかってないでしょ」


 俺がいつ何処で恋愛に興味持ったんだよ……。


「わかってますぅ……だってお姉ちゃんもそう思ってるんだもんっ!」

「蝶姉が想像する通りに回る世界は、きっと夢の中だけだよ」


 蝶姉と恋バナなんてごめんだ。

 俺に恋愛なんてしている余裕はないし、そもそも作れると思っていない。

 なにしろ1000年に一度の美少女とさえ評される蝶姉をいつも見てきたのだ。

 俺の女性を見る目は壊滅的である。


「むぅ~っ、ユイの側に任せられる子がいれば、お姉ちゃんだって同棲しなくても安心するもんっ!」

「…………」


 その言葉には、俺も少し悩ませられる。

 蝶姉……しらみねちょうちょの人生は彼女のモノである。

 決して、たかが親戚である俺達のものではない。

 そして俺と同棲したままでは、いつかスキャンダルのタネになってしまうだろう。


 これは、炎上系コーチューバーとして確信している未来図。

 一刻も早く彼女を開放してあげたい。

 そのために俺もお金を稼いでいる。


(手段を選んでいる余裕はない――俺はなんだってやってやる)


 蝶姉はいつも俺のことを『モテる男』だと言ってくるが、リアルで告白されたことなど一度もない。

 肩までかかった長い髪に眼鏡をかけた地味男。

 そんな俺にそうする女などいるはずがないのだから。


 それでも彼女は――同じことを繰り返して言う。


「ユイはさ、格好いいよ……ユイの顔、お姉ちゃんは好き」


 俺の悩みを見抜くような台詞。

 エスパーかと思ってしまった。

 きっと蝶姉がそう望んでいることなのだろう。


「お姉ちゃんね、これでもトップアイドルなの」

「知ってる」

「大人気イケメンアイドルとか沢山知り合いなの」

「そうだね」


 蝶姉の自慢が始まった。

 すべて事実なので、俺は肯定する事しかできない。


「そんな目のえた私が言うんだよ? 色眼鏡なんかじゃない。ユイはたんせいで魅力的な顔してる」

「…………」


 でもなぁ――。


「よっ! このイッケメ~ン!」

「最後の一言がなければ信じたかもなぁ!?」


 急に蝶姉の言葉が一気に安っぽくなった。

 しかし勇気づけてくれているのは伝わった。

 蝶姉自身の願いもあるのだろうけど、彼女は自分のことさえ、俺より優先順位が低い。


「というか今朝の番組、見たぞ。また勝手に人の噂にひれを付けやがって」

「ん? あ~、もしかしてユイをかわいいって言ったこと?」

「それだそれ」


 蝶姉は仕事でも時々、俺の話題を出している。

 本当にただ従弟いとこの話をしているだけなら良かったのだが、そう単純な問題ではない。


「ん~? かわいいんだからよくな~い?」


 あざとく言ってもよくないことはよくない。

 さっき俺に向けて『格好いい』と言ったクセに数秒でたんしているじゃないか。

 というか、問題なのはそこだけじゃない。


「トップアイドルの扱いされている俺、ネットで捜索されてるんだけど」


 リアルで従弟の俺は、ネットでとして知られているらしい。

 それも、バラエティ番組やラジオの度に情報を発信しているせいで、俺の人物像はある程度、公共通信に駄々洩れだ。


 どれだけ誇張されたら『VVikipedia』に名前が載るのか――是非とも知りたい。

 『VVikipedia』とはネットの代表的なインターネット百科事典のことである。

 俺の活動している登録者五十万人越えの『T0Yチャンネル』でさえ載っていないのに……。

 これぞ、俺にとっての『嘆きの壁』である。


「いいでしょ。イトコって言うのは嘘じゃないんだし、一度だって男だなんて言ってないんだから」

「勘違いされるのをわかってて言うのと嘘を吐くのは同義なんだよ……」


 大体、蝶姉が俺のことを「ユイ」とあだ名で呼ぶから、こうなっているのだろう。

 男と同棲していると知られるよりはいいのかもしれないけど、バレたらファンが卒倒するに違いない。


(まったく、バレたら誰が責任を取るのか。せめて俺が責任を取れることならいいんだが、な)

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