第21話 クラスメイト達の目線

 休み明け。

 もはや恒例のごとく、紺野の席周辺には人だかりが出来上がっていた。

 大物Vtuberに名前を上げられ、軽くないバズリを起こしていたのだ。

 こうなるのは至極当然だろう。


(うぇぇ……ダルい)


 ブルーマンデー症候群になりかけている俺にとってはキツく耐え難い光景。

 とはいえ紺野は楽しそうに皆と会話している。

 土日によく休むことができたのだろうか……今日の彼女はとても元気だ。


「気付けば紺野さんを目で追ってるぅ〜?」

「深い意味に捉えるな」


 朝から和成と美波に心配される。

 俺の疲れは二日の休みでは癒えていなかった。

 それも桃雲スモモとかいう女が原因である。


 気苦労には紺野も含まれるが、なんだかんだ彼女は俺の都合の良いように動いてくれた。

 もちろん、恋愛進捗なるものは本当にやめてほしいが、その一点を除けば俺の正体がバレないよう立ち回ってくれていると思っている。

 偶然かもしれないが、小紫が上手い具合に指示を出しているのかもしれない。


「それで何で、結翔はそんな疲れてる訳よ」

「他人の粗探してたら、休み終わってた」

「意味わからないけどやめな?」


 あれから桃雲の弱みを探っていたが、欠片すら出てこないクリーンな人物で困った。

 彼女はただでさえ配信が少ないのに、SNS利用も最小限に留めているためである。

 今回のような暴露だって……初めてみたいだ。


「それはそうと結翔」

「何だ?」

「宿題やった?」

「あっ、忘れてた」

「ど、どどど、どうしよう和くん! 頼みの綱が無くなっちゃった!」

「……急いでやるしかなさそうだな」


 どうやら課題のリカバリーに、俺を宛にしていたらしい二人。

 やっていない俺が言えたことではないが、前以てやれば良かっただろう、と思った。


 俺はというと、諦めムードである。

 むしろ、二人も同じ状況で安心感が生まれた。

 まあ成績を落とす訳にもいかない。

 スマホの電源を入れた俺はとある人物へ『LEIN』を送る。


〔小紫、宿題見せてもらえないか?〕


 すると瞬く間に連絡は返ってきた。


〔私は都合の良い女じゃありませんので〕

〔何でも言うこと聞くって話は?〕

〔乃彩は宿題終わってるらしいわよ〕


 人の質問を無視して、話を進める小紫。

 だが、紺野の元へ行ってどうするというのか。

 告白の返事を返さない男が一丁前に宿題を見せてくれ……だなんてダサい真似はしにくい。

 ――それもギャラリーの生徒達がいる中で。


 いや……ここは敢えて紺野にお願いをすることで、彼女が俺を幻滅するか反応を見るのもアリだ。

 宿題の一つ、忘れることはよくあることだろう。


「――だからって、あんな地味な奴じゃなくても良いじゃないか!」


 そんな時……紺野の席の方から聞こえたのは、男子の甲高い声。

 一気に騒がしい教室内はシンと静まり、ピリピリした雰囲気を感じ取る。

 そこで声の主である男子が、俺を睨んでいることに気付いた。


〔誰? あれ〕

〔同じクラスでしょうが。山本くん――乃彩のことが好きならしいの。告白はまだみたいだけど〕


 さっきはお願い事を聞いてくれなかった小紫も、単純な質問にはすぐ答えてくれるらしい。

 都合が良くて助かる。

 すると話題の山本が、こちらへと向かってきた。


「なんでお前なんかが……」


 こんな嫉妬を剥き出しにされるのは初めてだ。

 炎上する以前から、紺野は結構な数の男子からモテていた。

 それが俺に対する告白によって、多くの失恋を引き起こしてしまったのだろうか。

 山本くんは……恐らく本気で恋をしており、紺野を諦めきれないようだ。


「大凡察しはつくよ。紺野さんと僕じゃ釣り合っていないって言いたいんだよね?」


 言い返さないのも一手ではあるが、答えなければいけないという緊迫感があった。

 彼の言い分も一理ある。

 俺と紺野が釣り合わないのは自明だ。

 しかしそれだけなら、告白された先週の内に嫉妬心を爆発させていただろう。

 すなわち、彼は以前とは違う部分に焦点を当てている。


 一夜で大人気エンスタグラマーとなった紺野。

 そういったレッテルの加わった彼女のことが、どうしても欲しくなったのだろう。


「そ、そうだ。わかってるなら紺野の告白を保留にして彼女を弄ばないでくれないか?」

「告白を返さないのはたしかに僕が悪いね。ただ勘違いされたくないんだけど――」


 色々言われるのは俺もトイとしての活動で慣れているが、許せないことがある。


「――紺野さんが人気者になって、山本くんの中で彼女の価値が幾ら上がろうと、僕の紺野さんを見る物差しは変わらないから」


 数字で人を見る目が変わるなんてよくある話。

 俺だって配信者として数字は大好物だし、その優劣は陰ながら存在するものだと思っている。

 だが――数字は絶対値じゃない。

 数字で配信者の価値が決まるならば、盛者必衰など起こるはずがない。


 だから数字で人を見る目を変えるのは、失礼極まりない行為である。

 人気が落ちたら価値がないと言っているのと同義なのだから。


 すると山本は反論せず、悔しそうな顔に……。


「っ、お前みたいな彼女の一人も出来たことのない奴が、なんで紺野に……」


 彼女がいたことは、関係あるのか……?

 ただのマウントだろうか。

 随分と紺野に惚れ込んでいるようだが、女慣れしていた癖に彼女を落とせなかったということか?


 言いたいことがいまいち伝わってこないが、俺が彼女と釣り合わないことを強調したいのだろう。

 もちろん、紺野のような積極性のあるギャルなら元カレの一人や二人いるのだろうけど――。


「あたしだって彼氏いたことないけど、何?」


 そこへ、紺野がハッキリと宣言するようにそう言ってきた。

 衝撃的な告白だ……。

 紺野を含むギャル達には噂が多々あったから、そういった先入観がなかったと言えば嘘になる。


 それは俺だけでなくクラスメイト達も同じようで、皆が唖然としていた。


「もしかして、あたしのこと馬鹿にしてる?」

「い、いや…………ごめん」


 俺が何を言っても肝が据わっていたのに、紺野が言い返すとすんなりと謝罪する山本。

 これが惚れた弱みというやつなのだろうか。

 まあ好きな女子に怒られるのはキツいだろうし、これ以上俺に迷惑をかけないならそれでいい。


「赤松も……八つ当たりしてごめん」

「いいよ。わかってくれたなら」


 紺野に叱られて意気消沈したのか、山本はしっかりと俺にも謝罪してきた。

 分別が付かないわけではなく、嫉妬に駆られて感情の整理が付かなかったみたいだ。


 自席へ戻った山本は、友達に慰められていた。

 一応は彼もクラスメイトなので、険悪な関係にはなりたくない。

 恨みを買って俺の正体を暴かれるような真似をされても困るしな。


「ごめん、迷惑かけて」

「いや、紺野さんは悪くないし、ことの発端は僕が告白の返事しないのが悪いから……」

「それはそう」

「容赦ないね。近いうちにさ……答えを出すよ」


 すると目を大きく見開く紺野。

 もしかしたら彼女は、俺がいつまでも答えを出さないと考えていたのかもしれない。

 俺だって結論を急ぐつもりはなかった。

 ただ今回の一件で、紺野の強さというか……気高さを知った気がする。


「ところで紺野さんにお願いしたいことが――」

「えっ何?」

「今日提出の課題、やり忘れちゃったんだ。出来たらノート見せてくれないかな?」

「ちょっとそれ早く言ってよ。持ってくるね」


 俺は恥を惜しまず頼んだ。

 使える手段は何でも使う。

 ……それが俺の流儀である。


〔紺野さんに男性経験がないって本当?〕

〔質問が気持ち悪いのだけど、処女厨? 引くんだけど〕


 紺野が自分の席へノートを取りに行く間、俺は小紫に確認を行った。

 直球で元カレがいないことを聞くのはどうかと思ったからだ。

 手探りで聞こうとしたら妙な誤解をされてしまったが、気にしない。


〔私の知る限り、あの子が男子に興味を持ったのは赤松くんが二番目よ〕

〔一番目は?〕

〔トイ様〕


 ――俺じゃん。

 今まで、男性慣れしている割に不器用な部分があるとは思っていた。

 しかし、本当に元カレがいないとなれば納得できる部分も多い。

 彼女の性格上、もっと積極的にアピールしてきそうなもの。

 それが大分距離感を大事にしていたのは、彼女自身初めての経験で手探りだったからだろう。


 山本に対しては大見えを切ったが、俺も紺野に対する先入観が強かったようだ。

 しっかりと彼女を見ることが出来ていなかったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る