第22話 不祥事暴露配信
あの配信以降、桃雲に動きはない。
ともすれば、俺のすべきことは紺野に対する気持ちの整理をすることである。
気難しく考えすぎかもしれないが、用心するに越したことはない。
彼女がエンスタでの活動を初めてしまった以上、今後の振る舞いには気をつけることが多いのだ。
とはいえ、いつまでも紺野に時間を割いていられない……時間は刻々と過ぎていく。
休止前のトイは、週末配信がデフォルトだった。
しかし出来るだけ早めに公開した方が世のためになる情報も存在する。
善人ぶった思考かもしれない。
とはいえ考え方によっては、俺も連中から二次被害を受けた身だろう。
「ようこそ『T0Yチャンネル』へ。最近ドタバタし過ぎたが、そろそろ『空木プロ』の不祥事について話そうか」
“待ってました!”
“地味に気になってたやつ”
“不祥事調査中にノアノア炎上したんだっけ”
――そう。
俺が急いでいたこととは『空木プロ』の件。
あそこの関係者らしき男が紺野を襲おうとしたところから、すべての歯車は狂い始めた。
あの時、警察への通報を代理してくれたのは『灰灰パンダ』というハンドルネームの男。
彼は俺に恩義があるらしく、最初は詐欺かと思ったが、有名な動画編集者であり、信用した。
ちなみに俺は配信者なので、編集を必要としておらず、頼れる大人として接している。
今回の件を裏付けてくれたのも、彼だ。
「前に言った通り、乃彩ちゃんとアポ取れたのも、この辺繋がりな。彼女も気の毒に、炎上してすぐ事務所から切られたみたいだが、正解だったな」
“うわぁ保身に走った感じか”
“乃彩ちゃんとことん不憫な子やな”
アポイントの詳細は話さない。
俺が直接出向いているので『空木プロ』に繋がりなどありはしないのだが……。
それでも繋がりがあることを仄めかした事には、きちんと狙いがある。
「内情真っ黒で俺も驚いたぜ。色んなとこで問題起こしてるってのは知っていたが、今回暴露するのはその一つ――『引き抜き』だ」
“引き抜き!?!?”
“そんなことしてたの?”
「某有名事務所の声優を一人、脅迫まがいな方法で引き抜こうとしていたらしい」
“だれだれ?”
“普通に事件っぽくて笑う”
“最近じゃ聞いたことないんだけど”
「当時はその声優がメインのアニメがあったらしくて、大ごとにしたくなかったらしい」
“それはつらい”
“えー誰だろ、メインってヤバいだろ”
“ほんとなら空木プロ炎上不可避で草”
「――という訳で、ゲストのAMEさんです」
『こんにちはAMEです! 先に断っておきますが、この声明は事務所関係なく私の独断です。よろしくお願いします』
“えええええ”
“本物だああああ”
“流石にこの声は本物確定!”
特徴的な声に、盛り上がるコメント欄。
視聴者の中には彼女を知っている人が多いようだった。
俺はオタクではないからか、最初本人なのかわからなかったので、すごいものだ。
実は視聴者に信じてもらえるか心配だったので、杞憂だったようである。
『休暇中、あの人たちは私の実家の方にまで来て……出演してるアニメの放映中だったので、言い出せませんでした』
“可哀想”
“事務所守ってやれよ”
“空木プロ一線超えてるな”
詳細はAMEさん主導で話してもらい、視聴者のわからない相関関係などを俺が説明する。
彼女がこれまで言い出せなかったことについて、葛藤を長々と話させた後、ようやく落ち着いた様子を伺わせた。
『マネージャーにもたくさん心配かけて――』
「まあ安心してくれAMEさん。どうやら視聴者達は貴女の味方らしい」
“そうだぜ!”
“俺たちはAMEさんの味方や”
「……これを機に『空木プロ』を訴えることも検討していたりするのか?」
『いえ、一度謝罪をしていただければ――』
「じゃ、まずは所属事務所に相談だな。まっ、この配信を見て止めようとはしないだろうがな」
独断で告発したAMEの扱いがどうなるのかはわからない。
とはいえ何のアクションもなければ、今度は所属事務所の方が炎上するだろう。
――というか、俺が炎上させる。
まあ、そんな心配はまったくない。
なぜなら……事務所側はこの告発を最初から知っているのだから。
AMEは『私の独断』と発言していたが、独断なのは配信に参加することのみである。
『でも向こう側が徹底抗戦してきたら、事務所に迷惑をかけるかもしれなくて……心配です』
「そこは事務所の力量次第だな。まあ俺は、君の望むように転ぶと思うぜ」
『そう……でしょうか』
「ああ、安心しな」
俺は自信を持ってそう言った。
なにしろ『空木プロ』は現在、俺に情報を売ったスパイの捜索で忙しくて、余裕がないだろうから。
――まあ、そんなスパイなんていないのだが。
AMEさんの一件は本人に聞けるとはいえ、俺が紺野の身元を知った理由に説明がつかない。
俺に情報提供している内部の人間がいることを疑うのは必至である。
それゆえに、これは内部崩壊を促す一手なのだ。
一躍人気になった紺野に対しては何かするかもしれないので、こうして先手を打って潰させていただく。
もちろん――紺野には内緒だが。
(って、なんで紺野のために行動したみたいになってるんだ!?)
ふと何かがおかしいことに気付いた。
なぜか一番に浮かんだのは紺野の顔。
いつの間にか彼女に惹かれている自分がいるのかもしれない。
――そんな考えた時、とあるコメントが目に入った。
“ちょっと待って? AMEの所属事務所って『ピアソ』の子会社だよね!?”
気付く奴が出てくるとは思っていたが、今更かと内心苦笑する。
『はい、私が所属している芸能プロダクションは『ピアソ』の傘下にあります。それが、どうかしたのでしょうか』
この反応……流石に彼女は、俺が『ピアソ』と揉めて休止した件について知らないようだ。
運営会社が同じなだけだし、それもそうか。
「AMEさんはご存知ないかもしれないが、俺が『ピアソ』と色々あっただけ。気にしないで」
『……? 一応私、事務所というより『ピアソ』様の要請で――』
「っ! とにかく、AMEさんが納得してくれたならよかったよ、俺はね」
余計なボロを落とす前に、何とか黙らせる。
AMEとアポイントを取れた伝手などが露呈したところで、碌なことにはならないからだ。
しかし、視聴者にとっては違った。
“以前対立していた企業と和解ルート!?”
“ピアソには一杯食わされたのに、マジか!”
“一ヶ月前の件もう許したの? 何で庇ったの?”
“もしかして謝罪配信がなかったのって、これがお詫びってコト!?”
「お詫びじゃねぇよ。『グレイライブ』の一件は俺悪くないからな。だからといって私怨もないが」
本当は謝罪配信をしようとしていたが、内緒。
元々多少のネタになればいいと思っていた案件なので、やらなくていいならしない。
そもそも、俺は悪くないのだから。
紺野の一件で流れたのは、ある意味幸いだったのかもしれないな。
「盛り上がるネタなら、公平に暴露するだけだぜ。俺に媚び売れば隠蔽してもらえると思うなよ?」
『えぇ……』
“アメさんの貴重なドン引き声聴こえた!”
“それでこそトイって感じだけど、喧嘩腰やめぃ”
「まっ、大金積まれたら考えなくもないが、税金分も負担してくれないと困るな」
“上がった株をすぐ落とす男w”
“相変わらず守銭奴”
“でも税金払う前提なのは好感持てる”
冗談で言ったつもりが、俺のイメージはマイナスどころかプラスのコメントが多い気がする。
ついにコメントを選別する俺の目も衰えてきたのかと思い、目を擦ってもう一度確認するが、やはり俺を肯定するような声が多くなっている。
“なんかトイ善人説当たってるんじゃないか?”
“トイ、何だかんだ正義の味方って感じだよな”
「…………」
おかしい。
桃雲の噂を払拭するためにもこうして一企業を盛大に燃やそうと動いているじゃないか。
どうして俺が善人なんて結論が生まれるんだ。
俺は最早、無視を決め込む以外の選択を失ってしまっていた。
善人説にだけは二度と触れないと、密かにNGワードに設定する。
コメントが若干荒れるように流れたが、俺は断固として触れずに配信を終わらせたのだった。
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