第20話 スモモの暴露配信

 桃雲スモモの配信が話題に急上昇。

 俺は急いで彼女の配信で何が語られていたのかを調べる。

 SNSには既に桃雲スモモの配信が切り抜きされており、すぐに事情を知る事になった。


『実は見てしまったのです。炎上系配信者のトイさんの裏の姿』


 ――桃雲スモモ。

 所属グループ『ニュージェネ』が誇る一期生であり、四大精霊をコンセプトにしたキャラクターの内ウンディーネを担当している。

 水精霊のイメージとはかけ離れた桃色の衣装を身に付けているが、話し方や性格まで柔らかい。


 だが、今回彼女が語った話は、いつもとは全く違う違う雰囲気を見せていた。


『それは偶然のできごとでした。久々にお外を散歩していたら、炎上系配信者が炎上中の女の子と一緒にいて驚いちゃいました』


“どんな偶然!?!?”

“さりげなく天文学的な奇跡に鉢合わせてて草”


『なんと! そこで見てしまったのです――トイさんの秘密を』


 盛り上がりを見せるコメント欄。

 トイに対する告発とは、文字通り秘密をバラすということらしい。


「まずい……まずいまずいまずい……!」


 まさか鉢合わせていたことに、俺は焦る。

 公園にいる俺と紺野の姿を見られていたとしたら、俺の正体を見られた可能性が高い。

 変装していたとはいえ、あの時の俺は眼鏡をかけていたのだから。


 サーっと血の気が引き、自分の顔が青ざめたことに気付く。

 だが、俺にできることは何もない。

 口調こそ丁寧だが、桃雲は探偵にでもなったような調子で淡々と語りだした。


『トイさんって配信では毒舌ですし視聴者を煽ったりしていますけど――裏ではとてもお優しい方だったのです。あの配信途中、トイさんが乃彩さんの背中をさすっていた事に気付きましたか?』


“エッグい暴露キター!!”

“一瞬疑ったけど本当っぽくて笑う”

“ちょっとアーカイブ見直してくる”


『配信前にも彼女を気遣った言葉などをかけていらしたので、根は良い人なのだと思います』


“あの悪名高いトイがそんなことする?”

“私もトイ様に慰められたい!”


 背中をさすったのは配信がグダグダにならないよう紺野に促したかったからだ。

 けして慰める意図などない。


 普通、「優しい」と評されれば喜ぶべきだろう。

 しかし俺は炎上系配信者のトイなのだ。

 「優しい」なんて評価は、俺のブランドイメージを損なってしまうのである。


 彼女はさながら炎上系配信者のよう暴露を善意で行なっていた。


(トイが地味男だと気付いたと――そう言いたいのか)


 誤魔化しているが、わざわざ強気に『秘密』という部分を強調しているのだ。

 配信後の情報はまだ出されていないものの、間違いなく見られていた。

 そして俺の正体を知ってしまったのだろう。

 もっと言えば、俺がそこに気付くところまで計算されていると考えていい。


 以前、同じような仄めかしのテクニックを脅し目的で使ったことがある。

 人気Vtuberが自分の視聴者なのは嬉しいことだが、彼女は明らかに俺を挑発している。


 トイが実は優しいという情報も、ハッタリにしては視聴者を焚きつけることに成功しており、SNSでは俺を煽る声が広がっていた。

 これが――彼女のエンターテインメントということか。


「くそっ……完全に俺をハメに来てるな。まずったなぁ――――……」


 トイならば、ここで配信を始めて事実無根だと噂を根絶しにいくのがセオリー。

 だが、相手が悪い。

 分の悪い戦いであるのは、自明だ。

 俺がクズなエンターテイナーとして幾ら振る舞っていても、視聴者は彼女を信じてしまう。

 そういう相手なのだ。


 数字の面で、俺は桃雲スモモという配信者に劣っている。

 これがVtuber界黎明期の生き残りだったら納得もいったのだが、彼女界隈の中では新参。

 彼女は、俺よりも半月ほど後から配信活動を始めたにも関わらず、登録者・同時接続者において俺よりも格上。

 それゆえに、俺は決断できなかった。


 一方、二窓して見ていた紺野も状況を把握したらしくトイの話題へと移っていく。


“配信前、トイに慰めてもらったの?”


『どんな話をしたのかって聞かれると答えられない部分もあるけど、そうね……ん? 何? トイ様が実は優しいなんてファンの中では公然の事実だぁって、アシスタントが言ってる……』


“割と衝撃なんだけど”

“アシちゃんトイのファンだったんだ笑”

“実際に会った乃彩ちゃんがそういうなら本当なのかな”


 ギリギリ口を滑らせなかったが、まるで桃雲に賛同しているようだ。

 俺が一番文句を言いたいのは視聴者達だ。

 紺野目線では、炎上を鎮火した俺のことが優しく見えていてもおかしくないだろう。

 そもそも撮影協力してもらっているのにぞんざいな扱いをする訳がない。


 少し頭を回せば気付ける真実だ。

 それなのに、俺と同意見のコメントが一つも見当たらなかった。

 ……盲目にもほどがあるだろう。


『まああたし目線トイ様が優しいのは仕方なくない? 結翔に告白する勇気をくれたのは曲がりなりにもあの人なんだし』


 コメントはなかったが、紺野だけが俺の言ってほしいことを代弁してくれた。

 トイと赤松結翔を完全に区別してくれている言い方には感動を覚える。

 よくわからないが、彼女なりに俺の正体を隠してくれているのかもしれない。


 まあ……既に時遅しなところもある。

 桃雲スモモの影響は凄まじくSNSで見た事もない勢いを見せていた。

 先ほどからトイのアカウントにくるDMの通知が鳴り止まないので、通知をオフにする。


 紺野の方は慣れてきたのか、口を滑らせることが減ったので桃雲をどう対策するのか考える。

 俺の配信は、二人の配信が終わってから、キリの良い時間を見計らうつもりだった。

 だが出来るだけ多くの人の認識を正すためにも、即座に配信を開始する。


「ようこそ『T0Yチャンネル』へ。急遽ゲリラやるから。今、流れているデマについてな?」


“キタキタ”

“トイ聖人説マジ?”


「まっ、俺としては嬉しい限りなんだが……新規視聴者を失望させるような真似は心が痛む。訂正させてくれ」


“なんで訂正するんだよ(笑)”

“照れ屋さんかな?”

“桃雲スモモ:いつも週末は一時間前から配信していたのに、時間が被らないようにしてくれたんですよね。ありがとうございます”


「…………」


 何か変なコメントが流れた気がする。

 気のせいかな……?

 遡って確認してみれば桃雲スモモのチャットがあった。

 俺に、何か恨みでもあるのだろうか。


 蝶姉に悪いから『色島プロ』周辺のスキャンダルには手を出したことがなかったはずだ。

 いくら彼女が俺の視聴者だったとしても、Vtuber相手に問題を起こしたことはあまりない。

 ふと浮かぶのは一ヶ月前俺が活動休止する際に関わった『グレイライブ』についてくらいか。

 でも『ニュージェネ』とはライバル関係だし、関係ないだろうな。


 結局、桃雲のせいで俺はデマを訂正するためのコメント返しに追われる羽目になった。








୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈所属┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧


企業『ピアソ』:

 >Vtuber事務所『グレイライブ』()

 >声優事務所『』()


芸能プロダクション『色島プロ』:

 >Vtuberグループ『ニュージェネ』(桃雲スモモ)

 >アイドルグループ『カラリア』(蝶姉)

 >元ジュニアアイドル(青柳美波)


芸能プロダクション『空木プロ』:

 >元所属モデル(紺野乃彩)


୨୧┈••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••┈୨୧

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