第19話 乃彩の初配信

 週末の夜。

 活動休止前は定期的に配信する時刻。

 ただし今日は、桃雲スモモの配信があると知り遅らせる。

 SNSでの告知もしない。

 桃雲スモモの配信が終わってから、キリの良い時間を見てゲリラ配信を開始する予定である。


 今日の配信内容は――前回割愛した『空木プロの不祥事』について。

 前回、紺野と繋がった裏付けとしてきちんと探っていた事を証明しなければならない。


 桃雲スモモはどうやら機材トラブルで配信開始が遅れているようだ。

 ふとSNSを弄っていると急上昇ワードに『紺野乃彩』のワードが上がっていた。


(……どうして、紺野の名前がまたトレンドに上がってるんだ?)


 ガッツリ苗字まで晒されているのだから緊急事態である。

 急いで何が起きたのか確認しようとすると、そこのは――『紺野乃彩』のエンスタアカウントが載っていた。


(え、エンスタライブ!? 何やってるんだ、こいつは!)


 最優先で確認しなければならない。

 恐る恐るリンクを踏むと、本当に紺野が顔出しで配信をしていた。


『こんばんは。初配信なので何もわかりませんが、よろしくお願いします』


“これマジ?”

“炎上してた人だ”

“桃雲と迷ったけど流石に気になる”


『炎上してた人だけどマジでやります。あ、あたし敬語で話し続けるの無理だから、普通に話すね』


“楽に話せる方がいいよー”

“何するんです?”


 謙虚な姿勢から始まると思いきや、早々に諦めていつものギャルに戻った紺野。

 ――偽物じゃない。

 本物の紺野だと知った俺は唖然としていた。

 コメントと同じく何をするのかヒヤヒヤして仕方ない。


 何より――いつ俺の正体に関するボロが出てしまうのかが怖い。

 紺野に対する世間の興味はトイについてか地味男についての二択。

 どう足掻いても俺が関わってしまう。

 ただ人が急激に増えている分、良くないコメントも出てくる。


“売名乙”


『は? 売名じゃないし――え、読まなくていい? ごめん』


 するとフレーム外の誰かに話しかける紺野。初配信だから仕方ないとはいえ、手慣れていない感じがありありとわかる。


『すみません友達から――えっあたし達友達じゃないの!? あ、アシスタントって意味ね……』


“友達とやってるのね”

“何これポンコツ!?!?”

“アシスタントちゃんの失笑聴こえた”


 勘違いからのムーブは視聴者に盛況だった。

 それはそうと、俺としてアシスタントという存在に着目する。

 ポンコツムーブが演技でないとすれば彼女の言う通り本当に友達なのだろう。

 その中で思い当たるのは――小紫以外に思い浮かばなかった。


 小紫は、妙にトイについても詳しかったからな。

 俺は即座に彼女へ『LEIN』を送る。


〔説明を求めてもいいかい?〕

〔なんでアシスタントが私だってバレたのかしら〕

〔消去法〕


 特に隠す様子のない小紫。

 紺野の手助けをしてほしいとは言ったが、こんな事を手伝えとは言ってない。

 というか――。


“てかマイクといい画質といい機材揃ってるな?”

“アシが優秀過ぎる。乃彩ちゃんも頑張れ”


 意外と顔の出ていない小紫の評価は高かった。

 紺野は手付かずでアタフタしながらもコメントを読みながら雰囲気に慣れようとしている。

 しかし段々と視聴者の増加が緩やかになっていった。


 ――当然だ。

 恐らく桃雲スモモの配信が始まらないから、待合室代わりに人が増えていただけだろう。

 所詮は、時間被りによる恩恵を得ただけである。


〔良い加減、何の配信なのかわからないから紺野に進行を促してほしい〕

〔いいの? わかったわ〕


 何が「いいの?」なのかわからない。

 だが小紫が主導している以上は、俺も干渉できる部分はある。

 手助けをするつもりはなかったのだが、少しお節介を焼いてしまった。

 数字を気にする配信者特有の性格が出てしまったのかもしれない。


『――あっ、おほんっ。色々気になる事も沢山あると思うけど雑談枠じゃなくて、本題に入るね?』


 配信に移る紺野は明らかな反応を残して意識を切り替えた。

 小紫がカンペでも見せているのだろうが、あからさま過ぎて心配になってくる。


“乃彩ちゃん落ち着いて〜”

“ノアノアファイトー!”


 とはいえ視聴者にはウケがいい。

 愛嬌のある女子が、頑張って慣れようとしている姿に段々と視聴者も慣れていっている。

 視聴者に流されず、場を統制する力が自然と働いていた。


 これは――紺野の無自覚の才能か?

 俺もまた……そんな紺野に乗せられてお節介を焼いてしまったのだと気付いた。


『前にトイ様のチャンネルであたし告白したじゃない? 実は――』


“ああああああどうなるんだ?”

“溜めが長い! 怖い怖い!”


「俺が一番怖いわ!?」


 言葉を止め、コメントの反応を見て楽しむ紺野。

 小悪魔のような表情に煽る顔に緊張はない。

 小紫の指示だろうか。

 文句のチャットを飛ばそうとするが、画面から目が離せない。


『返事、返ってこなかったのよね』


“マジ……?”

“ウッソ!?”

“地味男くんどうしたの?”


『あっ、地味男って呼ぶのどうかと思うし……どうしよ』


“アシちゃんに聞こう”


 話が変わってグダグダしているが、雰囲気は悪くなく続いている。

 紺野も慣れてきたようだ……制限なしに流れるコメントを的確に拾い、小紫へ聞いていた。


『いいの? じゃあ彼の本名なんだけど、これからは結翔って呼んでね』


 小紫へ許可を出しておいた。

 どうせバレるだろうし、勝手に呼ばれても構わなかったからな。


「ん……? こっちも始まったのか」


 ちょうど桃雲スモモの配信が開始された通知が届いた。

 しかし、さすがに今の紺野は見逃せない。

 炎上系配信者として大きなネタを見逃すなどあってはならない。

 だが、俺のこれからが紺野にかかっている。


『――で、みんな可哀想コメント多いけど……って、あたしまだ振られてないからね!?』


“笑笑”

“あーあ効いちゃった笑”

“自分に嘘コクした女。そりゃ悩むわ”


『グサッ……』


 コメントを読みつつ、しょんぼりする紺野。

 炎上してから感情が薄かったので、やけに表情豊かに感じる。

 しかしそんな紺野の反応が面白いのかコメントは加速した。


『き、効いてないし? 結翔にも考える時間がほしいんだけでしょ』


“お怒りなの?”

“もしかして愚痴配信!?”


『違いますぅ〜! だけど待ってる間あたしだけドキドキするのもなんだかな〜って思って、エンスタ始めようと思ったわけ』


“何故に!?”

“結翔くんが見てないと意味なくない?”

“この意味不明な感じから入るのトイ味〜”


 エンスタにランキング機能はない。

 だが桃雲スモモの配信が始まってからも、彼女の同時接続者数の維持率はかなり高い。

 有名人の初配信と同等以上――超新星である。


 それはそうと、コメントの皆と同じく俺も未だ紺野のエンスタを始めた意図を掴み取れない。

 もう既に十分ドキドキはしているし、これ以上何かができるわけないだろう。

 しかし紺野はニコリと笑い――。


『という訳で、エンスタライブではこれから――あたしの恋愛進捗を語っていくね! アドバイスなどあったら教えてほしいから』


 俺にとってあまり転んでほしくなかった方向へと転がり始めた。

 進捗とは……?

 俺は何も聞いていない。

 というか、これから俺に対して行うアプローチを前以て知らされるなど見るに耐えない悪魔の所業である。


“もしかして結翔くんがB専だったパティン?”

“でもギャルが苦手なオタクとかいるし……”


『ギャルが苦手なオタクとかもいる!? そこは結翔の好みを変えるしかなくね』


“信念ガチガチ”

“強気でいくなぁ流石ギャル”

“下着画像を送って反応見るとかどうよ”


『下着画像を送って反応見る? あっ、それもう試した。まあミスって送っちゃっただけなんだけど、保存してくれたんだよね』


“ドヤ顔で言うことじゃなくない!?”

“結翔くんムッツリバレ乙”

“晒されてて草”

“それで落とせないってマ?”


(誰か――こいつを止めてくれぇぇぇ)


 さすがに下着関係の話はアシスタントの小紫が急いで止めようと指示を出してくれる。

 しかしもう手遅れだろう。

 自分から暴露してどうするんだ……。


 『保存した』とか嘘を吐いた俺も悪い。

 でも、こんな事になるなら本当に保存しておけばよかったと後悔した。


 しかし――異常事態はこれで終わらなかった。


「は……? はああああ……!?」


 つい俺は無意識に叫んでいた。

 既にあり得ないくらい伸びていた数字。

 ――それが更に飛躍し始めたのである。

 その原因は、流れているコメントを見れば一目瞭然だった。


“桃雲スモモの配信見て”

“スモモちゃんが乃彩ちゃんに会ったって!!”

“スモモちゃんがトイを告発してる!”

“伝書鳩ごめんだけどスモモちゃんヤバい笑笑”


 コメントの数々には、紺野も唖然としていた。

 見逃していた桃雲スモモの特大のネタ――それは俺と乃彩に関する事だったらしい。


 俺は頭を抱えた。

 紺野を止めてくれたのは救世主ではなく――特大の火種だったのである。

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