第18話 隣に立つために (乃彩視点) 

 女子寮に戻ってすぐ、ナナチーとマナミンがあたしに何度も謝罪してきた。

 ネットであたし一人が集中攻撃を受けていたことに罪悪感を覚えたのかもしれない。

 ただ二人の悪巧みに乗ってしまったあたしが一番悪いし、今では当然の罰だと思っている。

 動画だけ見たら、二人と違って顔の出ているあたしが一番悪役染みていたし仕方ないことだから。


 問題が残っているとすれば、小紫あやせ……コサキが今もあたしの部屋に入り浸っていること。


「乃彩~……本当にトイ様の連絡先知らないのかしら?」

「その質問何回目? 知ってても教えないから」

「だって気になるじゃない。折角トイ様とお近づきになるチャンスなのに」


 コサキはトイ様の大ファン。

 あたしもファンなのはギャル友の三人に教えているけど、ガチ恋勢なのは明かしていない。

 ――ファンとしての熱量でコサキには絶対敵わないから。

 彼女は4人しかいなかったというトイ様の初配信の視聴者で、当時コメントも残している。


 でも教えられない。

 赤松に正体を誰にも教えないと言われたのが大きい理由だけど、それだけじゃない。


(トイ様の秘密を他の誰にも知られたくない)


 けして自分だけが知っていることに、ファンとしての優越感を得たいからじゃない。

 ただ彼の秘密を独占しているみたいで、あたしだけが彼の特別でいられる気がするから。

 ……あたしはズルい女なのかもしれない。


「乃彩ったら、トイ様が身近にいたなんて大ニュースなのに、落ち着きすぎじゃないの?」

「まだ身近には思えないというか……トイだってネタがあったから連絡くれただけじゃない?」


 上手く誤魔化そうと試みる。

 コサキは目敏いから、本当に探そうとするかもしれない。


「でも連絡くれたのは当日なんでしょ? 絶対近くに住んでるんだって」


 トイ様は『空木プロの不祥事を探っていた途中に情報を掴んだ』という設定を作ってくれた。

 せっかく彼が裏付けしてくれたのに、質問攻めにあったあたしはつい口を滑らせてしまったのだ。


「はぁ〜っ、会いたいなぁ」

「そう言われてもね――」

「あーでも会う前に、エンスタグラマーにでもならないといけないわね」


 しかし幸いな事に、脈絡もなく別の話題に移った。


「唐突に何? ……でもコサキ、お喋りだし美人だからそういうの向いてるんじゃないの」

「急に褒め出す乃彩の方が何? というかトイ様の話よ」


 コサキがエンスタグラマーになる事がトイ様とどう繋がるのかわからない。

 トイ様はエンスタで活動していないのだから。

 そういえば以前コサキからエンスタグラムに興味はないかと言われたことがあるけど、どうしてコーチューブじゃないんだろう。


「トイ様はね、数字大好きな有名配信者なの。彼がただの小娘に興味なんて抱くわけないじゃない。最低フォロワー6桁はいないと釣り合わないわけ」


 言い方はともかく、一理ある話だと思った。

 彼は本来あたしのような一般人が近付いていい人ではない。

 コーチューバー界隈の中で50万登録者というのは普通にすごいが、彼はその記録を誰の手も借りず一年絶たずで達成している。


 彼は天才なのだ。

 同級生だと知って身近に感じただけで、あたしとの間には確かな距離が存在する。

 それも従姉が当代のトップアイドルともあれば、生まれから特別だと考えていいのかもしれない。

 最初から世界が違うのだ。


「それ、もしトイ様がフォロワー6桁いない人と付き合ったらどうするの?」

「殺す。女の方を」

「コサキって……トイ様のことになると時々怖いわよね」


 苦笑するしかない。

 もしあたしが赤松と付き合ったとしても、コサキと絶縁されてしまうかもしれないのだ。

 いや、赤松がトイ様とバレなければ、何も問題ないと思うけど。


「コサキってトイ様ガチ恋だし、そうよね」

「えっ、違うけど?」

「えっ……? じゃあお近づきになりたいってどういう意味?」

「そのままの意味に決まってるじゃない。尊敬する人とプライベートで話せるようになりたいってだけ」


 そういう事は先に言ってほしい。

 反応がガチっぽかったから、トイ様を狙っているのかと思った。

 でも違うんだ……少し安心。

 やっぱりあたしは、彼を諦められないのかもしれない。


「だから、前に乃彩を誘ったんだよ? 乃彩なら伸びると思ったから」

「ちょっと待ってそれ、あたしを利用する気だったってことじゃん」


 ……数字大好きなのはコサキも一緒だった。


「乃彩にも旨味はあるしいいじゃない、乃彩が嫌がった時点で諦めたのだし、頬膨らませないの」


 ナナチーかマナミンはそういうの好きそうだし、三人でグループ作るならあたしも裏方でサポートするつもりだったのに。


「それに……乃彩は映えたじゃないの、実際」

「え……?」

「炎上の件よ。あんなに燃えた一因には、乃彩が目立つ容姿だったのもあると思っているわよ」


 皮肉が効いていて、胸にグサッと刺さった。

 目立つ容姿というか、そうなるようにお洒落を勉強しただけ。

 ただ努力が悪い方向へ影響してしまったと考えると、ちょっと落ち込む。


「それにしても、なんでエンスタなの?」

「ああ、今から配信活動をしたなら、コーチューブで戦うには分が悪いのよ」

「……? どういうこと?」


 一から始めるのに、分が悪いも何もないと思うけど……。


「最近の人気はバーチャルライバー一択だから」

「顔出しの配信者もよく急上昇で見るよ?」

「あんなの上澄みだし、昔からやってる人達ばかりよ。あの辺に入るにはコネでもないと不可能」


 さすが表ではクールビューティーで通ってる割に長いこと配信業界にハマっているコサキ。

 詳しい話に、あたしは「そうなんだ」と口を半開きにしながら納得する。


「だからエンスタの方がいいのよね。標準機能的にも顔出し出来る人の方が強いから」


 標準機能というと写真を添えた投稿方法。

 バーチャルライバーと数字を競うなら、まだ進出が進んでいないプラットホームを選ぶのは合理的だ。

 ……コサキの言う事には一理あると思った。


「何々? もしかして乃彩、今更エンスタに興味出てきたのかしら?」

「うん、ちょっと……ね」


 トイ様と釣り合うためには、悪くない手。

 裏方が良かったのは、素人のやり方で炎上が起きないか不安があったから。


「乃彩が乗り気なら私サポートしてあげるわよ。これでも分析とか得意なの、知ってるでしょ」


 一度……あたしは事務所に騙された身。

 対してコサキなら、信用できる。

 何かやるには良い機会だし、行動するなら早い方がいい。


「やる! あたしエンスタグラマーになる! そして有名になって――――赤松を落としたい!」


 炎上して以降……顔出しするのは怖かったけど、トイ様が勇気をくれた。

 これから彼に釣り合う為には、こんなところで止まっていられない。

 コサキに下心があろうと利用するべきだ。


「そういうことなら、協力するわ。出来るだけサポートする……と言っても私も経験のない分野だから、手探りだけどね」

「大丈夫。コサキのことは信頼してるから」

「本当にわからない事は青柳さんに聞いてみると良いかもしれないわね」


 すると突然、意外な名前が出てきた。


「青柳さん?」

「ええ。あの子、ジュニアアイドル時代によくカメラ使っていたもの。詳しいはずよ」

「え……青柳さんって元ジュニアアイドルだったの!? 知らなかった……」

「嘘でしょ? 芸名、なみかわみなみ。乃彩がご執心だったういと同じグループだったじゃない」


 ……衝撃の事実。

 赤松がトイ様って知った時ほどではないにしても、かなりびっくりした。

 普段からテンションが高くて、昔あたしが見た波川南とは全然違ったから。

 というか、クラス内にあたしよりも先に芸能活動していた人がいたなんて……遅れを感じる。


「……あたし頑張りたい!」

「張り切ってるわね……そうと決まればその活きで頑張りましょ」

「うん」


 赤松のことも、あたしは何も知らない。

 あたしの場合はやむなく正体を明かしてくれたけど、彼は普段正体を隠している。

 多分、正体を隠さなければならない決定的な理由があるんだと思う。


(知りたい……もっと赤松のこと)


 彼の事を唯一知っている人物といえば蝶々さんがいるけど、彼に惚れた身としては……自分の手で暴かないといけない気がした。


「ところで活動方針とかあるかしら?」

「方針はないけど内容は――――――――」

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