第二幕 芸名:※※※※

第15話 珍獣

 ――件の配信から帰宅後。

 女子寮へ戻る紺野と別れた俺はというと……蝶姉と顔を合わせていた。

 彼女もまた配信を見ていたらしく、配信終わってすぐに話があると連絡を寄越してきたのである。


「ユイ、まずは配信お疲れ様」

「ああ。蝶姉も仕事、お疲れ」


 ケロッとした顔で今日も家にいるが、彼女は本来途轍もなく多忙な身だ。


「個人的には、上手くやったんじゃないかと思ってるよ。炎上も収まったし」

「上手くねぇ……お姉ちゃんには予想外って顔に見えたけどな〜」


 誤魔化そうとしたが無駄だった。

 本当に予想外だったとはいえ、トイとしてあの結果をそう認める訳にはいかない。

 SNSで『トイの敗北』などというワードがトレンドに入った時は、それこそ理解不能だった。


 恋を煽って彼女が認めたのだから、トイの思い通りに転んだと捉えるのが普通だろうに。

 訓練されたリスナー達は、俺の意図が否定してもらうことにあると気付いたのかもしれない。


「それでどうするの?」

「どうするってなぁ……」

「本当に乃彩さんと付き合っちゃう?」


 前々から蝶姉は俺に対し支えてくれる彼女が必要だと言っていた。

 俺は一人でも平気だし、蝶姉の考えは杞憂に過ぎない。

 しかし俺もまた悩んでいた。

 一つは蝶姉の期待の眼差しを理由に。

 もう一つは、世間的に付き合う展開を望まれているという点にある。


(外野の声なんて無視すればいいが、俺が告白を受け入れれば炎上はほぼ確実な収束を迎える)


 紺野が俺を好きになったことについて、配信中の顔を間近で見て、とても演技とは思えなかった。

 そして炎上は鎮火の傾向にありながら、紺野の話題はネットで新たな盛り上がりを見せている。


「正直あんな形で告白されてすぐ答えは出ない」

「もう一時間以上経ってるじゃない。何をそんな迷ってるの?」


 恋愛未経験者である蝶姉の言葉は響かない


「そんな軽々しく言うなよ……」

「花の高校生なんだから、彼女なんて試しに作ればいいじゃない。責任感とかは結婚してから考えればいいのよ?」


 『花の高校生』とかいう謎のワードには突っ込まない。

 『花の女子高生』と間違えたのだろう。

 俺だって高校生で恋人を作ること自体はおかしく思っていない。

 身近に和成と美波というカップルがいるくらいだから。


 ただ問題はそこじゃないだろう。

 紺野は俺の正体を知っている。

 一緒にいたら、ボロが出る可能性を完全に否定する事はできない。

 それに――。


「紺野が好きなのは、トイであって俺じゃない」


 とても信じられない話だが、彼女はトイ本人を元々から好いていた希少種なのかもしれない。

 『花の女子高生』である紺野には、ギャルらしく今まで何人もの彼氏がいただろう。

 相対的に考えて、地味男の俺に感じる魅力なんて皆無に決まっているのだ。


「でも配信ではトイじゃなくて地味男が好きって言ってたよ。地味男ってユイのことでしょ?」

「あの場でトイを好きとか言ったら、それこそ更に炎上する。空気を読んで言い直しただけだろ」

「うーん……ねぇユイ。もしかして乃彩さんに好かれたくないの?」


 痛いところを突かれる。

 好意自体が嫌なわけではない。

 ただ俺も配信を続けなければならないし、紺野の存在がウィークポイントになりかねない。

 それは紺野にとっても同じ。

 トイとの繋がりがバレた時、あの配信が茶番だと指摘されては、それこそ大炎上だ。


「ぶっちゃけると、俺が紺野を好きではない時点で恋愛をするのは失礼なんじゃないかってさ」

「はいはい。自分の所為で乃彩さんに迷惑がかけたくないんでしょ?」

「そんなこと一言も言ってないが……」

「自分のことを好いてる子に嫌な想いなんてさせられない――って顔してるよ、今のユイ」


 顔だけでわかるはずもないが、家族である蝶姉にはそう見えているのだろうか。

 蝶姉は時々エスパー染みて考えを見抜いてくるから侮れない。

 とはいえ完全に見抜かれている訳じゃない。

 蝶姉の言う理由も一つではあるが、大部分を占めているのは保身の為に過ぎない。


 先の配信だって、本来であれば爆弾……盗撮犯が身内にいたという真実を明かして、紺野に多少のショックを与えるつもりだったのだから。


「あのねユイ。乃彩さんは多分、ユイとトイを区別してないと思うの。同一視してるんじゃない?」

「どういう意味だ……?」

「ユイもトイも彼女はどっちも好きってこと」

「まさか。そんなわけ――」


 まだ紺野と接し始めて一週間も経ってない。

 しかし、蝶姉は俺の腕を掴み真剣な眼差しを向けてくる。


「区別されてることが告白を受け入れない言い訳になるなら、彼女と会話してお姉ちゃんの言ったことが正しいか確かめてみない?」

「…………」


 仮に同一視されているとして、恋愛的にはいいのかもしれない。

 けど、それはそれでボロが出る可能性がある。

 どの道答えは出ないのだから暫く様子を見るというのはアリだ。

 でも、紺野が待ってくれるかどうかわからない。


「えいっ」

「んー」


 すると急に蝶姉が俺の頭を抱え自分の胸元に押し付ける。


「お姉ちゃんもね――ユイが好き。だから心配しなくても大丈夫だよ。きっとユイのことが好きな乃彩さんもわかってくれるはず」

「んーんー!」


 小柄なくせにそこそこ豊満な柔らかいものに顔が塞がれ、呼吸が難しくなっていく。


「お姉ちゃんの言いたいこと、わかってくれる?」

「んー……」

「あれっ……ユイ気を失ってる!? ユイ~!!」


 結局――俺は蝶姉の胸に敗北した。

 よく考えたら、俺はこの大事な従姉いとこに勝てた試しなどなかったのである。

 告白については、これから紺野のことを知ってから決めることにした。



 ***



 蝶姉の胸によって窒息させられそうになってから数分後のこと。

 ようやく部屋に戻り、俺は一人で落ち着く時間を取り戻した。


 SNSを確認すると、未だに『T0Yチャンネル』の配信が話題になっている。

 嬉しいような嬉しくないような……。

 俺自身の恋愛が絡んでいるとなると複雑な気持ちになった。

 そんな時、珍しいアカウントの呟きがあった。


 ――桃雲スモモ。

 大人気Vtuberグループ『ニュージェネ』のエース級ライバーである。

 配信頻度の低い珍獣としても知られている彼女だが、SNSへの浮上すら珍しい。


 『ニュージェネ』は蝶姉と同じ『色島プロ』が作ったグループ。

 ほとんどをマルチタレントが占めていながら、唯一成功した箱である。

 ただし桃雲スモモだけは中身が誰なのかわかっていない。

 蝶姉の立場を持ってしても知れなかった事務所のトップシークレットらしい。



>桃雲スモモ/@sumomomoui

 特大のネタを仕入れたので、週末の夜に配信しますね。

・・・



 いつもは告知のないゲリラ配信がデフォルトだけに、珍しいこともあったものだ。


(告知がないせいで……前回のライブは見逃したんだったな)


 ちょうど先月末に彼女が配信した履歴を確認。

 まあ俺も人と会っていて見ることができなかっただけなのだが、アーカイブだけでも面白かった。

 彼女には人を惹きつけるユーモアがあり、俺も参考にするところだ。


 学べるところは、俺も積極的に取り入れるべし。

 さすがと言うべきか、彼女のツイートはトレンドを塗り替える勢いでバズっていた。


(……やはり凄まじいな)


 彼女と同接の取り合いをするのは愚の骨頂。

 配信枠が被らないよう日程を考え直した。

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