第三幕 恋の行方とT0Yの暗躍
第30話 告白
――週明け。
乃彩へ告白することを逃した俺は、同じ轍は踏むまいと直接彼女を家へと呼ぶことにした。
ついでに蝶姉にはアイドル仲間の家へとお泊まりに行ってもらった。
よって、前のように邪魔する者は誰もいない。
「お邪魔します」
いざ呼び出した乃彩の顔色は、悪くなかった。
炎上の件でたった二日ではあるものの、居候していたからだろうか。
異性の家へと入るとき特有の緊張感は見られなかった。
いや――意識しているのは俺の方か。
同じ屋根の下に男女二人という構図に、少し初々しい反応を望んでいたのかもしれない。
「それで呼び出したからには、この前の続き聞かせてくれるって期待してもいい?」
「ああ。俺も真面目な話がしたい。きっと乃彩が思っているより真剣な話になる」
乃彩と付き合うことに躊躇していた理由は、何も恋愛感情の有無だけではない。
彼女に対して捨てきれなかった感情――それは罪悪感である。
「真剣な話って、もしかしてあたしが思っているものとは違う?」
「そうかもしれない。だからまずは――ごめん。申し訳なかった。俺は乃彩に対してどうしても謝らなければいけないことがある」
最近、色々な人に謝罪された。
俺は自分の選択を悔いたことが、ほぼない。
謝罪をするのも片手で数えられる程度だけど、俺の犯した失敗はどれも致命傷だったから。
「あたしには、どうして結翔が謝るのかわかんない。ただ何となく予想するけど……それが告白への返答をする前にあたしに伝えたいことなのかもね。
でも、平気。あたし、覚悟はできてるから……教えて?」
何かを仄めかした訳じゃない。
乃彩は、自分で気付いたのだ。
真剣な顔で……体幹を傾けてくれる。
「……乃彩が炎上した動画、あるだろ? あれ、アップロードしたのが――俺なんだ」
「……嘘じゃ、ないのよね? どうして……?」
当然の疑問。
それが出てくる前に感情的になられてもおかしくないと想像していたが、思っていたより乃彩は理性的だったようだ。
「これを見てくれ。俺はこの小型カメラで撮影をして、このアイコンをクリックした」
詳しい説明を挟む。
乃彩からしてみればSNSで噂されていた盗撮犯がいないという部分にも驚きを隠せないはず。
……なのだが、驚く様子は見られない。
俺の職業柄というか、その場にいた人物を考えて可能性を追っていたのかもしれない。
一通りの説明をすると、お互いの間に沈黙の時間が流れた。
「そう……撮影したタイミングも、あたしがトイ様に会った直後じゃ、仕方ないわよね」
「仕方なくは、ないんじゃないか? 俺が警戒し過ぎたのはあるし、結果的に動画は拡散されて炎上に繋がった。
元はと言えば、全部俺のせいなんだ」
乃彩が俺に感謝している根幹。
それは、原因が発覚すれば全て崩れる。
彼女に嫌われたい訳じゃない。
しかし伝えなければならない情報である。
もっと言えば炎上を鎮火させる際、俺はこの情報をネタにしようとさえ考えた。
これは、俺の贖罪なのだ。
「あたしを助けてくれたのも、結翔でしょ」
責め立てられるかと思っていた。
が、ボソッと乃彩の口から溢れた言葉は、違うニュアンスを感じる。
「結翔には……あたしを見捨てる選択肢だってあったじゃない。ううん、あたしの知ってるトイ様なら、見捨てたと思う」
「それは否定できないな。俺は見捨てることも考えた。俺はそういう――クズなんだ」
「でも結果として見捨てなかった。じゃあ、あたしからすれば、それは『ありがとう』なんだよ」
「…………っ」
言葉を失った。
そんな風に思われるなんて……。
文句の一つでも言われると思っていたのに、全くの予想外。
恋情さえ軽くひっくり返すほどの真実だと思っていたのに、乃彩の出した答えは感謝だった。
面食らわない訳がない。
強かな彼女に心が引かれていた。
まだ異性として好きかはわからないけど、俺の気持ちは確かに揺れた。
だからこそ――伝えなければならない。
今度は、俺から。
「こんな俺でもよければ、お付き合いしてくれませんか?」
許してもらった直後の立場で、何様なのかとは思う。
しかし俺はそういう人間だ。
断りにくいタイミングであろうと、チャンスを逃す気はない。
どうせこんな思惑さえ……乃彩には、気付かれているだろうから。
だから、このタイミングしかなかった。
ズルいかもしれないが、俺は手を差し出した。
そして――。
「あたしの気持ちは変わらないから、喜んで」
彼女は俺の手を取ってくれた。
そしてそのまま手を引っ張られ――次の瞬間、目の前に彼女の顔があった。
気付けば、唇に柔らかい感覚を覚える。
キスをされていたのだと、すぐに気付いた。
それは初めての感覚。
未知に遭遇した俺の頭はぼんやりとしてしまう。
「どうだった?」
「気持ち良かったけど、いきなりすぎないか?」
「あたし、結構待たされたと思うんだけど」
そう言われては言い返せない。
乃彩に我慢をさせていたのは、俺だ。
やはり自分は中々のクズなのではないかと再認識した。
今まで女性経験がなかったから仕方ないにしても、それは乃彩も同じ。
経験に富んでいるという先入観のあった乃彩は、実は初心な少女だった。
そんな彼女が可愛く見えてしまう。
(キスをされた相手だから、好きになってしまったのかな?)
きっと違う。
相手が乃彩で、諸々の事情から俺は彼女のことをしっかりと見ていなかったのだと思う。
それが彼女のことを一つずつ知って、こうして近くで見て、ようやく彼女の魅力を認識した。
柔らかい唇の感触だけじゃない。
手の体温や甘い香り。
それらはこうして近付き、初めて知ったものだ。
「ねぇ」
「え? ああ、何?」
「あたし……勢いでキスしちゃったけど、この後どうすればいいのかわかんないんだけど」
「…………」
それは困った。
きっとここで男を見せてほしいのだろうし、俺も乗り気ではある。
だが、残念ながら何もわからない。
俺が優柔不断だからではない。
圧倒的な経験不足。
やり方を間違えて彼女を傷付けてしまう可能性を考えても、容易に手を出せない。
「乃彩って、ライブで恋愛進捗やってるだろ?」
「う、うん。結翔の許可もなく勝手に始めちゃったけど……それが?」
「一歩ずつ、俺達のスピードで触れ合っていくのじゃダメか? きっとその方が、ネタにも困らない」
少々強引な回避案。
わからないのなら、説得するしかないと乃彩の恋愛進捗の話を引き合いに出させてもらった。
「……うん」
乃彩はそう呟き頷いてくれるものの、少しだけ眉を顰めていた。
俺がふがいないばかりに、彼女の期待を折ってしまったようだ。
しかし無理なものは無理である。
「ごめん。俺、彼氏としてはまだまだ素人らしくて、どうすればいいのかわからないんだ」
弱音を告白するしかなかった。
何だかんだ恋人として、信頼してしまっているのだろうか。
自分でも驚くくらいあっさりと口から溢れた言葉である。
「あ、あははっ」
すると何故だか先程までちょっと不機嫌そうだった乃彩の顔が一変。
何が面白いのか楽しげに笑い出した。
「ごめん結翔、ちょっと揶揄った」
「えっ……?」
「待たされた分の意趣返しっていうか、ちょっと揶揄って不機嫌に見せてただけ。ようやく結翔と付き合えたのに、本当に不機嫌な訳ないじゃん」
どうやら、乃彩は演技で俺を騙していたらしい。
俺の職業柄……こういった類の女はよく見てきて騙される訳がないとは思っていた。
不機嫌だった訳じゃないなら、それでいい。
「ごめんね。結翔の気を引かせたくて、つい」
「別に怒ってないし、寧ろ安心したよ」
「でも、期待していたのは本当」
「あー……だよなぁ」
「仕方ないから、別のことで責任取ってほしいんだけど」
なんか急に嫌な予感がした。
前置きする意味が、わからない。
すなわち、俺が本来認められない事を要求するのだと瞬時に気付いてしまった。
「明らかに警戒しなくてもよくない?」
「俺にできることなら、責任取るけど……」
「けど?」
「とりあえず、勿体ぶらず俺に何をしてほしいのか教えてくれないか?」
聞かないことには断ることもできない。
一先ず耳を傾けると、乃彩は一息吐いてから俺と目を合わせ――やがて口を開いた。
「あたしと一緒に、コーチューブでカップルチャンネル作らない?」
「――――…………」
それは全くの予想外な提案だった。
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