第31話 カップルチャンネル
言葉を失った。
今度ばかりは……驚きの意味でだ。
――カップルチャンネルの設立……だと?
どんな無理難題を言われるのかと思えば、なんて酔狂な。
ここで乃彩が引き合いに出しているのは、トイではなく地味男としての俺のはず。
それはさすがに――。
「ちょっと考えさせてくれ」
「うん」
電子タバコでも吸ってから、考えることにする。
ネット配信の需要は……いつだって難しい。
それでもカップルチャンネルというものは、上手くやれば後発でも伸びるもの。
一瞬だけ小紫の入れ知恵かと考えた。
でもあの女については、トイに会いたいが為に乃彩のアシスタントを引き受けたらしいから……これ以上メリットがないだろう。
乃彩の人気を向上させる為の布石にしては、二つのプラットフォームに股をかけたところで実際は強くなかったりする。
乃彩自身の……『やりたい事』なのだろうか。
とはいえ、一つここで問題がある。
乃彩本人が注意してくれているのは、重々承知した上での問題だ。
仮にも彼女は、俺とトイを同一視している。
やはりボロが出る懸念はあるということ。
こればかりは、恋人とか関係なしに考えねば。
何しろ、万が一にも羽衣に悟られてしまう訳にはいかないのだから。
「やっぱりダメ?」
「まだダメとは言ってないだろ」
「無理にダメじゃない理由探さないでいい。結翔の顔見れば大体わかるから」
考えを顔に出していたつもりはなかった。
しかし恐ろしいのは、俺の考えが読めているような乃彩の察し方。
ダメじゃない理由を探していた訳じゃない。
だが、問題点を否定する理由を探していたのは事実である。
「乃彩のエンスタライブに時々顔を出すとか、そういうのでやりたい事は満たせないのか?」
乃彩の目的はわからない。
新たにコーチューブのアカウントを作る理由がわからなかった。
「出来れば譲りたくない。あくまでエンスタはあたしが主役になっちゃうし、できれば対等の立場でイチャイチャしたい気持ちがある」
「対等……か」
悪くない響きだ。
ぶっちゃけ俺と乃彩は釣り合っていない。
今や国民的に名前が売れた乃彩と比べたら、地味男の俺なんて釣り合うはずもない有象無象だろう。
そんな俺が乃彩と同じ立場でイチャイチャするなんて、全国の男から嫉妬の眼差しを向けられてもおかしくない。
しかし……不快感も重要なインプレッションだ。
高評価だけでなく低評価も動画や配信を急上昇に乗せる為には重要なファクター。
今から乃彩が清楚売りするのは無理があるし、その路線は……アリかもしれない。
ちょうどヘイトは、乃彩ではなく地味男としての俺に向けられる。
緩衝材の目処もついてしまったとなれば、断る要素は少ない。
「……一つ聞くが、エンスタライブはあれで安定してるのか?」
頻度良く配信しているのは知っている。
俺もある程度リアルタイムで追えているから。
しかし、配信者の苦労は基本視聴者には見せないものだ。
なので、実際にどうなのか聞いておきたい。
「コサキが頑張ってくれてるし、配信自体は楽しいよ?」
「そうか……」
俺は……配信そのものが楽しいと感じたことがあっただろうか。
その点、乃彩は配信向きの人なのかもしれない。
エンスタも除けばコンスタントにリアルタイムの投稿している。
関連アプリのスレッドも活発だ。
少し……羨ましく感じてしまうくらいに。
「カップルチャンネルって配信じゃなくて動画だよな?」
そのコンセプトの配信者は滅多にみない。
もちろん、トップ層でも配信を見かけたことはあるが、あくまで動画がメインだった。
「うん。ボロが出るのは怖いしそのつもり」
サラッと言うが、俺の懸念していたことは既に乃彩も考えてくれていたことだったらしい。
「動画編集とかしないのか?」
「……あっ」
忘れていたと言わんばかりの声をこぼす乃彩。
動画を撮るのであれば、カットや字幕という基本編集はもちろん、リスナーを飽きさせない動画作りが必要になる。
それに、編集は時間コストが凄まじいのだ。
「小紫には相談してなかったのか。別に編集しない人もいるから、そっち方面を考えてたんだろ? でも編集はいた方がいいな。やるにしても俺に編集技術はない。
というか、編集技術がないからT0Yチャンネルはライブオンリーで活動してるんだ」
俺の活動は、配信向きであると感じて方向性を固めた。
だが、最初は俺も一度動画を撮って編集しようと試みたことがある。
そして地獄の作業に、早々折れた。
世の中の編集しながら動画を撮っている人は精神が異常に強いと思っている。
「じゃあ、あたしが編集やるのは?」
なので、乃彩には適正があるのかもしれない。
しかし彼女は学生だ。
精神面で可能であっても、時間は無限にない。
「とてもお勧めできない」
「とても?」
「やめておけってこと」
せっかくの高校生活を、編集三昧で過ごしてほしいとは思わない。
乃彩のエンスタを見る限り、毎日を出来るだけ充実させようと伝わってくる。
あれが進捗を唱えるbotにでもなろうものなら恐怖するだろう。
「じゃあ、ダメ?」
上目遣いで聞いてくる乃彩。
別に最初から頭ごなしに否定している訳ではないのだが、絆されそうになる。
「いや、編集自体は俺の伝手で何とかなると思う。『灰灰パンダ』っていう編集者知ってる?」
「ごめん知らない」
編集者としては名を馳せていると聞いていたのだが、俺の方が心配になってきた。
まあ俺も最初は知らなかったし、一般人からすれば有名ではないのかもしれない。
「その編集者には多分頼めるから、やれない事はないと思う」
俺に恩義があるという『灰灰パンダ』は怪しいが、編集の腕は確かである。
初めてトイとして乃彩と出会った時、警察への通報を代理してくれた人でもある。
だから……どちらかと言うと、俺の方が世話になっている気がするのだが……。
ともかく、有償なら引き受けてくれるはずだ。
以前は配信者である事を理由に編集は頼まなかったが、動画を撮る機会があれば協力すると言ってくれていたので、期待値は高かった。
ゆえに、カップルチャンネルの設立は可能か不可能かで言えば可能である。
「……検討、してくれるんだ」
「当たり前だろ。少なくとも、乃彩のエンスタライブは成功しているし、勝算があるなら――」
「ほんと!? やたっ」
「まだ検討中だっての」
後は俺のやる気の問題なのだが、正直ない。
一度や二度乃彩の撮影に協力するのは満更でもないのだが、こちらも時間的余裕の問題である。
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