第39話 崖っぷちカップル2

 炎上について、俺がどう思っているのか。

 たしかに視聴者目線では、俺があの動画で被害者になる。

 だから気になるのだろう。

 これについては予め答えを用意しておいた。


「ぶっちゃけると、急に学年で一番可愛いって言われてる子に呼び出されて、絶対嘘コクだと思ってたから……なんか寧ろ嘘コクで安心した」


“卑屈だけど、普通はそうだよね”

“やっぱり乃彩ちゃん一番可愛いんだね”

“だけど、実際には乃彩ちゃんが片想いしていたと”


「うん。あたしはずっと片想いしていたけどね」

「いや僕も憶えていなかったんだけど、前に乃彩が膝を怪我した時に介抱したことがあったらしい」

「あったらしいじゃなくて、あったの!」


 以前に羽衣へと話したのと同じく、嘘と事実を混ぜた設定。

 しかし時系列を問わねば本当だ。

 ただ「憶えていない」と言った事がお気に召さなかったのか、乃彩がペシペシと背中を叩いてきた。

 

「憶えてないのは無理ないわよ。あんまり言いたくないけど、あたしだって生まれた時からキラキラしてた訳じゃないんだから」


“あれ、結構前の話?”

“ずっと片想いしてた乃彩ちゃん一途〜”


「高校入学してから少し後の話。誰にも話した事ない」


“エンスタでも秘密にしてたところだ”

“カップルチャンネルの構想があったから、今まで内緒だったのか”


 下手なことを言うまいと、これまで乃彩が俺に惚れた理由については、やんわりと仄めかす程度。

 別にカップルチャンネルで公表しようと決めていた訳ではないが、念の為である。


 とはいえここまで説明したとなると、本格的に俺達の関係が嘘に塗れていっている。

 仕方ない話なのだが、何処でボロが出てしまうのか心配だ。

 次回からは動画なので、今日だけでも気を引き締めることにする。


「てか、実はあの時に貰ったハンカチまだ持ってる」

「えっ!?」


 素で大きな声が出た。

 確か炎上の後に俺の家に泊まっていたから、返されているものかと思っていた。

 別にハンカチ一つくらいいいけど、急に驚いてしまうだろう。


“物的証拠キター”

“作り話ではなさそうだな”

“めっちゃ驚くじゃん結翔”


 どうやら俺達の関係を疑っていた者達も、手のひらを返していた。

 サプライズな事実だったが、何故か都合の良い方向へと転んだことには笑うしかない。


「返さないよ? 宝物だから」

「いいよ」


 なくて困るものではないしな。

 何故か大切そうに手に持っているので、取り上げたりはしない。


「じゃあ次!」


<トイ様についてどう思ってる?>


 次の質問は俺でなく乃彩が選んでくれたが、これまた回答の難しいものがきた。

 さて、どうしようか……。

 確かにトイという存在が乃彩の再起に一枚噛んだ以上、避けられない話題ではある。

 ここで処理して視聴者を満足させるのは、一つの手かもしれない。


「えーっと、トイ様は恩人だよ」

「あのさ乃彩」

「え、どしたの?」


 まず初めに……これまで聞き逃しておいたが、彼女には言わなければいけない事がある。

 これは彼氏として注意しなければならない問題だ。


「これまでエンスタライブを見てても思ったけど、トイ『様』ってなんだい? 乃彩にセクハラした男なんて呼び捨てにしなよ」


“急にどうしたどうした!?”

“結翔、雰囲気変わってて草”


「セクハラだなんてされてないって」

「でも桃雲さんが言ってたじゃないか、トイが乃彩の背中をさすってたって」


 トイって奴はなんて最低な奴なんだ、と強調して発言する。

 今後当チャンネルでトイの話題を出さない為に……また例の『善人説』を否定する為にも、あれはセクハラという事にしておきたい。


“嫉妬じゃんw “

“あの時は乃彩ちゃん怖かったんやで”

“あれは許そう!”


 なぜかトイを擁護する声の方が多い。

 なぜだ……。

 世間的にトイは嫌われていると、統計が示している。

 なのに、このチャンネルの視聴者は優しすぎる。


「結翔、トイ様はあたしを安心させてくれたんだよ。許そう? ちょっと重いよ?」

「な……っ!?」


“乃彩ちゃん言うなぁ”

“別にどっちかが悪い訳じゃないんだけどね”

“男は他の男に負けたくない生き物だから仕方ない”


 平和だったチャットが少し荒れる。

 一応トイを貶したい俺の味方もいるらしく、その所為で意見が分かれ始めた。


 これは不味い。

 ここは『T0Yチャンネル』ではないのだ。

 いつもなら歓迎しているけど、ここの視聴者から求められていない雰囲気。


 偶にいる――配信者は好きだけど、その視聴者は民度が悪くて嫌いというパターン。

 ああなってはいけない。

 視聴者の教育は、配信者の務めだ。

 ちなみに……『T0Yチャンネル』は俺のことも視聴者も嫌われているから、耐え抜いた精鋭だけが残っている。反面教師にしてくれ。


 ともかく、俺は負けを認めることにした。


「……ごめん、僕が悪かった」

「怒ってないよ。だけど、トイ様がいたからあたし達恋人になれたんだからね?」


 その通りだけど、まるでトイが良い人みたいに聞こえるじゃないか。


“トイって結構良い奴だよな”

“スモモちゃん提唱の『トイ善人説』正しかった!”


 不味い!

 咄嗟に言い訳を考えるも、トイの評判を落としたらイコールで怒られるから、打つ手が少ない。

 少ない手数の中で、取れる選択肢を取る。


「だけどやっぱり――彼氏の目の前で他の男の話されると、妬いちゃうかな」


 仕方ないので、勇気を出して乃彩を押し倒す事にした。

 カップルチャンネルとして売っているのだから、問題ないはずである。

 いつも蝶姉にやられているからか、簡単に押し倒す事ができた。

 当然、乃彩は慌てた声をあげる。


「わっ、わわわ……わかってるから待って! 配信してるから! みんなに見られてるからぁ!」


 まさか本当にこのまま襲われると思ったのだろうか……?

 そんな訳ないだろう。心外だ。


「冗談だよ。でも、あんまり他の男を僕の目の前で褒めるなら、冗談じゃ済まないからね?」

「も、もーっ!」


 ぽこぽこと軽いパンチを数回いただいた。

 乃彩は今まで見たこともないくらい顔を朱色に染めて、子供のような一面を見せる。


“あっついなぁ”

“めっちゃラブですね”

“イチャイチャ中”

“乃彩ちゃん可愛い!”


「はい、じゃあ次の質問! 次は――」


 照れ顔を誤魔化すようにして乃彩は逃げることを選んだ模様。

 トイの話題が減ってきたので、上手くいったようだ。

 まあ乃彩が色々と感違いさせる言い方をした所為で、コメントは大いに盛り上がっていた。

 そんな空気が割と――――悪くない。



 結局、『崖っぷちカップル』の初配信は大成功に終わった。

 それだけなら良かった。

 が――『トイ善人説』は再びトレンド入り。

 対抗するように『結翔の嫉妬』というタイトルの切り抜きがバズってしまった。


 切り抜きのコメントには俺がダサい髪の割に男前だなんだの、褒められているもか貶されているのかわからない呟きが多数あり、ネタにされていた。

 結局どちらも俺なので、複雑な心境だ。


 乃彩はこの状況をそれはもう喜んでいた。

 あまりに幸せそうな顔をするせいで、俺は何も言い返す事が出来なくなってしまったのである。


(てか、カップルチャンネルの伸びヤバいな)


 初動の登録者数増加は90度近く傾いている。

 割と本気ですぐに『T0Yチャンネル』が追い抜かれそうな勢いだ。


 久々に――冷や汗が出た。

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