第33話 課題 (乃彩視点)

 真剣な話と聞いて、あたしは結翔の妹である羽衣ちゃんの話が出てくると思っていた。

 なので、思った話とは違った。


 屋上の塔屋裏に隠れていた盗撮犯がいるかもしれないという噂があったものの……結翔がトイ様であれば、そこまで驚かない。


 例の動画はオリジナルが消される前に、コサキが保存していたものを貰っている。

 あたしを苦しめた動画だけど……今では冷静に視聴することができた。


 ――結果論かもしれない。

 けど、あたしには当時、失うものがそこまでなくて、得たものの方が大きかった。

 だから結翔に伝えた感謝の意は、本心。

 そして――。


(あたしの――初恋だから)


 彼がくれた最も大きなものは、初恋だ。

 同級生から告白される事は何度もあったけど、今までわからなかった、恋という不可思議な感情。


 告白の返答を待たされた分だけ、気持ちは募っていった。

 もちろん、同時に不安も募っていったけど、それも結果的には杞憂だったから。

 だからこそ、あたしは結翔と付き合えた時のために決めていたことがある。


(結翔にも、あたしを好きになってもらいたい)


 恋人になったなら、お互いに愛し合いたい。

 結翔があたしに対して恋情を抱いていない事はわかってる。

 それでも結翔はあたしと付き合ってくれた。

 彼目線では、お試しのような感覚かもしれない。

 でも……愛されないのは嫌だ。

 それなら愛してもらうしかない。

 そして彼の本当の願いを叶えてあげたい。


(蝶々さんから聞いた結翔の本当の願いは――トイ様をやめること)


 最初は驚いたけど、今なら納得できる。

 結翔はトイである方が素だって言い張っているけど、根は家族の為に精一杯なだけ。


 炎上系配信者は多々いて、その活動故によくネットニュースに取り上げられる。

 だから当然、トイ様の外聞も決して良くない。

 事実……配信でもトイ様は他人を煽ったり企業相手に挑発をする。

 コアなファンならすぐにそれが演出だってわかるけど、嫌われて然るべき内容だ。


 いつかの配信で、トイ様はアンチのコメントを基本的にスルーしていると発言していた。


(アンチに負けないトイ様は凄いって思ってたけど、あれが苦しくない訳がない)


 その結果が因果応報だとしても、嫌われる覚悟で結翔は茨の道を選んだ。


(どの道羽衣ちゃんが退院すれば辞める活動だって聞いたけど……その後は?)


 ――その後は、どうするの?

 トイ様の及ぼした影響はあまりにも大きい。

 彼がインフルエンサーとして持つ数字も捨てるには惜しいもの。


『きっと羽衣が退院しても、ユイはこっそりトイを続けると思う』


 蝶々さん曰く、結翔は責任感から逃れられなくなって活動を辞めないはずだ、と言っていた。

 トイ様のファンであるあたしとしては複雑な気持ちになった。


 彼のエンターテイメントは好きだ。

 けど、結翔が義務感のようにそれを続けているのなら……それは止めなければいけない。


(だから、あたしはカップルチャンネルを作りたい。トイ様のチャンネルよりも大きな彼の居場所を――あたしが作りたい)


 結翔があたしを助けてくれたように、今度はあたしがトイ様を追い詰めて、結翔を自由にする。

 そして結翔の為とか考えつつ、あたしはあたしで自分の欲望を満たしたい。


 愛し合うってそういう事を言うんだと思う。

 わからないけど、あたしはそういう事にした。



 ***



「――という訳で、結翔とは付き合ったよ」

「良かったじゃない。まあ私は二人が付き合うと思っていたけどね」


 結翔と恋人になったあたしは、女子寮へと戻りコサキの部屋へと向かった。

 蝶々さんが、家に帰ってこないとは聞いていた。

 だからこそ万が一を警戒して、逃げてきたのだ。

 まだ……彼と共に寝る勇気はなかった。


「それで、何処までいったの?」

「ふふん、ちゅーまで!」


 自信満々に言ってみせた。

 しかし、コサキは「え、それだけ?」みたいな顔を見せてくる。

 ……あたしは目を逸らした。

 そんな事はわかっている。

 実際ここ数日で性知識などは学んでおいたし、出来る限りモーションはかけたつもりだ。


 恋人になってすぐにキスした。

 さりげなく結翔の膝に乗ったり、彼から行動しやすいように無防備を晒したりまでした。

 トイ様としてなら女の扱いに長けている結翔でも、現実ではかなり理性的だ。


「はぁ……もしかして乃彩、グイグイいってないわよね?」

「うっ、どうだったかな。自信ない」


 積極的になりたかった訳じゃない。

 でもいざ恋人になって、距離感考えなくて良いってなったら彼に近付きたくなった。

 それはもう本能では止められないのだから、仕方ないこと。


「あのね、赤松くんが見るからに童貞みたいな顔してるとはいえ、そこで自分がリードしてあげなきゃって考えるのは危険よ? 彼も警戒しちゃったのね」


 リードしようとしたつもりはない。

 どちらかというと、リードされたい欲求というか、結翔の好きにされたくて、そう促したつもりだ。


 彼になら何をされたって嬉しい。

 結果的には放置されるような形になってしまったが、近くに入れただけでも十分満足感がある。

 だからコサキは憶測だけで勘違いしている。

 というか、あたしの彼氏を「童貞みたいな顔」と言ったことについて少しムカッとした。


「コサキだって彼氏いた事ない癖に、なんで経験者ぶった言い方……」

「彼氏がいなくたって手玉に取った男は何人もいるもの」


 コサキは世渡りが上手だ。

 よくよく考えたら彼氏を作るよりも、充実した青春を送っているようにも見える。


 器用なことに、彼女はある程度仲良くなった男子の距離感をキープしているのだ。

 いつかコサキを手玉に取るような男でも現れれば、コサキも初恋をするのかもしれない。

 まあそんな男……中々いないと思うけど。


「乃彩に限って見捨てられるなんて思わないけど、あまり愛の重い発言とかし続けていると愛想尽かされちゃうんだからね? 気を付けなさいよ」

「わかってるもん」


 嫉妬深い自覚はある。

 以前青柳さんに当たってしまった事もあるし、結翔の彼女として慎ましさを心掛けるつもり。


「でも、恋愛進捗も佳境に入ったわね」

「あれは別に付き合った後でも続けていくよ?」


 恋愛は、付き合って終わりじゃない。

 好きな人の良いところと悪いところを沢山知ってドキドキしたい。


「乃彩、まさかと思うけどライブで生々しい話する訳じゃないわよね……BANされるわよ」

「そんな話する訳ないでしょ。結翔の身体を知っていいのはあたしだけなんだから」

「な、ならいいのよ……」


 変な虫が付かない為にも、あたしのラブが如何に本気なのか発信していかないと。

 カップルチャンネルを作ることができれば、あたし達のラブラブな関係を見せて牽制できる。


 これからの計画はまさに完璧。

 結翔と少し触れ合ったから、少し頭が良くなったのかもしれない。


「あっ、そうだ」

「どうしたの?」

「いやコサキって、あたしよりトイ様のこと詳しかったわよね。一ヶ月前の休止について何か知ってる?」


 結翔から出された課題。

 カップルチャンネル作成の条件だ。

 誰かに聞くのを禁止されていない以上、あたし以上に詳しいコサキを頼る以外にない。


 「試験とは?」という感じもするけど、元よりトイ様は使えるものは何でも使う主義。

 何も問題ないに決まってる。

 すると藪から棒にため息を吐くコサキ。


「あのね乃彩、彼氏の前で他の男の話はしない方がいいわよ」

「でも好きな人に自分の好きなことを共有したいじゃない!」

「……一理あるわね。布教ってことなら協力を惜しまないけど、何で休止の時のこと?」

「活動休止って悪いイメージしかないし、説明できた方がいいでしょ」


 騙して申し訳ないけど、トイ様ガチ勢のコサキに秘密を知られる訳にはいかない。

 いずれコサキの願いであるトイ様と会う事は約束出来そうだから、それで許してもらおう。


「そうね。あの件は複雑で……あくまで推測になるけどいいかしら」

「うん! ありがとうコサキ!」


 ともかくコサキのお陰で――あたしは大きなヒントを得ることができた。

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