第34話 合格
――乃彩と恋人になった翌日。
俺はいつも通り学校へ登校したが、特に彼女と付き合うことを公表するつもりはない。
乃彩のエンスタライブで発表する方が盛り上がるだろうと考えたからだ。
とはいえ、仲間内――和成や美波、小紫にまでも一応は知らせた。
でもまあ、昼休み……俺と乃彩が二人きりで昼食をとっていても、変に疑ってくる生徒はいないが。
「で、もう真実を暴いたって? 結構早かったな」
「まあね」
乃彩はドヤ顔を見せようとして引っ込める。
まだ推測が合っているとは限らないからか、彼女は気を引き締めていた。
『トイが活動休止に追い込まれた真実』を推測するよう課題を出してから一日も立っていない。
随分と早いと思わなくもないが、決断の速さは咎めるに値しないものだ。
まずは、話を聞いてみることにする。
「まず、表向きトイが活動休止した理由を整理したいんだけど、いい?」
「ああ」
「『グレイライブ』所属のVtuberの一期生と二期生の関係にパワハラがあったことをリークしたのが、実はデマで……ファンの反感を買ったのよね?」
「その通りだ」
大手企業『ピアソ』の立ち上げたVtuberグループが『グレイライブ』である。
そんな事務所の情報を入手した俺は、リークとして自分のチャンネルで発表した。
俺は炎上系配信者。
本気で『グレイライブ』を燃やすつもりでリークしたつもりだ。
活動休止に追い込まれてもおかしくない真っ当な理由だろう。
「正直、あの配信はあたしもリアルタイムで見ていたけど、今思えば変だった。わざわざトイ様の配信中に『グレイライブ』が声明を出したなんて……タイミングが良すぎるじゃない。
それに、トイ様のスタンスとして――ゲストを用意していなかった」
そう、乃彩の言う通り。
声明が出てすぐ、『グレイライブ』パワハラ暴露配信を中断したまま、俺は活動を休止した。
今でも咄嗟の判断は誤っていなかったと思う。
活動休止にするのが最善だった。
あの瞬間に限って言えば、俺は権力というものに屈したのである。
言い訳するならば、彼らの誠意に負けたと言ってもいいのだが……。
「タイミングが良すぎたのは偶然かもしれないし、トイは毎度ゲストを呼んでる訳じゃないぞ?」
ここまで合っているとはいえ、茶々を入れてみる。
しかし、乃彩に動揺は見られなかった。
「ううん、やっぱりおかしい。態々パワハラと宣言しているんだから、証人を呼んでいなきゃおかしい。トイ様なら、そうするはず」
「……そうだな。俺ならそうする」
実際に、その配信では被害者らしきグループの二期生をゲストに呼んでいた。
「でも、ゲストは出されなかった。ねえあれって――ドタキャンされたんじゃないの?」
土壇場で逃げ出す行為。
本来なら信用に関わる為、忌避する行動。
しかし――。
「その通り。俺は配信に呼ぶはずだった証人にドタキャンされた」
あちらさんは企業所属だ。
俺にアポを取っている時点で、本来事務所との契約に響いてしまう。
俺からすれば良い迷惑だが、それだけなら然程よくある事で気にしない。
問題はその後――。
「それじゃあやっぱり――パワハラは実際にあったのね。『グレイライブ』は、パワハラを無かった事にした……企業からの圧力に――」
「俺は活動休止を選んだことになるな」
言葉を遮って悪いが、負けたとは言わせない。
それは俺のプライドの問題だ。
企業のイメージダウンに繋がる情報を『T0Yチャンネル』が発信していたら、問題視されて当然。
つまり俺は先手を取られてしまったのである。
そんな事実はないと声明を出されてしまい、俺の味方をしてくれるはずの証人はドタキャン。
俺の打つ手が限られていたのは、確かだ。
「これだけは、先に訂正しておく。『ピアソ』が俺を罠にかけた訳じゃない」
誰かが悪い問題だったなら、俺だってもっとやりようがあった。
けど、実際はそうじゃなかったのだ。
「俺が配信する直前には、パワハラ問題は内部で和解してたらしい。だけど『ピアソ』は大手だけあって、俺みたいな個人に対して柔軟に対応できない。
というかパワハラ問題の噂が広がり過ぎてて、そっちへの対処を優先したみたいだ」
まあそれを説明しないのだから、揉み消したも同然なのだけども。
炎上系配信者に交渉しようだなんて、考える方が異常なのだ。
『グレイライブ』……というより親元である『ピアソ』の判断は間違っていなかったと思う。
元々、俺はダメージを与える姿勢を見せていた。
一つ対応を間違えれば『俺に情報漏洩した犯人』探しが始まってしまう。
その先にあるのは予測不可能の混沌だ。
事実を無かった事にして、俺の暴露をデマにするなんてどう考えても強引だが、有効な方法だった。
事前に、決定的な証拠を集めることができなかった部分も大きい。
「おかしいと思ったのよ。トイ様は謝罪配信をしなかった。もちろんトイ様が謝罪なんてするキャラじゃないのはわかるけど、本当に自分が悪いと思っていないからだったんでしょ?」
そういうことにしておこうと考え頷いて見せた。
実際には……乃彩の炎上騒ぎでタイミングを失った事や他にも理由はある。
しかし、乃彩の推測も間違っている訳じゃない。
「前の配信、声優のAMEをゲストに寄越した配信で、トイはハッキリと『グレイライブ』の一件について自分が悪くないと発言してたし、やっぱりね」
確かにそんな発言をした記憶がある。
なるほど、随所を探せば俺自身からもヒントは残してしまっていたようだ。
「それで、あたしは『トイが活動休止に追い込まれた真実』を紐解いたって思っていいの?」
「……そうだな。正直感心してる。AMEさんを呼んだ配信で『ピアソ』と敵対していないスタンスを取ったからな」
だから、俺と『ピアソ』の関係は読まれる事がないと思っていた。
「え? それはだって、トイ様自身が否定してたし……ほら、盛り上がりそうなネタなら、俺は公平に暴露するって格好良く宣言してたでしょ」
「あくまで演出の可能性もあっただろ……。兎も角そうだな――試験は及第点ってところかな」
彼女の推測が全て当たっている訳ではないのだが、ほとんど的を射ている。
何より乃彩が俺の事を想像以上によく見ていて、及第点を与えるしかない。
カップルチャンネルというコンセプトを考えても、大切な要素を押さえていると思う。
「じゃ、じゃあ――」
「カップルチャンネル、やってやるよ」
俺の城である『T0Yチャンネル』を超えられるとは思っていない。
ただ未知の可能性を秘めているのは確かである。
何より恋人がそう望むのなら、彼氏として応えないわけにはいかない。
条件としてこんな試験を課したものの、元々俺は乗り気だったからな。
強いて言えば、あっさりと真実を暴かれた事には複雑な感情を抱いた。
反面教師にしてもらいたかったのだが……どうも乃彩は俺が謝らなくて当然のように考えていそうだったから。
元より今回の試験は小論文のようなもの。
百点満点が取れる問題ではない。
少なくとも――乃彩が既に片足を踏み入れている業界が、そういうところのなのだと知ってもらえたのなら充分だろう。
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