第35話 真相 (乃彩視点)
課題をクリアして、カップルチャンネルの設立を認めてくれた。
変な課題だったけど、ネットリテラシーを問うているなら、それは彼の善意だ。
あたしは浮足だった気分のまま、スキップしながら寮へと戻ることができた。
カップルチャンネルの活動はすぐに始められるわけではない。
まずは『灰灰パンダ』さんという編集者とのコンタクトを取るため……というのもあるけど。
彼曰く、まずは土台固めが必要らしい。
というのも……最初だけは動画じゃない。
活動自体は動画投稿をメインに行うけども、最初だけは配信をする事でチャンネル登録者を増やしておこうという算段なのだという。
「あたしのやりたい事全部出来そう……本当、結翔に感謝しないと」
まずはエンスタライブでお付き合いを報告するとして……だ。
すぐにカップルチャンネルの事を話すとビジネスっぽさが出てしまうかもしれない。
だから、新規チャンネルの活動開始は週末に行う事が決定した。
「結翔……本当に素敵な彼氏だよぉ」
やはり一年も炎上系配信者として活動し成功している彼は頼りになる。
トイ様が活動休止に追い込まれたのは、本当に相手が悪かっただけなのだ。
大企業『ピアソ』相手じゃ、無理があった。
(そこんとこ、ちょっとなんか……モヤモヤするのが本音だけど)
トイ様の視聴者として、『ピアソ』は彼を活動休止にまで追い込んだ敵という認識があったから。
そんな『ピアソ』が『空木プロ』の不祥事を解決する事で便宜を図っていたという部分。
もちろん、彼はお金になることなら何でもするけど、ちょっと不可解だった。
「あれ……?」
ふと、課題のことを思い出す。
あたしは「トイ様が反省していないから、謝罪配信をしなかった」と認識していた。
でも、それはおかしいだろう。
「トイ様なら――反省していなくても謝罪をネタにしそうなのに」
何か……変だ。
あたしの知っている彼は、自分の弱みさえエンターテイメントに昇華してしまえる奇才。
だからこそ、違和感になってしまっている。
それに――。
「あのトイ様が……企業如きの権力に折れて、それだけで終わるなんて、思えない。もしかして、それが……『及第点』ってこと?」
もしかしたらあたしは、まだ全てを暴けた訳ではないのかもしれない。
彼が何かを隠しているとは考えたくないけど、何かがあると確信していた。
「あっ……」
ふと小さな違和感に気付いてしまった。
否、思い出してしまった。
トイ様は随分前に、一つだけ明らかにおかしな『辻褄合わせ』を行っていた事がある。
「『空木プロ』の不祥事……」
――あたしが炎上した時の配信で、トイ様が用意した『設定』の事件。
あたしと接触する状況を説明するための、嘘だったわけだけど……。
「あれって、おかしくない?」
だって……嘘ではなくなっているから。
たかが『辻褄合わせ』の設定は、実際に証明されてしまっているから。
そう。AMEという声優が『空木プロ』から引き抜きに合おうとしていた不祥事の存在のことだ。
「あの事務所に黒い噂が沢山あったのは後々知ったけど……だからって、どうやって不祥事なんて探し出したのかな……」
誰も知らなかった『声優の強引な引き抜き』なんてネタをトイ様は的確に入手していた。
あのネタを手に入れる為の経路は限られているし――というか多分、『ピアソ』以外にない。
「そういえば、あの配信中……AMEさん、『ピアソ』の要請だって口を滑らせてたよね」
すなわち、前提が間違えているのかもしれない。
「トイ様は『グレイライブ』内部でパワハラがあった情報を二期生本人から聞いている――そのネタを使って、『ピアソ』に借りを作ったと考えたら?」
結翔は、活動休止を『選んだ』と言った。
告発者本人とのやり取りのスクショや録音といったパワハラの証拠は持っていて、『ピアソ』と戦う選択肢もあったということだ。
しかし、彼は穏便に済ませようとした。
そう考えたら、トイ様と『ピアソ』の関係は、水面下で繋がっていたということ。
「そして……『ピアソ』に作っておいた借りを返してもらう形で、『空木プロ』の不祥事というネタを貰っていたとか……!?」
あり得ない状況ではない。
つまり順序が違うんだ。
『ピアソ』との関係回復を図るため、『空木プロ』の不祥事を解決してあげたんじゃない。
『空木プロ』に不祥事を暴く為に『ピアソ』を頼った可能性。
AMEは『ピアノ』関連の声優。
彼女へのアポイントだって、変だ。
そもそもが関係の危うい『ピアソ』の事務所を通そうだなんて発想には、至らないだろう。
憶測に過ぎない。
もしかしたら……間違っている部分があるかもしれない。
でも、ほとんどの辻褄は合ってしまう。
ただ……最後に違和感が残るのも確かだ。
「たかが『辻褄合わせ』の為だけに企業への借りを使って『空木プロ』の不祥事を暴く理由が……トイ様には、ない」
明らかにコスパが悪い。
その因果関係は、さすがに妙だ。
しかし、そこで一つの可能性に気付く。
「待ってもしかして――――あたしのため?」
炎上以降に関係が切れてしまったとはいえ、あたしは元『空木プロ』所属だった。
あたしは再起して今成功している訳だし、あの事務所から……恨みを買っていてもおかしくない。
だけど、これまで報復は受けなかった。
何故か? トイ様が暴いた不祥事のお陰で、もう『空木プロ』は完全に潰れかけているからだ。
あたしに復讐する余力が、ないとすれば?
「あたしの身を案じてくれて、そこまで読んで……結翔は手を打ってくれたんじゃ……」
そうとしか思えなかった。
結翔なら、トイ様なら、そこまで予測できる能力を持っていてもおかしくない。
それに、そこまで考えてようやく――バラバラになっていたピースが埋まるようにしてあたしの頭の中にあったパズルを完成させた。
あたしはそうであると確信している。
「そんなの、益々結翔の事が好きになっちゃうじゃない。好き……愛してる。今すぐ会いたい」
コサキには落ち着くよう言われたけど、我慢できないかもしれない。
『トイ善人説』の通り……やはり結翔は根の優しい人なのだ。
なのにキャラを通そうとして、隠している。
そんなの勿体ない。
彼の素敵な部分も、評価されるべきなのに。
これから作るカップルチャンネルは……せめて、優しい彼の居場所にしてあげたい。
あたしも頑張ろうと、改めて決心した。
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