第37話 相談

「――そういうわけで、二人に相談がある」


 ――学校の登校途中。

 幼馴染二人を発見した俺は、恋愛相談をした。

 蝶姉の言う通りならば、気付かぬ間に俺は絆されているかもしれない。

 けど、そんな事は俺のプライドが許さない。

 乃彩と恋人を続けるなら、主導権は俺が持っていたいのだ。


「いいぜ! 俺とみーちゃんに任せろ」

「だね。私達世の中のカップル代表と言っても過言ではないからね」

「え、それは過言じゃね?」

「えっ? ……和くんのバカッ!」


 快諾しながらイチャつく和成と美波。

 カップル代表かはわからないけど、バカップル代表と言えば、この二人以外にいない。




 そんな訳で、相談した日の放課後。

 俺は早速美波の家に正体された訳だが――。


「何これ」


 和成の家には何度か行った事があったが、美波の家を見て驚いた。

 まず庭付きの大きな屋敷。

 そして何より俺が驚いたのが美波の私室――というかクローゼットルームである。


「何って……何度か話したことあるけど、みーちゃんが俺だけのアイドルになってくれる部屋だな」

「だからって本格的にアイドル衣装こんなに揃えるか普通!? マジかよ」


 和成が、日常的に美波を着せ替え人形にしているという話は、知っている。

 ただ思っていたのは……もっと軽いコスプレとかだと思っていた。

 しかも、衣装の数とアクセサリーがかなり多い。


「みーちゃんは俺と二人でいる時毎回アイドルに変身してくれるんだ。まっ、これが愛の力ってやつよ」


 和成が誇るようにドヤ顔を見せる。

 俺は……恋人というものを甘く見ていたのかもしれない。

 そして「着替えてくる」と言って個室に入って行った美波がアイドル衣装で戻ってきた。


「じゃじゃーん! 今日はベースカラーを白に揃えてみたよ」

「おおおっ! 全く俺のみーちゃんは最高だぜ!」

「えへへー」


 当たり前のように美波は和成へと抱きつき、そのままソファーへと座った。

 なんか……俺がここにいて良いのかと居た堪れない気持ちになってしまう。


「結くんに見せるのは初めてだし、ちょっと驚いたかな?」

「ま、まあな。でもいいのか? 和成だけのアイドルなのに俺に見せて」


 誰かに見せてしまっていいのだろうか。

 和成にとっての「俺だけのアイドル」ではなくなるんじゃないか? と思った。

 しかし、二人はお互いを見合ってから笑い出す。


「初めてって言ったけど、結くんは昔私のアイドル姿見てた人だからね」

「そうそう。まあ幼馴染特権ってやつだな。俺は結翔になら見せても何も思わないぜ。というか、結翔もみーちゃん褒めろよな」


 見せつけるようにしてポーズを取る美波。

 その姿は昔の彼女と重なった。


 羽衣も……昔は――――。


「ああ、昔よりも可愛くなってる。まだ美波は、アイドル続けてたんだな」

「うん、そゆこと」


 和成限定のアイドルであるとはいえ、なんだか胸の奥が熱くなる。

 俺は――彼女達の一ファンだったことを思い出した。


「まあ後は――羽衣のお兄さん特権とでも思っておいて」


 羽衣の名前を出されて一瞬和成の顔を見るが、驚く様子はない。

 どうやら美波が説明しておいてくれたようだ。


 今まで和成には、俺が小羽根初の兄である事を隠していた。

 同じジュニアアイドルグループのファンとして和成とは親友だった。

 とはいえ、彼が波川南の熱狂的なファンだった事から、羽衣を利用されたくなかったのである。


 今思えば杞憂だった。

 というか和成は十数回あった握手会でアプローチし続けて晴れて美波と付き合ってしまった。

 まあそれくらい行動力のある奴だっただけに、俺の懸念も理解してほしい。


 二人が付き合ってからも言い出せなかったのは……羽衣の引退理由に同情されたくなかったから。


「あの事件で突然グループ解散してから、ファンには悪いと思ってるから」


 かつて急成長し始めていた彼女達のグループは、センターでグループの顔でもあった小羽根初の電撃引退によって解散した。

 火事で入院する事になった羽衣の復活する目処が、立たっていなかったからだ。


 ただ一番の解散理由は……グループの残りメンバーが辞める事を選択したからだという。

 彼女達は七人で一つのグループだった。

 誰かが欠けて続ける事はしなかったらしい。

 世間の目は痛かった。

 グループの解散原因は結局、残りメンバーの我儘だったのだから当然だ。


 ファンからすれば、溜まったものではない。

 しかし、彼女達もまだ子供だった事で、世間からは同情の眼差しを向けられて終わった。


「まあ昔話はもうやめよっか。今日は結くんに恋愛を教える為の日なんだから。まあまず大切なのは、女の子はちょっと理想を押し付けられたい的な感じかな」


 美波は胸に手を当てて、「この衣装みたいにね?」と教えてくれる。


 なるほど……今の彼女の姿は、和成の要望に応えた結果らしい。

 二人でいる時は毎日衣装に着替えていると考えると中々大変そうだ。

 だが、美波も喜んでアイドル姿になっているのがわかる。


「勿論嫌がる子もいるかもだけど、恋人なりたてなら特に自分を求められたい頃だし、結くんが乃彩のんにしてほしい事を言うの! 恋人の幸せは自分の幸せになるからね。好きな人が喜んだら、嬉しいでしょ?」


 彼女の説明は思っていたより、シンプル。

 気を遣って一歩引くよりも、一歩踏み込めという話なのだろう。

 まともな事を言いつつ……美波は、和成に抱き付いて耳をパクパクと噛んでいるが。


 実際に見せてくれるのはわかりやすくていいが、和成は苦笑いを浮かべている。

 いくら他人の目を気にしない性格とはいえ、これではまともに話を聞けそうにないのだが。


「つまりね、結くんに足りないのはアタックだよアタック! こういう風に食べちゃうぞ〜ってくらいでいいの!」

「お、おう」


 それよりイチャイチャするな!

 クラスメイトの気持ちが少しわかってしまう。

 目の前でこれをやられたら……困る。


「……結くんちゃんと話聞いてる? そんなんじゃ身体の付き合いとか進まないよ?」

「俺は生々しい話をしに来たんじゃなくて、恋愛相談をしに来たんだが」


 そう言うと、なぜか不機嫌な顔になる美波。

 何だかんだ言って、俺に和成とのイチャイチャを見せつけて自慢したいのだろう。


 俺と美波は小学生成り立ての頃から幼馴染なので、お互いに遠慮がないのはわかっていた。

 昔は無邪気なガキ大将、今では彼氏にデレデレを他人に見せる。

 承認欲求が高い女子代表みたいな女だ。

 だが、一線は引いてほしい。


 というか……和成は止めろ。


(いや、今彼女が魅力的に映るのはきっと――和成のお陰なんだろうな)


 今でこそ幼馴染として仲良くしているが、正直……俺は昔の美波が好きじゃなかった。

 というか羽衣の遊び相手を俺に取って代わられた時は、殺意が湧いたことさえある。

 シスコンだの何だの言われ、本気で喧嘩した事もあった。

 いや……今も空気は止めないしそれなりにイラっとすることは多いか。


「恋愛が進めば一緒のことだよ! こうやってくっ付いて離れなくなっちゃうんだから……ねーっ、和くん?」

「えっ!? そうかもなぁ……」


 和成の顔はそうでもなさそうだが……。


「むむっ、恋人から目を逸らすのは浮気の兆候……!?」

「なんでだよ!」

「いいから和くんは私を見てくれればいいの! 和くんに見られたいから私は今もアイドルなんだからねっ?」


 遂に、二人は俺に目の前でキスまでし始めた。

 今まではここまで見せられた事がない為に、本気で困ってしまう。

 俺に恋人ができたとはいえ、度が過ぎている。


「乃彩のんもきっと結くんに見てもらいたいと思ってるよ。結くんは当たって砕けろ!」

「いや砕けたらダメじゃないか!?」

「でも見て? 私の和くんをほら!」

「……砕けてるな」


 和成は幸せそうな顔で何も言わなくなってしまった。

 ……昇天している。


 俺に見られる事まで、諦めたのだろうと悟る。

 そこは慣れちゃいけない所だと言いたいが、多分彼はもうダメだろう。


 思えば和成は――ずっと前から美波の尻に敷かれている気がする。

 色々とツッコミどころが多い二人だが、学べる事は多かったと思う。


 蝶姉の言う通り、恋は人を変えてしまうのかもしれない。

 それなら――俺が乃彩を変える側に立つだけだ。

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