第24話 嫉妬?

 紺野へ告白することを決心したまではいい。

 でも、踏み出せない自分がいる。

 そこでまずは、和成と美波を頼る事にした。

 小紫には紺野の友人であるナナチーとマナミンを引き離してもらった。

 放課後に時間を空けさせてもらうためだ。


 そういう訳で、四人で喫茶店へ寄る事になったのだが――。


「紺野、なんか悪いことでもあったのか?」

「別に。それより結翔は素で話していいの?」

「ああ。こいつら幼馴染だし」


 紺野が、なぜか明らかに不機嫌な顔をしている。

 教室では紺野相手にも地味男らしい態度をとっていたから、そこが不満なのだろうか……。


 それより俺の事をさりげなく名前呼びしてきている事は、指摘するべきか?

 彼女の配信で名前を呼ばせてしまったし、仕方ないとは思うけども。


「結翔、学校じゃ猫被ってるからな。いつも俺達相手の結翔はいつもこんなもんだぞ」

「だねえ。まあ私達も不思議に思ってるくらいだし。ちなみに結くんが変な理由は私達も知らな~い」


 そう呟きながら、美波はコーヒーを啜る。

 和成と美波はお互いのことしか興味がないように見えて、意外と周りを見ているタイプだ。

 だから俺の分析をされても別段驚くような話ではない。

 だが、俺が地味男を演じている理由を探ろうとしないのはやや不気味である。


 実は俺の正体に気付いているんじゃないか……と、疑ってしまうくらいだ。

 まあ気付いていたら揶揄ってきそうな幼馴染だけあって、謎の信頼を置いているのだが。


「私はこうしてダブルデートさせてもらえて満足満足。乃彩ちゃんとも大分喋れるようになったしね」


 いつの間にか仲良くなった紺野と美波。

 二人は最近まであまり絡みがなかったが、相性自体は悪くなさそうだ。

 今も二人の距離は近い。

 ……若干紺野が苦笑しているが、仲が良いに違いない。


「でも……結くんの言う通り、乃彩ちゃんなんか悪いことでもあったの?」

「えっと――――……」


 紺野が俺をチラリと見てくる。

 やっぱり俺に何かあるのは確定か。


「誰にも言わないから私にだけ教えてくれてもいいんだよぉ?」


 今まで友達が出来なかった分の反動なのか、美波は紺野に対してグイグイ遠慮がない。

 言葉は寄り添っているのに身体が本能のままに紺野へとくっ付いていた。


 対する紺野は……そんな事を気にするどころか、美波の言葉に悩むような様子を伺わせる。

 炎上でメンタルが強くなったのか元々肝が据わっているのかわからないが、全く動じない。

 ただ――そんな真剣に考えられても俺が困る。


「…………」

「悩むくらいなら、心の中に仕舞っておけ」


 つい紺野へ話しかけてしまった。


「美波は恋バナがしたいだけだろうから」

「結くん正解! ご褒美に乃彩ちゃんを名前呼びする権利を授けよう」

「それご褒美なのか? 報酬なら、ここの飲み代奢るとか、そういうのにしてくれ」


 紺野へと告白する場を作るために協力してもらっている身とはいえ、今の美波はやや暴走気味だ。


「もー結くん鈍感だなぁ。乃彩ちゃんが不機嫌なのは、まだ紺野って他人行儀に呼んでいるからに決まってるじゃない~」

「えっ?」

「ん?」


 ドヤ顔で指を差す美波だが、紺野は素っ頓狂な反応を見せた。

 俺も何に驚いているのか一瞬わからず、首を傾げてしまう。


「あれ、違った?」

「違う……かな」


 どうやら美波の勘違いだったらしい。

 いやまあ……今朝俺が挨拶する以前から紺野の様子はおかしかった。

 だから、何となく違うとは思っていたが。


「……ほんとは言いたくなかったんだけど昨日の件が嫌だっただけ」


 手で顔を隠し、恥ずかしそうに呟く紺野。

 昨日はそもそも紺野とあまり喋っていないと思うのだが……。

 言われてもなお、俺には心当たりがない。


「昨日の件? あーっ!」


 すると、何かに気付いたらしい美波が声を上げて俺の頬を指で突いてきた。


「美波、痛い。なんだよ急に」

「あー、結翔が人気声優なんかと個通してるところに嫉妬したってオチだろ?」

「和くん!? 私の名推理先に言わないでよぉ」


 さっきまで傍観してケラケラ笑っていた和成が、紺野へ指摘した。

 すると、紺野は当たりだったのか顔を逸らしてしまう。

 台詞を奪われた美波はポンポンと軽いパンチを和成へ浴びせていた。


「……はぁ。別に苗字呼びに固執していた訳じゃねぇよ。乃彩もそうありありと顔を赤らめられると、俺が反応に困る」


 見ていられなかったので、自然と名前呼びの件について話を戻すことにした。


 実のところ、紺野の根気に折れた。

 ここまで好意を剥き出しにされて目の前で嫉妬したり照れられたりしたら、放っておけない。

 告白されてから返事をしないか断る理由は、いくつも考えてきた。

 でも、段々と胸が苦しくなってきたのだ。


(俺はまだ紺野乃彩という女の子を好きではない)


 それは確かな事実だ。

 紺野のことはまだ知らないことばかり。

 好きになる要素の方が少ないのだ。

 だが、何となく――悲しませたくない。

 俺の彼女に向ける気持ちは、恋情でも友情でもないが、たしかに心の中に灯っているから。


「あっ、わたくしお花を摘みに行かせていただきますわね。オホホ~」

「んじゃ、俺も連れション行くわ」

「ちょっ!? 女子トイレの中まで付いてきたら、流石に和くんでも軽蔑する」

「じょ、冗談だって……」


 挙動不審にテーブルから離れる二人。

 予め決めておいた合図で、二人にはこの場から退散してもらった。

 さすがに奇妙に思ったのか、困惑する紺野。

 しかし俺と二人きりという状況に耐えかねたのか、微動だにしない。


(よし……二人がいなくなっても、逃げられる心配はなさそうだな)


 最初から、紺野と二人きりになりたくて四人で喫茶店へ来たのだ。

 だが……彼女はまだ気付いていないだろう。

 告白するシチュエーションなんて知らない。

 だが、サプライズのような形にすれば、悪くはないはずだ。

 これは――いける。


「あのさ乃彩、告白について色々考えてみたんだ」

「そう……なんだ」


 紺野は顔から両手を下ろすも、少し残念そうな顔をした。

 俺は気にせず、話を続ける。


「俺は正直恋愛経験なんてないし、する気もなかった。だから乃彩も同じだって知った時は驚いて、色々考えさせられた」

「そっか……ちょっとでもあたしの事を考えてくれたんだったら、嬉しいかも」


 諦めたような表情。

 無理して作り笑いを浮かべていた。

 見ているだけで胸がキュッと締め付けられる。

 潔く諦めるなんて、そんなの美徳じゃない。


「それでさ、俺も考えてみたんだけど……俺、乃彩のことを好――」

「あれ、ユイ!? 偶然だね。ああっ、乃彩さんもこんにちは」


 ――まさに告白する寸前。

 言いかけた「乃彩のことを好きになりたいと思う」という言葉は喉元から出なくなった。


「蝶……姉……?」


 声の主を確認してみれば……変装した蝶姉の姿がそこにあった。

 二日酔いの彼女は、家で寝込んでいたはずなのだが、今やピンピンとしている。

 そして、とても告白し直せる雰囲気ではなくなってしまった。


(仕切り直すしか……なさそうだな)


 なにも急ぐことはない。

 潔く諦めるのも、美徳の一種に違いない。

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