第25話 自由人な蝶姉

 偶然の巡り合わせに中断された告白。

 仕方ないので蝶姉を同席させ、離席してもらっていた和成と美波も呼び戻した。

 騒がしい二人も戻ってきたことで、乃彩はまたぎこちない笑顔を浮かべる。

 対照的に、和成は目を輝かせて蝶姉を見ていた。


「初めまして白峰さん。俺、結翔の友達の黄島和成って言います。ファンです!」

「ああ、美波ちゃんの彼氏の~。こちらこそ、いつもユイがお世話になってます」

「ほ、ほんものだ……」

「はぁ……もぅ和くんったら……」


 蝶姉と初めて対面した和成。

 彼は興奮したようにドルオタと化していた。

 美波に耳を摘まれながらサインまで要求し始め、本当に嬉しそうだ。

 和成の場合は今まで何度もニアミスで蝶姉と会えなかった為、美波も強く止めたりはしていない。


「蝶姉さん、今日はお仕事じゃないんですか?」

「実は昨日、酔い潰れちゃってねぇ。ユイに介抱してもらって昼まで寝てたんだけど、落ち着かなくて外に出たんだ」


 トップアイドルの蝶姉は、スケジュールが常に詰まっているため、貴重な休日だ。

 伸び伸びと過ごせているなら、何より。

 まあ――そんな蝶姉の気晴らしに俺の告白は止められてしまったのだが。


 というか、そろそろ乃彩に告白するということは昨夜に伝えたはず。

 もし俺達を見つけても察して声をかけないで欲しかった。

 いや……昨日の泥酔状態じゃ、俺の言葉がまともに憶えているとも限らなかったか。


「それより、乃彩さん何かあったの?」


 すると乃彩の顔をまじまじと見る蝶姉。

 彼女が本調子でない事に、気付いたのだろうか。


「いえ特には。ただ結翔とこうして放課後一緒にいられることに緊張してる……のかも」

「ふうん。あっそっか……ユイに告白して今は返事待ちだもんね」


 乃彩は静かに頷いて見せた。

 とはいえ……普通、告白した相手がいる場で言うか? 蝶姉は遠慮がない。

 俺としても、返事を返していないことに罪悪感が生まれてしまう。


「よし、お姉さんがユイ攻略法を伝授してあげようか~?」

「なんですかそれ!?」

「俺、知りたいです!」


 蝶姉の言葉に対して真っ先に反応したのは和成と美波だった。

 ……反応するのは、お前らじゃないだろ。

 知ってどうするのかわからないし、そもそも俺の攻略法なんてありはしない。


「ユイを攻略するにはねぇ……押して押して押しまくるべし!」

「適当言うなって蝶姉。ウザいだけだ」


 積極的な行動をされるのは苦手だ。

 強引な蝶姉と同じ屋根の下で暮らしている俺だが、蝶姉相手だから気にしていないに過ぎない。

 他人から積極的に絡まれてもウザいだけというのは本音である。


「ユイ……お姉ちゃんのことウザいって思ってたの?」


 声色に悲壮感を出しながらも、チラチラっと上目遣いで見てくる蝶姉。

 こういうところとか……家族だから許せるのであって、普通は相手するだけでも面倒だ。


「まっ、お姉ちゃんこれでもウザカワで通ってるところあるから〜」

「開き直り早いな」


 答えを返さなかった結果、開き直った蝶姉。

 とんでもないポジティブ思考だ。

 蝶姉は昔からいつもこうだ。

 ……それは愛嬌でもある。

 彼女がトップアイドルになったのは、何も容姿だけが所以ではない。

 こういうところも、好かれている一因だろう。


「そういえばユイが放課後に喫茶店なんて珍しいけど、四人でこれから予定でもあったの?」


 予定はもう済んだよ、蝶姉のお陰で。


「特に決めてないな。ここに寄ったのも、美波がダブルデートしたいとかうるさかったからだし」

「へっ? ……あー、そうだったかなぁ、あはは」


 美波が、薄ら笑いを浮かべて誤魔化してくれた。

 まあ美波は本当にダブルデートしたいと何度も言っていたからな。

 俺と乃彩がまだ付き合っていないとはいえ、デートの定義を考えれば間違っていないだろう。


「ふうん。ユイが美波ちゃんのそんな提案に乗るなんて珍しいね」

「世話になってるし、偶には聞いてやらないとな」


 迷惑をかけられている事の方が多い気もするが、教室で暇をしていないのは和成と美波のお陰だ。

 その点は、本当に感謝しなければいけない。


「そう。じゃあこの後乃彩さんフリー?」

「あ、あたし!?」

「うん。乃彩さん借りたいんだけど、大丈夫そ?」


 よくわからないが、乃彩と二人きりでお話をしたいように思える。

 炎上の件で一度家に連れ込んで以来、蝶姉は乃彩と接点がなかった。

 だから、きっと近況の話でもしたいのだろう。

 または、俺に対する告白について問いたいことでもあるのだろうか……。


 とはいえ、二人とも俺の秘密を守ってくれているし、疑うのはやめておこう。


「……俺じゃなくて乃彩に聞いてくれ」

「あ、あたしは大丈夫……です」

「やった! じゃあ乃彩さん、今からお姉さんとデートに行こうね」

「はい?」


 蝶姉に手を掴まれ、強引に連れて行かれる乃彩。

 彼女は俺の方を一瞥しながら、蝶姉に付いていく事を決めたらしい。


 蝶姉がこんなにアクティブな人だと知らなかった和成は、唖然としていた。


「あっ、ユイ。お姉ちゃん、今日の夕飯は乃彩さんと食べてくるね」

「お、おう……は?」


 去り際に蝶姉が放った言葉に、俺も戸惑う。

 今晩を一人で過ごすのは了解した……が、乃彩とどんな話をするのだろうか。

 何も起こらないことを祈りつつ、コーヒーを一杯飲み干した。

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