第48話ㅤガマズミ
「あれ!?ㅤ霧島君がいない!!」
椿は驚いている。そういえば説明してないや。
「霧島君は、霧島君の家の近くでどこでもドアノブ使ったんだよ。店長によると入った場所と同じところから出るシステムらしい」
「ふぇー、ふしぎー。なんかもういちいち驚いてたらキリないよね。受容受容。広い心を持って受け止めます。じゃあ学校行こっか。どこで遊ぶのかなぁ。今度葵ちゃんたちと遊ぶ時の下見もしようぜ!」
少し足早に、私たちは学校へ向かった。
ㅤいつもより時間はかからなくて、三十分ぐらいで到着した。その頃には霧島君は門の前に立って待っててくれていて、私たちを発見した瞬間にしっぽをブンブン振っていた。
「俺ね、ずっとやってみたいシチュエーションあったんだよ。少女漫画によくあるあの、めっちゃヒロインを長い間待ってたのに『全然待ってないよ』って言うってやつ。でも俺本当に全然待ってないから何も言えないや。次は言ってみせるから見てろよ」
と、霧島君はよく分からない文句を口にする。待ち時間はなかった方がいいんじゃなかろうか。
ㅤ椿は私にも分かるくらいめっちゃわくわくしていた。
「どこ行く?ㅤどこ行く?ㅤどこ行きたい?ㅤ霧島さん行きたい!ㅤってとこある?」
「俺中学時代、勉強と部活に生きてたから一切遊びに行かなかったんだよね……。ましてや女子となんて一回も……。お恥ずかしいことに、高校デビュー勢でして。だからごめん分からない……」
ㅤ霧島君はもじもじと答える。別にお恥ずかしい事じゃないのに。椿はパッと笑った。
「じゃあさ!ㅤせっかくだし、この学校の周りを探検してみようよ!ㅤいずれフィールドワークあるしさ、行こう行こう!」
「この辺にめちゃくちゃ有名な呉服屋さんあるんだってさ。だからフィールドワークとかで行くんじゃないかなぁ」
「俺それ知ってる! サクラ屋でしょ? でかい公園の隣にある店。俺の姉がそこの着物持ってるんだよね。すごく綺麗だよ。『狂わされちゃ〜う』とか言ってたなぁ」
「サクラに狂わされるってこと?いいねなんか。私も人を狂わせられるかな? 桜だし」
「桜じゃ無理無理。人を狂わせたら罪悪感で桜も狂うって」
ㅤそういえば男子と遊ぶのって初めてだったけど、椿がいるからなんとでもなりそう。霧島君も女子と喋らなかっただけで、もともとがコミュ強だから何も心配いらなかった。杞憂杞憂。
ㅤ私たちはぺちゃくちゃ喋りながらトコトコ歩く。3人組って2人と1人になりがちだけど、私たちはバランスがいいのか、全く分裂しない。すごく居心地がいい。
「なんか良さげなパン屋あるー!ㅤ俺、パン好きなんだよね」
「シャルメって店だって。入ってみる?」
「みるー!ㅤ私もパン好きー!!」
ㅤハリネズミの可愛い看板を引っさげたパン屋に足を踏み入れた。もう四時だというのに客足は絶えていない。きっと美味しいお店だ。
「人気一番は塩バターパンだって。私これにする!」
「じゃあ俺もー!ㅤでかい公園で食べようか」
「それいいね。私はお母さんへのお土産に、クロワッサンも買おうかな」
ㅤ子連れのお客さんが多く、ぞろぞろとパンを買っていく。私たちは買った塩バターパンを片手に、公園のベンチに座って食べ始めた。
ㅤ土曜日ということもあって、お父さんらしき男性と小さな女の子がバドミントンをしたり砂遊びをしたりと楽しそうにしていた。
ㅤ私たちが座るベンチの横では女の子が、白く小さい花を花束のように密生させた低木をじっと見ている。私もなぜかその花に見入ってしまった。
「わ!ㅤめっちゃうまい!ㅤめっちゃバターでてくる!ㅤすげえー!!ㅤここ通おうかな」
「ね!ㅤカリカリサクサクですごく好きだなこれ。また来よー!ㅤ……桜?ㅤどーした?」
「えっ、あっいや。親子が沢山だなぁって。すごく楽しそう」
ㅤ仲睦まじくキャッキャと遊ぶ子供の姿は見てて癒される。一緒に遊びたい。
「愛着……」
「え?」
霧島君の呟きに、いち早く椿は反応した。
「釜田さんって、俺は彼女のことをちょっとしか見てないけど、愛着障害?ㅤなのかなって。詳しくは医者じゃないしわからないけど」
「アイチャクショーガイ?ㅤ聞いた事あるような無いような無いような?」
「ちっちゃい頃に養育者との愛着形成がうまくいかなくて問題を抱えるってやつだよ」
「そうそれ。なんかそれっぽいな〜って思っただけ」
ㅤ霧島君は食べ終えたパンの袋を潰し、公園のゴミ箱へ捨てた。
ㅤ愛着障害か……。だとしたらどうすればいいんだろう。
『この世に生きる人達はきっとみんな心の中で誰かに好きって言われたがってる』
ㅤ突然椿のあの言葉を思い出した。
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