第三章 カンナ
第17話 カンナ
通常授業が始まり、四限目が終わった。そして私たち新入生は体育館に移動していた。命よりも大切らしい校章のついたハチマキをつけながら。
「桜、これハチマキちゃんとついてる?」
「ついてるついてる。私のは?」
「バッチリだよ。応援指導ってどんなのだろうね」
椿は背伸びをしながら言った。にしてもなんだかすごい勢いで赤色の上靴を履いた一年生が体育館に吸い込まれている。なんでだろう。あっ、わかった。
「一年生ー!! 走れー!!! さっさと並ばないと、大変なことになるぞー!!!!」
先輩方がものすごい必死の形相で急かしてるんだ。なんだなんだ?
とりあえずみんなに倣って走り、並ぶ。幅が均等になるように並ばせられた。先輩方が
「君、ちょっとハチマキずれてる」
とか直しながら。そして暗い。とにかく暗い。カーテンが全部閉められていて、壇上のスポットライトだけが光源だ。何が起こるの?
なんだか音が聞こえてきた。象が行進してるのかってくらいにドン、ドンと鳴っている。
……違う。ドン、ドン、なんて生ぬるい表現じゃない。
鈍……、鈍……、鈍……、と鉛が地に落ちるような音が近づいてきた。なんの音?入口から聞こえてくる。
その刹那、弾!!! という太鼓の音の砲弾が私にぶつかってきた。頭がくらくらする。
体育館入口に目を向けると、黒い学ランに身を包んだ数人が、横一列にずらりと並んでいた。
瞬間、彼らは雄叫びをあげる。なんて言ってるか明らかにはわからない。たぶん「押忍」と叫んでいるんだろうけれど、言葉が潰れている。
「何フラフラしてんだよ! きちんと立て!!」
「よそ見してんじゃねぇよ!! 前のやつの背中だけ見てろ!!!」
「お前なんで笑ってんの? 何がおかしいの? ふざけんじゃねぇよ。」
その数人は散り散りになって一年生の間を徘徊し始めた。鈍、鈍、と歩き、怒声を浴びせながら。
なにこれ怖すぎる。
前の椿が震えている。どうしよう、強引にでも椿連れて逃げようかな。もしかして入る学校間違った……? そして私の前に学ランが通ったからわかったけど、学ランがボロッボロでツギハギだ。バンカラというやつなのかもしれない。
いつの間にか前の壇上にボロボロ学ランが二人立って腕を組んでいる。
「これより、応援指導を開始する!! 応援指導とは、これからの行事の度に使う、演、構え、応援歌などを応援団幹部から教わるものだ!!! お前らの練習の成果が出るまで、この指導は続く。たとえ一週間でも、一ヶ月でも、一年だとしてもだ!!!」
壇上にいるにも関わらず、体育館の後ろまで声が響いている。
まじかよ嘘でしょやめてよ。なんでこんな伝統があるんだこの学校!!! 流石に一年は誇張だと信じたい。
「では、始める。第一学園校歌、歌え!!!! せーの!!!」
この声と同時に太鼓が弾、弾とリズムを刻み始める。
しょうがないからとりあえず歌ってみる。
「太平洋の輝きに〜朝の日を」
「やめろ! お前ら今すぐやめろ!!!」
太鼓を連打しながら徘徊しているボロボロ学ランが歌を止める。
「女子は裏声使うんじゃねぇよ! それとなんで歌詞を覚えてねぇんだよ!! 声ちいせぇし、おかしいだろ!!」
ボロボロ学ラン達が一斉に言う。そんな怒らんでもよくない...?
突然、前の方でバタンッと音がした。椿の背中でよく見えないが、男子が一人倒れている。先生方が急いで体育館の端に運んで行った。
確かに、突然こんなこと起きたらパニックになるよね。たぶん倒れたのは彼一人じゃないんだろうな。だって明らかに先生たち待機してるもん。
「もう一度!! 第一学園校歌!! 歌え!!
せーの!」
「た、太平洋のか」
「やめろ! 今すぐやめろ!!!」
またしてもボロボロ学ラン達が歌を止める。なんなの? なんなの?
「声が小さい! なんでこんなにできないやつ多いんだよ!!!」
壇上のボロボロ学ランが怒鳴る。そんなこと言われてもぉ……。
「お前、ハチマキは?」
隣の男子がボロボロ学ランの一人に詰め寄られている。ハチマキを忘れてきたそうだ。
「わ、忘れてきました」
「は? 忘れて来た? 有り得ないんだけど。お前、学籍番号は?」
「い、いち、ろく、さん、さん...です...」
「覚えたからな」
ボロボロ学ランはチッと舌打ちをして踵を返す。隣の男子の声は震えていた。すごく可哀想。明日は我が身だ。気をつけないと。
「もういい、本日の放課後、また応援指導を開始する。早急に並び、待機していろ!! 全員! 黙想!!!!!!」
壇上のボロボロ学ランは指示をする。私は大人しく従ったが、どうやら従わないやつもいるらしく
「お前ら、薄目開けてんの分かってんからな?」
とか言いながら去っていった。
開始の時と同じように、また太鼓の音が鳴り響く。ボロボロ学ラン一同はまた潰れた声で雄叫びをあげ、体育館から帰って行った。
しばらく、体育館は静まり返る。
「はい、目開けていいですよ。お疲れ様でした。じゃあまた放課後に集合してください」
先生の合図でみんな一斉に動き出す。大抵の人は顔面蒼白だ。椿は勢いよく抱きついて来た。
「ねぇ、桜。私たち、来る学校間違った……?」
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