第18話 カンナ

 拝啓、たぶん天国にいるらしいお父さん。扉をくぐったのかは分からないけど、とりあえずめんどくさいから天国にいてお父さん。  


 今私は、いや、私たちは地獄にいます。  



「もっとしゃんと立てよ!!!! やる気あんのか!?!?」


「今!! 立ち方を教えたばっかだろ!! なんでできねぇんだよ!もっと腕上げろ!!!」



 あの恐怖の昼休みから恐怖の放課後になりました。クラスのみんなは歌詞を必死に覚えながら五、六時間目の授業を終えました。たぶん多くの人にとって高校生活初めての内職になったことでしょう。ほんといい思い出ですね。


 相変わらずバンカラの皆さんが大声で怒鳴りつけています。現在、立ち方を教わりましたが、腕を後ろで組んで限界まで上げろとのことなので、痛くて疲れてたまらないです。


 そしてこの人たちの口癖は「全力」と「限界まで」だということがわかりました。


「お前らふざけてんのか!? なんでできねぇんだよ!!」


 そしてゲームのNPCかってくらい同じことを繰り返します。台本でもあるのかな。


 なんにせよ怖いです。


「本日の練習はこれで終わりだ! 明日は応援歌を歌ってもらう。当たり前だが、全員全力で歌えるようにしろ!! 全員!! 黙想!!!」


 応援練習頑張って生き残ろうと思います。敬具








「思ったよりも怖かったでっす……」


 椿がすごくげんなりしてる。そりゃそうだ。倒れなかっただけこの子は頑張った。


「椿よく倒れなかったね。あの環境一番嫌いじゃないの?」


「めっっっちゃ嫌いだけど倒れたら応援団に怒られそうで必死に耐えた……」


 いや 流石に怒らないだろうけど……。


「明日までに応援歌をめっちゃ復習してこよ。桜は今日は部活見学いく? 私は応援団の情報収集も兼ねて茶道部行こうかなって。お茶菓子貰えるんだって!」


「あー……、私はパスしようかな。今日も行きたいところあるしさ」


 真司さんのところに行って風子さんの伝言を伝えないと。すると椿は頬を膨らます。


「まぁ……わかったよ。お茶菓子は独り占めしちゃうからね! じゃあまた明日!」


 椿はリュックを上下させながら茶道室に向かって行った。



 さぁ!病院に向かいましょうか!


 男子トイレと女子トイレの看板が見える。この学校は、私立だけあってとてもとてもトイレが綺麗だ。ウォシュレットが付いてある。素敵。



 ささっと通りがかる、つもりだった。男子トイレの手洗い場でしゃがんで動かない人を見つけなければ。上靴の色を見る。赤色。私と同じ1年生だ。


 息が荒い。苦しそうに背中が動いている。過呼吸かもしれない。


「大丈夫ですか!? 今、先生を……!」


 私が保健室に行こうとすると、彼は私の制服を引っ張って止めた。もしかしたら彼にはよくあることで、大事にしたくないのかも。


 椿も昔はよくパニック起こしちゃって過呼吸になってたなぁ……。その時にはハンカチで口を覆って落ち着かせてたっけ。 


 ポケットからハンカチを取り出して、彼に渡す。忘れなくて良かったぁ……。


「これ使ってください。大丈夫ですよ。いやあ、授業始まりましたけど、進度が早いですよね。特に数学! 予習が必須と言われましたけど、これ程とは思ってませんでした」


 彼はハンカチを口にあてがって頷いたりしてる。少し落ち着いたみたいだ。


「……ケホッ、首席でも……早いと思うの?」


 あれ、聞いたことある声。彼は顔を上げる。あれ、この爽やかイケメン見たことある。


 ──霧島君だ!!!!!


 そういえば昼休みからずっといなかった気がする……。あれ、昼休みの応援指導で倒れたのってもしかしてこの人か? ……この人だ!


「ごめん、ありがとう。……かっこわる」


 霧島くんは顔を見せない。ハンカチを握りしめている。


「いやいやいいよ、よくあることだし。突然パニックになるとびっくりするよねぇ。わかる」


 私もしゃがむ。ここ一応男子トイレだけど、大丈夫かな。まぁ一年生みんな部活見学行ってるし大丈夫だよね。


「でも、謝りたかったからちょうど良かった」


「んぇ? 私に?」 


「うん、昨日の俺、めっちゃ気色悪かったなって。家でめっちゃ反省してさ……」


 昨日の霧島君……


『ねぇ、宮城さん! 君、代表挨拶でパンフレット読んでなかった?』


『あと、昨日めっちゃ入学式前に全力逆走してなかった? なんで?』


『あ、そうか。いや、とにかく宮城さんに話しかけることしか頭に無かったから……。迷惑だった?』


 確かにめっちゃ馴れ馴れしかったけど、言うほど気色悪かったかな……?


「大丈夫大丈夫。そんな反省することじゃないよ。あっ、そのハンカチあげる。安物だし、返さなくていいよ」


「えっ……、でも……」


 まだ汗は引かないけど、呼吸は戻ったみたい。あんまり甲斐甲斐しいと、抱かなくていいけど罪悪感とか増えちゃうよね。よっしゃ帰ろ。


「じゃあ私行くね! 保健室とか我慢せずに行くんだよ!」


 立ち上がり、男子トイレから出る。さぁ早く病院に行かないと、面会時間が終わってしまう!!






「うわぁぁあぁあぁ、やらかした……。絶対引かれた……。最悪だ……。嫌だ……。……絶対仲良くなりたい……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る