第30話 カンナ

 いつも通りハチマキを結びながら体育館を目指す。前の男子生徒の会話が耳に入った。


「応援団にさ、めっちゃ声いい人いね? 俺あの人になら怒られたいんだけど」


「わかる〜! 俺あの人が来たら腕下げようかな」


 煩悩に塗れた会話をしている。共感してしまうのがちょっと悔しい。辺りを見回すと、生徒手帳を片手に持ってる人がたくさんいる。生徒手帳の裏に応援歌の歌詞とか全部載ってるんだっけ。


 私はネットの学校紹介サイトから音声聴いて覚えたから見てないなぁ。


「あー…………やだやだ助けて桜…」


 椿がだらんと腕を垂れさせて助けを求めてくる。そうは言われても私だって助けて欲しい。


「私気づいちゃったんだけどさあ、この廊下を歩いてる時の感覚って、とんでもなく怖いジェットコースターに並ぶ時と同じなんだよね」


「あー! それだー!!」 


 真後ろを歩く葵ちゃんと桂花ちゃんが喋っている。二人とは五時間目で親睦を深めることができた。嬉しい。


「とりあえず生き残ろう。今日終わったら土日だよ!」


 椿が元気の無い顔でガッツポーズを掲げた。私と後ろの二人も力無く拳を突き上げた。








 弾、弾、と太鼓の音が響く。相変わらず怒鳴られる。これはもしかしたら、怒られるための行事なのかもしれない。一刻も早く潰した方がよくない……? なんで先輩達は潰してこなかったの……? 潰せなかったのかな……?


「なんで第二応援歌歌うときに!! 声小さくなんだよ!! おかしいだろ!!!」


 声のいいボロボロ学ランが竹刀を片手に怒鳴る。竹刀で叩かれないだけましだと思ってしまう時点で、もう既に洗脳されてるのかもしれない。


 ボロボロ学ランはまた一列に並び、叫ぶ。


「週末!!! 見直せ!!! 黙想!!!」


 そしていつも通り潰れた声で


「あぁざしぃたああああああ!!!!!!」


と叫んで行進して帰って行った。


 いつも通りハチマキを解く。


「はぁぁ……。今日も終わった……お疲れ椿」


「おつかれい。桜と一緒に帰りたかったなぁ」


「仕方ない仕方ない。ピアノでしょ?」


「まぁそうなんだけど」


 椿は頬を膨らませた。とりあえず体育館から出なければ。渡り廊下では、先輩方がニヤニヤしながら「おつかれぃ〜」と口々に挨拶してくる。ムカつくような、ありがたいような……。






 椿を昇降口まで送り届けた後、なんとなく図書室に向かう。示し合わせたように霧島君がいた。


「お! 宮城さんだ。来たんだね」


「やぁやぁ。霧島君は何しにきたの?」


「ちょっと思い当たることがあったから、調べようと思って……」


 霧島君はいそいそと鞄を机に置いて隅っこの本棚に向かった。昨日、店長からのヒントは得られたのだろうか。


「新しいヒントは貰えなかったよ」


 見透かされてしまった。そんなに顔に出てたかなぁ。霧島君はむくれっつらで続ける。


「店長、俺に厳しくてさぁ。めっちゃツンツンされる。物理的にね。漫画の話は楽しいけど」


「物理的にツンツンって、何されてんの? ちょっと面白いね」


 思わず頬が緩んだ。人差し指で霧島君の脇腹をつつきまくる店長の姿を思い浮かべると、どうにもおかしい。


 私の表情を見て、霧島君も爽やかフェイスに笑顔を浮かべる。


「で、思い当たることってなに?」


「多分店長は答え知ってるじゃん。だから忘れてない限りのヒントを繋げてみたんだよね。まぁ断片的だから、本当に微かに思い当たることなんだけど……。宮城さん、ヒントとか思い出せる?」


 霧島君は顎に手を当てて、ちらりとこちらに問いかけてきた。ヒント……、それっぽい会話ってことかな?


「会話の内容ってこと? じゃあ思い当たるの全部言ってみるね」


「え、全部って」


 すぅっと息を吸い込んで、途切れないように、店長を憑依させるつもりで喋る。


「『だいたいは自分が死亡した場所ですかね……? 最も思い入れがある場所とも聞いたことがあります。正確なのはわかりません』とか


『いや〜君たちならできますよ絶対。断言します。絶対できます 』とか


『 絶対知ってるという訳ではないですが、たぶんあなた達は絶対知ってる曲ですよ。絶対ね。知らなかったら怒られるくらいです。……怒られるんですか?』とかかな?」


霧島君は唖然と目をぱちぱちさせている。……なんか申し訳ないです……。


「……もしかして宮城さんって、ハイパーサイメシアってやつ?」


「忘れ事は基本しない……です……」


 霧島君の顔が固まる。きっと、羨ましいと思ってるんだろうな。隠すこともできたけど、同じ奇妙な職場? にいる以上は教えといた方がいいよね。しかしながらも、今の私すごくウザイな。


「……あんまり訊かれたくないかもしれないけど、なんでこの学校来たの? 特待狙いとか?」


 霧島君は本に手をかけながら問う。まぁ、いいか、喋っても。


「第五受けたんだけど、落ちたんだよね。忘れ物屋で働いてる理由言ったよね。バイト代が魅力的って。私さ、めっちゃ忘れ物するんだ。病的に。で、受験の時にめっちゃ忘れ物して動揺して、苦手な読み取り問題とかで失点したの」


 私のアンサーに、霧島君は首を傾げた。


「忘れ事しないのに忘れ物はするの?」


「不思議でしょ? 病院でもそう言われたよ」


 ため息をつくと、霧島君はふふっと声を出して笑った。


「ごめん、笑っちゃだめだよね。実は、俺も第五落ちたんだ。ほら、この間めちゃめちゃカッコ悪い姿見せたでしょ? 急なストレスとかプレッシャーとかでよくパニックになるんだ。ださいけど。試験会場で担架を見たって言うなら、俺が乗ってたやつだよ」


 霧島君は自虐的な笑みを見せる。そういえば、第五の廊下で騒ぎになってるのを見た気がする。あれはもしかしたら霧島君が倒れてたのかもしれない。


「この間、宮城さんをライバル視してたって言ったでしょ? ごめんね、今も少し嫉妬した。天才なんだなぁって」


「いいよ全然。全く問題ないさ。私だって忘れ物全くしませんっていう人見たら嫉妬しちゃう」


「ふっ、やっぱり宮城さん面白い人だよ。でも、きっと数学とかは努力したんだよね? 全く勉強しない天才にはムカつくけど、努力家なら何も言うことないや」


 霧島君はこの学校の歴史が書いてある本を取り出した。一枚一枚丁寧に捲っていく。私はただただその様子を眺めていた。


「俺さぁ、勉強好きなんだ。中学校でもずっと学年一位だった。宮城さんに記憶力があるのなら、俺にはきっと理解力があるんだ。そう信じたい」


 霧島君は私に開いた本を差し出して


「今の宮城さんからのヒントで全部分かった」


と言って、にぱっと笑った。





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