第31話 カンナ

 現在、土曜日の午前。霧島君が校歌応援歌を完璧に覚えてきた今、霧島君のどこでもドアノブを適当な壁に設置する。

「いくよ。準備はいいね?」


「当たり前でしょ。いけ、ばっといけ」


 勢いよく扉を開けた。


「てーんちょーう!!! 店長!!」


 「うわあああっ! 桜さんと神凪さんじゃないですか! やめてください毎度毎度! 心臓が止まったらどうしてくれるんですか!?」 


「店長さんのそれ、ブラックジョークですか? 俺たちそれにどう反応すればいいんです……?」


 霧島君が突っ込む。やっぱり店員増えて良かった……! 私の負担が少なくなるぞ……!!


「笑えばいいんじゃないでしょうか。で、そんな急いでどうしましたか?」


 店長はカウンターに少女マンガを置いて立ち上がる。多分もう察してるんだろうな。


「壇さんを呼んできてください」


 私と霧島君はハチマキを頭に巻いた。







「呼んできました……おぉ、第一学園のハチマキですか。どうやら正解にたどり着いたようですね」


 やっぱり全部分かっていたのか。なんかちょっと腹立たしいような。でも霧島君の能力を調べたって言うならまぁ納得できるかな……? でもスカウトしたの店長だよね……? 何が目的だったのかはよく分からないけれど、まぁこれが正解ならなんでもいいか。


「店長さん。これ持ってください」


 霧島君が「なんか家にあった」と言って持ってきた小さい太鼓を店長に渡した。どうして家にあったのかは分からないけど、とりあえず店長に指示をする。


「店長はそれをターン、ターン、タン、タン、タンのリズムで叩き続けてください。私達頑張って歌うんで」


「ええ……? 歌うんですか? 分かりましたけれども。あっ、どうやらいらっしゃったようですよ」


 カランッと音がして壇さんが顔を出した。


「こんにちは、呼ばれたから来ました。おや、そのハチマキは……私の母校の第一学園のだな?」


 壇さんは髭を触って頷いた。


 霧島君と目を合わせて合図してすうっと肺に空気をめいいっぱい入れて、


 第一学園校歌を歌い出した。


 店長は慌てて指示通りに太鼓を叩き始める。


 話し合って決めたものの、ちょっと恥ずかしい。霧島君は真面目に大きな声を出して歌っているというのに、なかなか大きな声で歌えない。


 すると、いつの間にか壇さんは涙を流し、拳が入りそうなほど口を大きく開けて、一緒に歌い始めてくれた。


 ああそうだ。この曲たちは彼の最高傑作だ。未練になるほど誇りをもっていた曲たちなんだ。


 恥ずかしいなんて思った自分が恥ずかしい。


 私たちは一生懸命歌う。でも壇さんの歌声には敵わない。どこから出ているんだこの声量。


 校歌が終わる。そのまま第一応援歌、第二応援歌、第三応援歌、迸る涙汗、窈窕矜恃の全てを歌った。


 すごく疲れた。全力歌唱ってこんなに疲れるものなのか……。応援団の人たち凄いな……。私が息切れをする横で霧島君は汗を拭った。店長は太鼓をカウンターに置いて私たちに拍手を送る。


「そうでした。なぜ、忘れていたのか。あなた達は第一の生徒さんだったんですね。そうか制服が変わってしまったのか。僕はね、君たちの先輩で、第一学園の一期生です」


 壇さんが深々と礼をした。


「そして、初代応援団長なんですよね」


 霧島君が探偵が真実を述べるような口調で話す。そこまで分かっていたのか。


「その通りです。僕は初代応援団長として、楽曲制作に携わり、結果的に僕が作詞をする形となりました。生徒手帳には作詞枠のところに初代応援団一同と書いてあるでしょう。あれの一人です」


 壇さんは目に熱い炎を燃やす。ぐわっと圧倒された。ここにはヨボヨボのおじいさんじゃなくて第一学園初代応援団長がいる。


「僕はいつまでも生徒の心に勇気の火がともるような歌詞にしようと思い、作りました。あれが野球の大会で流れた時は、嬉しかったなぁ……。どうですか? 今、応援指導は続いてるのでしょうか」


「とてもとても怖い応援団は健在ですよ。私たちは怒らせないように必死です」


 私の言葉に壇さんは豪快に笑った。


「その応援指導やり方を作ったのも僕なんです。でも何も怖がされるためのものじゃない。あなたたちも応援指導のおかげで友達ができたでしょう?」


 壇さんはニヤリと笑った。ぐうの音もでない。もしかしたらとは思ったけれど、応援指導は団結力を高めるためのものだったんだ。別の方法でもよくない? とも思うけど、伝統を守るためになんか変な方向にいったんじゃないか。ちょっと変な方向に曲がりすぎだとは思うけど。


「僕の未練を晴らしていただきありがとうございます。こんなに素晴らしい方法で、まさか歌ってもらえるとは思ってもいなかった。後輩たちは、僕たちの意思をちゃんと継いでいってくれているんですね。何一つ、初代と歌も演も変わっていない」


 壇さんは目頭を抑える。自分が作ったものがいつまでも受け継がれてるってどんな気分なんだろう。壇さんを見る限り、嬉しいことは確かなんだろうな。私もなにか残してみたいな。


「では、僕はもういきます。未練はもう無くなった。応援歌を歌って己を鼓舞しながら扉をくぐろうと思います。皆さん、本当にありがとうございました。そして、後輩たちよ、いつまでも強く在ってください」


 壇さんは深く、深く礼をしてカランッと音を強く鳴らして扉を開いた。大きな背中が、だんだん見えなくなった。


「壇さんは」


 店長が彼が消えた扉を見ながら呟く。


「壇さんは作詞家です。しかしそれは副業みたいなものでした。だからさほど有名ではなかった。応援歌や校歌専門の作詞家だったようです。先程仰っていた通り、誰かに勇気づけられるような歌詞を作りたかったんですね」


 私と霧島君はハチマキを解いた。


「これはただの仮説なんですけど、店長さんが壇さんのことを知っていたのって、店長さんの母校の校歌を、壇さんが作詞していたからですか?」


 霧島君は屹然と問いただす。店長は拍手を送った。


「おお、お見事です神凪さん。その通り、僕が学生の時に受けた音楽の授業で校歌について学ばされて、壇さんの人生等々を紹介されてまして。どうしてわかったのですか?」


「いや普通に考えて、別の学校の作詞家紹介の時に初代応援団一同なんて書かれてるわけないし。そして店長さん、気づきましたか?」


 私が霧島君の推理力の高さに感心していると、真面目な顔をしていた霧島君の顔がにぱりと笑みを作る。店長も私も首を傾げた。


「店長さんについての情報って、昨日めっちゃ訊いたけど全然教えてくれなかったじゃないですか。でも、今の質問で店長さんの母校をだいたい絞り込むことができましたよ! 第一よりも後にできて、壇さんが卒業した後に校歌を作った、この辺にある学校なんですね!」


「ああああ……!! しまったああああ!!!」


 店長がそんなことできたのかと問いただしたくなるぐらい頭を抱えて呻きだす。そんなに個人情報知られたくないの……? 霧島君はすごく満足そうににぱにぱ笑ってる。


「宮城さんは、この心理学テクニックわかる?」


 霧島君が急に訊いてくる。


 ええっと……霧島君が今やったのは相手に仮説を投げかけて訂正してもらってそこから情報を獲ることだから……。


 あっ、ドアインザフェイスの次の次のページ辺りに載ってたかもしれない。


「……サトルクエスチョンだね」


「大正解! やっぱり俺らっていいコンビだね」


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