第51話ㅤガマズミ
「ママの声だ……」
爽世ちゃんはぽそりと呟いた。若い女性の、ハツラツとした声が響く。
『聞こえてるよね? ママだよ。覚えてるかな。もしかしたら、さよちゃんには新しいママができて、もうママのこと忘れちゃってるかもしれないから、もしあなたがママのことを気にしてたら、この音源を渡すって形にしてもらったよ。聞いてるってことは、覚えてくれてたんだね』
「忘れるわけないじゃん……何言ってんの……」
『ママは、先に扉の奥にいくことにしました。さよちゃんは、大好きな誰かと一緒に来てるのかな? ……なんて、子供扱いしすぎだよね。もしかしたらさよちゃんは、ママよりも立派な大人になってるかもしれないしれないもんね。でも、ママの中では、ずぅっと子供のままなんだ……』
だんだんと、爽世ちゃんのお母さんの声が震えてきた。どんな表情なのかハッキリとわかる。きっと今の爽世ちゃんと同じ顔をしているんだ。
『あー……。ランドセルを背負うあなたが、制服姿のあなたが、ウェディングドレス姿のさよちゃんが……見たかったなぁ。ごめんね……。一緒にいたかった。さよちゃんと一緒に、生きたかったなぁ。どうして病気になっちゃったんだろうね』
そうか、爽世ちゃんのお母さんは、爽世ちゃんが小学校に入学する前に病気で亡くなってしまったのか。もしお母さんが生きていたら、爽世ちゃんはウェディングドレスを着られるまで生きていたのだろうか。
──いや、そんなことを考えてももう仕方ないのか。
『──私の、可愛い可愛い爽世。爽やかに、綺麗な世界で生きられたかな? ずっとずっとずっと! あなたの事を……愛していました。今でも誰よりも! あなたのこと、愛してるよ。大好きだよ。来世も、あなたのママになりたいなぁ。大好きだよ。本当に大好きです。いつか、また逢えたら、抱きしめさせてね……!ㅤ爽世!!! 愛してるよー!』
ㅤぷつん。
ㅤ爽世ちゃんのお母さんが畳み掛けるように愛を叫び、そこで再生は止まった。爽世ちゃんは嬉しそうに、悲しそうに、涙が溢れる目を擦っていた。
「そうだった、うち、愛されてたんだぁ。そっかぁ。うち愛されてたよ。大好きって言われちゃったぁ……。えへへ、嬉しいな……」
小さく小さく確認するように、呟いていた。椿は駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。今度こそ私も、ぐずる爽世ちゃんの背中を撫でるように寄り添った。
店長と霧島君は2人でアイコンタクトで【僕たちも抱きしめに行くべきか】を議論しているのが見える。オロオロしててちょっと面白い。
しばらくして、泣き腫らした目を私たちに向け、爽世ちゃんはゆらりと自ら立ち上がった。
深々と、私たちに礼をする。
「いろいろ、迷惑かけてごめんなさい。私、ずっと寂しくて、人生で初めてちゃんとした友達ができて、嬉しかったの。うち、ママのところにいくよ。……最後にわがまま。扉の所まで、ついてきてくれない?」
わがままというには、些かささやかすぎるその願い。私はもちろん大きく頷く。
「店長! 行っていいですよね!!」
「いいですよ!!!」
私は爽世ちゃんの左手を、椿は右手を握りながら店長を先頭に扉までの道を歩く。霧島君は自らお留守番を申し出た。「俺行ったらなんか邪魔な気がする」との事だった。爽世ちゃんのことを友達として扱いきれてなかったのを気にしているらしかった。
でも理由は恐らくそれだけじゃなくて、霧島君がいたら私たちが満足に泣けないのではないかと気にしているんだろう。気遣いができる人である。
ㅤ私たち3人は並んで歩く。ゆっくり、ゆっくり。
「ママを待たせたくないから、もううちはいくけど、もう少し一緒にいたかったな。来世も友達になってくれる?」
爽世ちゃんの問いかけに、私は勢いよく頷いた。先程までの怖い爽世ちゃんはもういない。自分は孤独だと思い込んでいた爽世ちゃんは、もういない。
「当たり前だよ! こっちからお願いするよ。今生でギリギリ会えて良かったなぁ」
椿はしみじみ言う。確かに、本来なら私たちは爽世ちゃんと出会うはずが無かった。忘れ物屋さんの店員になって良かったなぁ。
爽世ちゃんは、突然思い出したように表情を歪ませる。
「そう、桜ちゃん。本当にごめんね。こわかったよね」
「もういいんよ。爽世ちゃん。爽世ちゃんと喋るの、楽しかったよ」
これは嘘じゃない。かなり大変だったけれど、表情がコロコロと変わる爽世ちゃんには不思議な魅力があった。
爽世ちゃんは、小さく白い花が咲いたように笑う。
ㅤそれから私たちは短い道を歩き続けた。来世で友達になったら何がしたいかを話しながら。もし、来世でこの三人でカラオケに行くとしたら、私は、椿や葵ちゃんのように、タンバリンを筋肉痛になるまで激しく振りたいな、なんて喋ったら笑われてしまった。放課後の帰り道のような、和やかな空気だった。
ㅤ楽しい時間だった。短い時間だった。
「桜さん達がついてこれるのはここまでです。」
店長は告げる。役所のような、そんな施設の門の前だった。この先に、店長たちの言う扉があるのだろう。
爽世ちゃんは私たちの手を離して、振り返ってハグをした。
「本当に本当にありがとう。大好きだよぉ……。また友達になってね」
「爽世ちゃん、大好きだよ。またね」
「忘れないよ! また逢おうね!」
爽世ちゃんは大きく頷いて、店長から貰ったカセットテープを握りしめ、公園で見た、母に駆け寄る子供のように門の中へ入っていった。
ㅤ出会ってたったの一週間で、私たちのことを大親友のように扱うなんて、どれだけ寂しかったのかな。
ㅤどんな人生だったのかは分からないけど、来世は幸せになって欲しいなぁ。
ㅤ門を見つめる店長は、静かに私たちに教えてくれた。
「彼岸にいる人の所有物って、三種類あるんですよ。一つは棺桶にいれたり供えたりして、此岸にいる人が送ってくれた物。そして彼岸で手に入れた物。もう一つが、亡くなる瞬間に身につけていた物。釜田さん宛に送られて来た物の記録に、あの写真は無かったそうです。つまり、釜田さんはそのお母さんの写真を手に取りながら亡くなったんですね」
ㅤ店に戻る途中、爽世ちゃんの未練の部屋の前を通った、はずなのに、跡形もなく消えていた。
「どういうこと!?」
椿が声を上げた。私は何が起きたか知っている。
「爽世ちゃん、未練を晴らせたんですね」
「そういうことです。みなさん、よくやってくださいました。お疲れ様でした」
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