第44話ㅤガマズミ
「へ〜。俺の居ないうちにそんなことが。大変だったねぇ」
あの部屋のこと、お喋りの内容のことを洗いざらい話した。他人事のように霧島君は呟く。実際他人事だけど。
「神凪さん、今日は遅かったですね。なにかしていたんですか?」
「してました! 隣の家へ遊びに行ってました! 楽しかったです!」
無邪気に無邪気な報告をする。朝一番に隣の家に遊びに行くってどういうこと……? 幼なじみとかなのかな?
「まぁ、とりあえず釜田さんの話はここまでにして、今日は新しい仕事を教えますね。ようやく上の許可が降りたんですよ〜。気になったことありますよね?」
店長はニヤリと笑ってカウンター裏に私たちを連れていく。
「店の奥!!」
「え!?」
私と霧島君は同時に叫んでしまった。この先って店長だけが入れる謎の部屋だと思ってた……。
「俺たち入っていいの!?」
「え? 上からの許可が下りたのでおっけーです。さっ、行きますよ〜」
そう言って、店長はのれんをくぐる。私達も続けて入った。好奇心で店長の不在時に、何度も霧島くんが入ろうとしたことはある。けれど彼岸の人専用部屋かもしれないから、と私がめちゃくちゃ止めた。 だって長いのれんに隠れてて、めちゃくちゃ暗くてよく見えなくて不気味だったし。
その霧島君は、見てわかるぐらい目がキラキラ輝いている。好きなおもちゃを貰えた子供の目を遥かに凌駕してる目をしてる。ギラギラとも言うかもしれない。
のれんをくぐり抜けた先、短めの廊下があって、また扉が一つある。店長が金色のドアノブを捻り、ゆっくりと捻って開けようとした。けど、ガチャリ、と音を立てるばかりで一向に開かない。
「鍵がかかっているようですが……?」
「そうなんですよ。忘れ物がある時にしか開かない仕様なんです。誰かお客さん来ないかなー」
その時、カランッと店長の要求に応えるように音が鳴った。
「ナイスタイミング!! 皆さんはここで待っててくださいね」
店長はカウンターへ駆け出した。私たちは大人しくそれ見つめる。三人で顔を見合わせた。頭の回転が速い霧島君でさえ頭の上にハテナが浮かんでる。なぜ開かないとわかってるのに連れてきたんだ? いやまあなんでもいいけど……。
カウンターの方でわぁわぁ何か声が聞こえる。何か嫌な予感。店長がのそのそ帰ってきた。嫌な予感。
「釜田さん来たんですけどぉ……。とりあえず面倒なので、あなた達いないって言っときました。だからいいよと言うまで来ないでくださいね」
「ねー! 早くしてよ!! 遅いんだけど!!」
カウンターから高い怒鳴り声が聞こえる。
「私たち出た方がおさまるんじゃな」
「桜。それは違うよ。私たちは今店員の時間なんだよ。ちょうどいい距離を保たなきゃ」
椿が止める。でも確かにそうだ。約束は守らなきゃいけない。
「まぁいいです。頑張って追い返すので。でも、忘れ物があることは本当っぽいので、実演しますね。そこ避けてください」
店長が後ろにいてください、と言うので大人しく店長の背後に回る。
店長が一つ、柏手を打った。そしてドアノブを捻る。さっきの音が嘘だったみたいに、するりとスムーズにそれは回転した。
向こうに広がっていた景色は、工場の一角のような、殺風景な部屋だった。理科室にあるような机の上に、黒いリボンが大量についているワンピースが置いてあった。店長はそれを拾い上げ、こちらに戻ってきて扉を後ろ手で閉めた。
「よしっ、おしまいです。ちゃんと見てましたか?」
椿は不得意科目の理科の難問を解く時と同じ目をしている。私は二人に比べたら冷静だった。最古参だし、もう慣れている。
「……なんか、私たちってすごいことになってない? まだ信じらんない」
「椿はまだ来たばっかりだから、慣れてないだけだよ。そのうち気にならなくなるよ」
「俺、もう原理とかどうでもいいもん。人智を超えた何かなんだよ。理解しようとするのは烏滸がましいんだ。きっと」
霧島君は遠い目をしている。好奇心で猫どころか己を犠牲にするような彼でさえ諦めている。つまりはそういうことなんだ。うん。
「その所持者と忘れ物の内容を思い浮かべながら柏手を打つと、その人が忘れ物をした場所が出てきます。これができるのは店員だけだと上から言われました」
「忘れ物の内容を思い浮かべただけでできるんですか?」
「その通りですね。忘れた場所を覚えていることが条件です。忘れた場所を覚えてないのは忘れ物ではなく無くしものなので」
私が一番最初の忘れ物をした時ってどんな感じに内容を伝えたっけか。ちょっと思い出してみよう。
『私っ、鞄を忘れたんです。第一学園高等学校っていうところの……。鞄の中に代表挨拶の原稿が入っているからとても困ってて、家に帰ろうとしてる途中で、道草食って路地入っちゃって』
そうか、家に忘れて鞄の見た目も中身も鮮明に伝えたから店長は早く戻ってきたのか。
にしても焦ってたとはいえ、道草食った情報はいらないだろうに……。何言ってるんだ私……。
「で、これが釜田さんが職場に忘れてきたお気に入りの服ですね。さぁさぁ行かないと。じゃあここで待っててくださいね」
店長は爽世ちゃんの服を持って、そそくさと戻ってしまった。取り残された私たちは暇なので廊下のフローリングに座って雑談を始める。
「二人ってこの店でどんなことしてるの?」
「私たちは忘れ物じゃなくて忘れ事を解決してるんだ。とはいっても、私たちが解決できたのは2件だけだけどね」
「そうなんだよなぁ。俺は1件だけだけど。まぁ、まだ一週間ぐらいしか経ってないからさ。まだまだだって」
「忘れ事って?」
「プロポーズの言葉と歌詞だったよ。彼岸に来る時にいろいろ忘れちゃうんだってさ」
「へ〜。うーん。わかんない!!」
「仕方ないよ。宮崎さんは俺より冷静なだけ凄いよ」
「気絶しかけてたけどね」
「うるさいやい!」
「隣の家に遊びに行ってたって、友達でもいたの?」
「いや、俺の父さんの同僚の人が隣の家に一家で住んでるんだ。だからよく交流があってさ。そこにちっちゃい娘さんがいるんだ。その子に遊んでもらってんの。俺。」
「いいなぁ。私もちっちゃい子に遊んでもらいたいなぁ。……ねぇ、ずっと言いたいことがあったんだけど」
「奇遇だね、椿。私もあるよ」
「すげぇ、俺もある」
「じゃあせーのっで言おうか。はい、せーのっ」
「店長遅くない?」
一つもズレることなく、三人の声は揃う。もう店長がカウンターへ向かった時から、三十分は経過していた。
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