第45話ㅤガマズミ

「霧島さん、様子見てきたりできない?」

 

「できるよ。ほふく前進して様子見てくる。健闘を祈ってて」

 

 そう言うと、霧島君はずりずり這いずってとカウンターへ近寄って行った。そろそろと静かに行けばいいのに、そこまでやる必要あるのかな? でもありがとう霧島君。

 

「店長さん、私たちはいないって言っちゃったから、後に引けないんだよきっと」

 

「友達として会えないから客として来たってこと?」

 

「そういうことだね。爽世ちゃんは私が会ってきた人よりもなんだか行動が早いなぁ……。寂しいのかな」

 

 椿はぽそりと言った。霧島君がまたずりずりと戻ってくる。なんだかシュールで面白い。

 

「もうすぐ終わりそうだった。なんかまた愚痴言われてて、追い返そうと必死だったよ。あとで店長を労ってあげよう」

 

 店長……ごめん……。一人での釜田さんの接待だもんな。大丈夫かな、店長の営業スマイル崩れてないかな。心配だなぁ〜。

 

 すると、店長がのれんをくぐって入ってきた。なよなよとした水を三日間あげなかった花のようなしぼみ具合だった。

 

「かまだ……さ、ん……つかれる……」

 

 ボソボソとため息とともに呟いた。今日は優しくしてあげよう。

 

「疲れるって……、彼岸の人の身体ってどうなってんの?物を食べられるのは知ってるけど、消化器官とか働いてるなら、トイレの1つや2つあるくね?」

 

 霧島君が間髪入れずに疲れているであろう質問した。店長は今さっき崩壊したらしい笑顔のまま回答に臨む。

 

「僕らは寝ずとも食べずとも平気です。でも、とりあえず美味しいから食べるし気持ちいいから寝ます。多分内蔵は働いてないんじゃないかな……?いや、走ると息切れるな……。生きてた頃の身体がそのまんまな採用されてる気はします」

 

「店長体力ないですもんね」

 

「そうそう……って決めつけないでくださいよ」

 

 店長はまた一つため息をついた。

 

「もうさぁ〜……精神的疲労がすごいんですよね。出禁にしたい……」

 

「激しい猛攻の末帰らせたからね。あそこでちょうどよくこの間のおばあさんが来なかったら帰ってなかったよ。俺めっちゃおばあさんの声が女神の声に聞こえたもん」

 

 霧島君の苦笑いは初めて見たな。いつもにぱにぱしてる霧島君の笑みを、ちょっとだけでも歪ませられる釜田さんってすごいなぁ。

 

「もう大丈夫ですので、行きましょう。忘れ事は解決していただかないと。まだ依頼は来ていませんけれどね」

 

 私たちは店長について行く。一時間ぶりに見た店内は、なんだか眩しく見えた。

 

「釜田さんの話、聞くのはすごく疲れますけど、ちゃんと聞いて未練晴らしてあげた方がいいんですかね」

 

「それは違うよ、桜。話を聞いてすっぱり終われるわけがないないもん。延々と話を聞かされるだけ。そして桜がだんだん疲弊して、爽世ちゃんはヒートアップしていくっていう悪循環になっちゃう」

 

 椿は至って当たり前のことを言うように諭してくる。本当に慣れているんだなぁ。

 

「俺あんま詳しくないけど、俗に言うメンヘラ? ってやつ? ちらっとしか見てないけど、腕ら辺ににあった傷ってリスカだよな?」

 

 霧島君は自分の手首を指さす。釜田さんとは対称的な、傷一つついていない綺麗な腕だった。

 

「そうかもねぇ。でも、リスカするからメンヘラっていう解釈は違うかも。確かにメンヘラの子がリスカすることはあるけど、メンヘラの子じゃなくてもリスカするよ」

 

 椿の説明は、椿が歴戦の猛者であることを表していた。めっちゃ多くの人と関わってきたんだろうな。私の知らない間に、どれほどの苦労を……。

 

「リスカって、自傷行為の一つですよね。自傷行為って、人によって理由が違うんですよね。ちらちら見せてきたのなら、構って欲しいのでしょうか?」

 

「どうすればいいんですかねぇ〜」

 

 私たちは腕を組んで首を傾げる。そういえば、さっき気になったことがあった。

 

「椿、さっき私が釜田さんに共感しようとした時、止めたよね?あれってなんで?」

 

「あぁ、あれはね、私の勝手な判断。あの場において一番不幸なのは爽世ちゃんじゃないとダメだと思ったの。昔、私も桜が爽世ちゃんに言おうとしたことを言ったことがあって……。一気に不機嫌にしちゃったことがあってねぇ」

 

 椿はぺらぺらと私が感じ取れなかったものを報告してくれた。不幸云々はともかく、下手に刺激しない方がいいという判断はきっと合っていた。助かったのかもしれない……。

 

「そして桜! 私たちは爽世ちゃんと友達だよ! 釜田さん呼びでいいの!?」

 

「よくないです!」

 

 私は、まだ爽世ちゃんを友達としてイマイチ見られていない……。話してる間は凄く楽しいんだけど、今まで接したことないタイプの人だから慣れていないというか、あんまり良くないことだとは自覚してるけれど……。

 

「どうしたもんかな。僕、あなたたちにはお客様と積極的に関わって欲しいと思ってます。でも、積極的に彼岸に遊びに行くのは、正直心配でしょうがないです。もちろん、釜田さんの未練を晴らしたいという気持ちもあるのですが……」

 

 店長は仕事の一環として私たちを彼岸に連れ出したんだもんなぁ。友達と店員っていう立場がややこしい。

 

「これ、今お使いとか行かせたら釜田さんに捕まったりします? 営業妨害だな。実は、上からの許可が降りた理由には、上から与えられる任務を遂行しやすくなる、というものがありましてですね……」

 

「え!? 外に出ないとその上からの仕事ができないじゃないですか! 俺はともかく、この二人は!」

 

「早急に何とかしましょう! 知恵を絞れ!!」

 

 いやそんなこと言われても……。

 

「出禁にしたらヒートアップしますよね? もう関わるなって言うのは? 椿さんどう思います?」

 

「私の経験上は無理です。あんまり頼るつもりはないので最終手段ではありますけど、警察的なのないんですか?」

 

「一応はありますけど、多分こんな事例今までに無かったので対応に時間がかかるかと……」

 

 焦る店長、応える椿、蚊帳の外の私と霧島君。爽世ちゃんとどう関わっていけばいいんだろう。

 

 カランッ、と音が鳴った。聞こえてきたのは、元気な声。

 

「あ!! 桜ちゃんと椿ちゃんいるじゃーん!! それにそれに! 神凪くんまで!!」

 

 爽世ちゃんが満面の笑みで扉を開けていた。固まる私たちを置いて、椿は

 

「爽世ちゃん!? いらっしゃい!!」

 

と駆け寄った。

 

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