第46話ㅤガマズミ

「なぁんだ!みんないるじゃん!一時間待って損しちゃったよ〜」

 

 爽世ちゃんははしゃぐ。椿もきゃいきゃいとはしゃいでいた。私たちはついていけない。

 

「ところで爽世ちゃん、私たち今店員さんの時間なんだけど、忘れ物とかあるのかな?」

 

「ん〜、まぁまぁあるけどぉ……、会いに来ちゃった!」

 

 天真爛漫な笑顔を見せる爽世ちゃんと対称的に、椿の表情は曇る。

 

「爽世ちゃん、私は今店員の時間だよ。だからダメ。依頼があるならおいで」

 

 椿は毅然とした態度で接する。爽世ちゃんは一瞬で不機嫌になった。

 

「少しくらいいいじゃん!ちょっとだけ、ちょっとだけだから、ね?」

 

「だめだよ。約束したでしょ?」

 

 椿は揺るがない。すると爽世ちゃんは私に矛先を向けてきた。うるうると手を組んで期待の眼差しを向けてきている。

 

「桜ちゃあん……お願い……!」

 

「すみません釜田さん。先程も申し上げましたが、お客様ではないのなら他の方の迷惑になります。恐れ入りますが、お帰りください」

 

 たじろぐ私を庇うように、店長は食い気味に頭を下げた。爽世ちゃんの顔がどんどん赤くなっていく。

 

「なんなの……? 忘れ物屋ってブラックなんだね! 他のお客さんだーれも居ないのにねー。暇なんじゃないの? ……さいあく。最悪、最悪最悪!! もういい!」

 

 爽世ちゃんの怒りは大爆発をした。そして勢いよく外に出て扉を閉めてしまった。カランカランカランと鈴が大きく響き渡る……。

 

 これは嫌われた……? え、どうすりゃいいんだ。このままお別れはめちゃくちゃもやもやするんだけど……。

 

「いやぁ……激しい人だね。二人とも、めっちゃ懐かれてない? 宮崎さんに至ってはさっき会ったばっかりじゃないの? なんで?」

 

 霧島君は微妙な笑顔を見せる。確かに、あそこまで馴れ馴れしいのはちょっとおかしいのかも。友達付き合いがあんまりなかった私でもわかる。

 

「きっと寂しいんだよね。話せる人が居ないんじゃないかなぁ」

 

「じゃあなんで彼岸に執着してるのかな。早めに扉くぐった方がいいんじゃないの? 未練が友達と喋りたいからっていうのはなんだか浅いような……」

 

 みんなで頭を抱える。何をしたら彼女は落ち着いてくれるんだろう……。

 

「いやぁ、忘れ物屋が暇とは、心外ですね。とにかく! 悩んでても仕方ないです! 仕事!」

 

「え、でもお客さん来てないですよ。いつも通り店番ですか? ……やっぱり暇なんじゃ」

 

 霧島君の質問に、店長はニヤリと笑う。カウンターの下を漁り出した。

 

「いやいやいやいや、忘れ物屋が暇な店だと思ったら大間違いですよ! ここ最近は暇だったと思いますが。今日は月に一度の顧客ファイルの整理をします!」

 

 どどーん! と分厚いファイルを数冊と大量の書類を出した。

 

「彼岸に残っている人や、彼岸にいた人の情報はとある場所に保存されています。そこから僕はあらゆる個人情報をゲットしてるんです」

 

 ぺらぺらと捲り、阿部さんの写真が貼ってあるページを見せびらかしてきた。そこには名前、家族、住所などの個人情報がつらつらと記されていた。

 

「いいんですか!? 個人情報ですよ!?」

 

「いいんですよ。だってあなた達に悪用なんてできないじゃないですか」

 

 店長は軽く私たちをバカにしながらずぺらぺらと捲る。この情報があれば、忘れ事なんて簡単に解決できそうだけど……。店長は私を見てニヤニヤしている。

 

「おやおや桜さん。忘れ事なんて簡単に解決できそうって思ってますね? いやいや、できないんですよ〜。ここに載ってるのはあくまで人生の記録でしかないですし。細かい情報は載ってないんです」

 

 店長はやれやれと息をついた。そりゃプロポーズの言葉も歌詞も載ってるわけないか……。壇さんの件は私たちを試してたから必要な情報を教えなかったんだよねきっと。むかつくけど。むかつくけど。

 

「この顧客ファイルは常連さんだったり、忘れ物を解決できなかった人達ですね。という訳で、皆さんには仕分け作業をしていただきます。一人でやるの割と大変なんですよねぇ。よかったよかった。人海戦術程強い策はありませんからね」

 

 店長は一人で拍手をしている。ゾクリと冷たいものが背中を駆ける。だって店長、不気味なぐらい笑ってるし。

 

 店長はまた紙を取り出した。とても長く、二mはあるのではないかという紙を。

 

「ここには、つい最近扉の奥に行かれた人達の名前が記載されています。と、いうわけで、この分厚いファイルの中からこの紙に書いてある人を探してください」

 

「え……? この山の中から……?」

 

 私たちよりも仕事の内容を早く理解した霧島君は呟く。

 

「そうです! ささ、レッツ労働!」







 そこから数時間、途中休憩を挟みつつ私たちは作業していた。私は長い紙に書いてある人の名前を全て覚えてファイルから探し出し、二人は協力して頑張って探していた。


「ねぇ霧島さん、これってこの人じゃない?」


「そうだね。佐藤さん多すぎだろ……。もっとみんな珍しい苗字してくれたらもっと楽なのに……」


「いやー、助かるなぁ……。やっぱ人海戦術ですよね」

 

 奮闘する2人を見ながら、店長は優雅にむしゃむしゃと栗まんじゅうを頬張っている。……こいつ……。

 

 私の方はちょっと慣れて、余裕がでてきた。必死な二人には少し悪いけど、店長に色々質問しよう。

 

「店長、色々訊きたいことあるんですけど、暇ですよね。じゃあ質問します」

 

「めっちゃ決めつけますね。実際そうですけど」

 

「たまにふわふわと浮かんでるシャボン玉みたいなガラス玉みたいなのってなんなんですか?」

 

「あっ! それ俺も思ってた!!」

 

ㅤ忙しい中、霧島君が顔を上げた。やっぱ気になるよね。

 

「おっ、ついにその話題に触れますか。いいですよいいですよ〜。なかなかタイミング無かったですもんね。じゃあ、手は止めないという条件で質問受け付けます〜」


 こうして第一回、悲願の彼岸質問大会が幕を開けた。

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