第35話 ガマズミ
「連れてかれるってことですか!? 彼岸に? 嫌ですよ!? 私はまだ死にたくないです!!」
私は叫ぶ。霧島君は腕を掲げたままこちらを見ている。手をパタパタを横に振りながら店長が弁明を開始した。
「いやいや、誤解ですよ。神凪さんが彼岸に行ってみたいなー、生きてる状態で行きたいなー、とわがままを言うもんですから、ダメ元で上に許可とってみたんです。そしたら『仕事で使えるならいいよ!』と返事が来ました! この僕を崇めたまえ敬いたまえ神凪さん!!」
「店長様ー!!! ありがとうー!!」
店長と霧島君がハイタッチする。この一週間ちょっとでとても仲良くなったらしい。というか店長のいう〝上〟が軽すぎる気がする。いいのか本当に。曲がりなりにも異世界人だぞ。
「おっけーですね? 大丈夫大丈夫。死なせはしませんから。じゃあいきましょー」
「お店お休みしていいんですか? 店長さんがいないのは珍しくないけど、誰もいないのは大丈夫です? 俺と宮城さんで行ってきますよ。店長はとお留守番ということで……」
霧島君が天然なのかふざけてるのかよく分からない気遣いみたいなおねだりをする。待て待ておいおいおいおい。店長がいつも通り霧島君に翻弄されて慌て始めた。
「なんで僕を仲間はずれにするんですか! というか保護者がいないと駄目でしょ!? 許可とったの僕だし、あなた達だけだと迷うし!! それとその店を空けることについての心配ですが」
店長は右手でグッドサインをつくる。おまけにウィンクも見せてくれた。店長のようなイケメンがすると様になるのが非常に悔しい。
「彼岸では働けば扉の先に行くのを延期できます。でも、実は所属してるだけであんまり働かなくても延期できるんですよ」
店長はグッドサインを解いて三本指を立てた。指折り指折り説明してくれる。
「大抵の人は、どうせ働いても楽な仕事ばかりだし、孤独になりたくないし、良い来世を過ごしたいし、という理由で真面目に仕事をこなしますけどねー。海外は知りませんが、この辺の人達はだいたいそうです」
「じゃあ、ただ扉の先に行くのが怖いから何もせずそのまま過ごすって人もいるってことですか?」
霧島君が律儀に手を挙げる。授業でよく見る光景だ。店長は少し悩む素振りを見せた後に答えた。
「うーん……。彼岸の人達は、何故か扉をくぐるのが怖くないし、なんならさっさといきたいんですよ。多分これは本能みたいな、いじれないものなんですよね。彼岸が人で溢れたら大変なことになりますし。だから彼岸に残ってる人は全員残らなきゃ行けない何かしらの未練がある人たちですよ」
店長から彼岸の情報を聞く度にファンタジーだなぁと感じる。恐らく隣の霧島君と同じこと思ってる。
「僕はあまり見た事ありませんが、所属だけして、ずっと未練の部屋に閉じこもるって人もいるそうですよ。なにしてるんでしょうね」
未練の部屋に閉じこもる……。一人で孤独になりながらも晴らしたい未練ってなんだろう。単なる人嫌いだけど、待ちたい人でもいるのかな? でも人はどこかに所属していたい欲求があるとかなんとかを聞いたことがある気がする。彼岸に会わなくても人と繋がれるツールってあるのかな?SNSみたいな。
多分霧島君も私と同じことか、私以上に何かを考えているんだろう。何となく霧島君の背景に数式とかなんか頭の良さそうな記号が見える。黙々と何かを考え込んでいるのを見るに、思考の海に沈んでいるんだろう。
店長がそんな霧島君を無理やり引き上げるように柏手をひとつ打った。
「じゃあとりあえず行きましょうか! あっ、そうだそうだ。普通彼岸に此岸の人がいるわけないんで、これつけといてください」
店長はエプロンのポケットから鈴が沢山取り付けられた髪飾りやブレスレットなどのアクセサリーを取りだした。時たま店長からコロコロ音がしたのはこれが入っていたからか。
「ほら、桜さん雇う時、上からドアノブとエプロン貰ったでしょ? あんな感じに、この鈴飾りを受け取ったんですよ。此岸の人である目印の役割と、彼岸からの影響を受けないお守りだそうです。あっちにいる間は外さないでください。はい、いろいろ種類あるので選んでー」
店長の大きな手のひらに乗せられた金色の玉達には、赤と白で編まれた紐が通っている。なんか神社で賽銭を入れて鳴らす本ツボ鈴みたいでちょっとおかしい。私は鈴の髪飾りを、霧島君は大きめの鈴が一つついているチョーカーをちょっと緩めにしたようなネックレスを手に取った。
シャラシャラ鳴らしながら束ねている髪に鈴飾りを通していく。霧島君は慣れないながらも手を首の後ろに回して頑張っている。
「これ、もし間違えて取っちゃったらどうなるんですか?」
ふと、霧島君が店長に尋ねた。ギクリと店長が動くのが見えた気がした。まさか、いやまさかとは思うけど
「訊いてなかったりします……?」
「訊いたんですけど、担当してくれた人も分からないみたいで……。ただ! 並大抵の力では外せないようになってるらしいし、僕が個人的に調整したので安心してください! ね!? 大丈夫ですから!!」
「ええ……」
そういう所はちゃんとしていようよ……上……。過去にそういった事例が無かったのかもしれないと考えると……。いややっぱりそこはきちんと把握していて欲しいものだ。あと大丈夫ですと言われても、彼岸の影響受けないお守りと聞いたからには安心できない。ここはお留守番するのが吉かもしれない、が
「まぁ店長さんが言うんなら大丈夫ですよね」
鈴を装着した霧島君は行く気満々である。なんかネックレスが首輪みたいで面白い。口には出さないけど。
「宮城さんは? いける?」
ちょっとだけ、ちょっとだけならいいかな……? 忘れ物屋の外見も気になるし、彼岸の世界がどんな感じかも気になるし……。よし。
私は覚悟を決めて、髪飾りを強めにきつく締めた。
「行きましょう。でもちょっとだけですからね」
「よぉーし! じゃあ今日は適当にブラブラしましょうか。いろいろ気になることあったら訊いてください。あっ! はぐれないでくださいね!」
店長は意気揚々と勢いよく左側の扉を開いた。
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