第三章 ガマズミ
第34話 ガマズミ
あの怒涛の応援指導が終わってから2週間とちょっと。5月に入って、私たちはようやく新たな学園生活をスタートさせた。本当にここまで波乱万丈だった。
そして、忘れ物屋さんにはもう既に沢山お世話になった。そしてちょくちょく勤務しては店番を任されている。店長がいない間の場繋ぎとか場繋ぎとか棚の掃除とか……。ほぼ雑用係かもしれない。
「なぁ我が友よ。私すごいことに気づいてしまったんだよ」
今日も今日とて椿と下校する。得意げに鼻を鳴らす椿は今日も今日とて可愛い。
「どうしたの椿。なんか椿ってたまにすごいことに気がつくよね。自称、すごいことだけど。つい最近気づいたことは、ピーラーの横にある輪っかは、じゃがいもの芽をとるためにあるってことだっけか?」
「まぁまぁ、それはいいとしてさ、聞きたまえよ。今回のはちょっとすごいんだから。私が気づいたこと……、それは!」
「それは?」
「この世に生きる人達はきっとみんな心の中で 誰かに好きって言われたがってる、ってことだよ!!」
腰に手を当て胸を張る。漫画だったら、ただーん! という効果音とともに、背景に猛々しい波が起こるという演出が入りそうだ。しかし言っている内容にはなんの迫力もない。椿には突拍子もない可愛いことを思いつける才能がある。たぶん。
「えー? ほんとに? 例外もいるかもしれないじゃん」
「だって桜、心の底からあなたが好きです!! って言われたら嬉しくない?」
「嬉しいけど、全く知らない人から言われたら、まずあなた誰? ってなるよ。恐怖感じちゃう」
「そうだね、その『誰か』は誰でもいい訳じゃないんだよ。人によって違うんだよ。でも誰かには好きって言われたいんだよ。ということで桜! 大好きだよ〜!」
椿が抱きついてきた。本当にこいつかわいい……。
「私も大好きだよ。もしかして椿、私に大好きって伝えるためだけに、この話をしたりした?」
「うるせぇやい! あ、おうちついちゃった。今度! 葵ちゃんと桂花ちゃんと私たちで遊ぶ計画練っとくの忘れないでよ! 忘れないだろうけど!」
じゃあね! と椿は手を振りながら逃げるように家に入っていった。
誰かに好きって言われたがってる、かぁ。確かに、私は椿に言われて嬉しかったな。好きと言われると承認欲求が満たされるんだったか。それなら人間の本能的に、椿の言うことは的をいてるのかもしれない。なんでそんなことを突然気づいたのか知らないけど。
さぁ、余韻も程々にして忘れ物屋さんにいこう。今日こそ店番以外の仕事をやらせてもらいたい。カウンターで勉強や読書はもう飽きた。店長が分かりやすく教えてくれるおかげで、かなりの量の課題は楽々とこなせているけれど、やっぱり何か特別な店にいるのだから特別な仕事がしたい。
鞄を置いて忘れ物を探す。忘れ物を探すって、かなりおかしいけど。私にとってはもはや日常の一部だ。そしてやはりいつもの如く、ペンケースがどこにもない。気配を感じたのでその方向を向くと、なんだかもうお馴染みの丸いドアノブをつけたステンドグラスの扉が、側のブロック塀に出現した。さぁさぁ入ろう。鞄を持ち上げて扉を引いた。
そういえば、この扉って周りから見たらどうなっているんだろう。二十二世紀のピンクの扉はくぐったと同時にキラキラと消えていたような。この扉もそうだったりするのかな? 今度、人々から見た扉の様子を霧島君と検証してみよう。
「店長。こんにち……あれいない?」
「やぁ! 俺はいるよ!」
霧島君がカウンターの下からにゅんっと顔を出してにぱにぱしている。何をしてるの……?
「店長さんならいないよ。来た時からいなかった。俺は宮城さん驚かせたいなぁと思って隠れようとしたんだけど、ちょっと遅かったな。宮城さんが来るのが早かった。次はもう少しカウンター下を片付けて隠れられるように改造しよう」
「本当に何をしてるの?」
カウンターからもぞもぞ出てきた霧島君は、茶色いエプロンが板についている。なんかカフェにいそうな爽やか店員だ。
「そういえば、店長が最初からいないのって初めてだよ。来た途端に店番を任されたことは何回かあるけど」
「そうだったね。俺が初めてここに来た時も、宮城さんが一人でいたもんね。あれはびっくりしたなぁ。店長、俺らに店番も任せられないぐらいの急用でもあったのかな?」
私と霧島君は腕を組んで首を傾げていると、ガランッと音を立てながら左側の扉が開いた。いつもより鈴の音の勢いがある。
扉を開けたのは店長だった。何やら嬉しそうにニヤニヤしている。サプライズの仕掛け人のような表情だ。
「ちょっと店長! 私たちにあれほど勢いよく扉を開けるなっていうのに」
「みなさん、朗報です! あなた達を彼岸に連れて行っても大丈夫のサインがでました!!」
「よっしゃあああ!!!」
店長の言葉に、霧島君が拳を天井に突き上げ歓声をあげた。
……彼岸? 彼岸!?
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