第36話 ガマズミ
ついに足を踏み入れた異世界──彼岸には青空が無かった。代わりに、黒い何かが天井を覆っているように見える。なのに明るい。夜中の電気がついた体育館の中みたいなぼんやりとした明るさだった。地面はコンクリートのようなプラスチックのようなガラスのような、とにかく材質がわからないけど黒くてテカテカしている。
此岸と反転しているようなしていないような。花畑が広がっているとは思ってなかったけど、なんだかなぁ……。
「どうです? 初異世界! ……あれ? 思ったよりも驚いてないようですね?」
「や、驚いてるっちゃ驚いてますけど、うーん。思ってたのと違うと言いますか……」
「なんか地味だよね」
きっぱりすっぱり霧島君が言い切った。そうそう、それが言いたかったんだよ。まぁ、ここはまだ扉の先に行く前の場所らしいし、私たちが思い描く天国はその扉の向こうにあるのかも? いや案外扉の向こうもこんな感じだったりして……。
「地味とは失礼な、と言いたいところですが、此岸とあんまり変わんないですもんね。そりゃそうだ。まぁそれはもういいとして、ほら! いつだか桜さんに言いましたよね? うちの店の外見はとてもおしゃれだと!」
店長が手をハタハタと振ってキラキラを再現しながら我らが勤務先、忘れ物屋を見せびらかしてきた。
私たちのお店は、大人の隠れ家的な喫茶店と、童話の可愛い小屋が融合したような素敵な小屋だった。隣の霧島君は感嘆の声をあげている。
「素敵な店だなぁ! 店長さんの好みですか?」
「そうです! ここに行けって言われた時は嬉しかったですよ〜」
店長は腰に手を当てて胸を張った。この店で働いているという事実にちょっと胸が踊る。店長、いい趣味をしていらっしゃる。
ふと、いつもの扉に付いている物が目に映った。
「店長、この看板って……」
丸いドアノブにかけられた看板には『忘れ事屋始めました』と書かれてある。
「そうそう。つけてみちゃいました。忘れてしまった此岸で好きだった音楽や詩、または伝言などを調べて欲しい方へ向けてですね。じゃ、よろしくお願いします」
店長は会釈程度の頭を下げた。結構大変そうだけどまぁ割と楽しいし、いいかな……。いいのかな……。
「可能な限り頑張ります。可能な限り」
「任せてください!!」
自信がなくて二回も『可能な限り』と言った私と対照的に、霧島君が元気に返事をした。不安とかないのだろうか。ちょっとその度胸を分けて欲しい。
「じゃあ散歩いきましょー。鈴つけてありますよね? はい出発〜」
店長が拳を突き上げ、歩き始めた。さて、もうひとつの世界。恐怖と同時に未知への好奇心が疼いてしまう。霧島君は私以上にわくわくしているようだ。だって犬のような茶色のしっぽがブンブン振られてるのが見えるし。
彼岸の世界は空と地面を除いては割と此岸と同じだった。道があって、家がある。だけれども明確に違うと感じるのはその家々のせいだろう。みんな同じ形をしてる。色は違うのに、みんな昔クレヨンで自由帳に描いたような形をしている。四角の積み木に三角の積み木を乗せたような、そんな。
「店長、この家たちって……」
「これらが未練の部屋です。外見はみんな同じなので、不気味ですよねー。見た目は大きめの小屋って感じなんですけど、中身である部屋は個性溢れているので、未練の部屋って呼ばれています」
「じゃあ、忘れ物屋って、店長の未練の部屋ってどうなってるんですか? 中身にも外見にも個性があると思うんですけど」
「彼岸にある店は、普通の未練の部屋と区別がつきやすいように外見に個性があるんですよね。だからまばらにある特殊な形をしたのは全部何かしらの店です」
「じゃあ、店長さん店長さん! あれ何屋!?」
霧島君はおもちゃ売り場に来た子供のような目をして異世界の仕組みを訊いている。やっぱり霧島君って鋼を超えたダイヤモンドぐらい強い心臓をしてるんじゃないかな。
通行人は、此岸のそこそこの都会と同じようにまばらだけどいない訳じゃない。ただ通常の此岸とは明らかに違う点があった。
「おじいちゃんおばあちゃんがかなり多いですね」
「おっ、桜さん気が付きましたか。まぁそりゃあ、お年寄りの方の方が彼岸に来るのが早いですからね。特に日本は少子高齢化社会ですし。阿部さんも壇さんも、お年を召していたでしょう? 若い方がいたら、まぁ何かしらの事情があります」
と、若く見える店長は手をぶらぶらさせながら解説してくれた。このほんわかぱっぱしてる店長にも、何かしらの事情があるのだろうか。若い人の死亡理由といえば……病気は第三位ぐらいだったな。第一位と第二位が自殺か不慮の事故だった。なるほど、確かに事情を抱えてそうな人は多そうだ。
そういえば、あいつは扉をくぐったのかな。どうなんだろう。探してみてもいいかなぁ。
「ねぇねぇ店長さん、死因とか訊くのってあんまりよくないですか?」
「よくないですー。特に彼岸に来たばかりで精神的に参ってる人には絶対訊いちゃダメですよ」
店長は腕でばってんをつくった。霧島君はまぁそうだよねと頷く。私が悶々としている間に、霧島君はより多くの彼岸の知識を吸収していた。ずっと知りたがってたもんね。
「あれ、あそこにいるの、結構若い人ですかね?」
ふいに、霧島君が声を上げた。ちょっと先に行ったところに、ピンクの服を着たお姉さんがいる。彼女は、泣いているようだった。
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