第37話 ガマズミ

「店長、あの人泣いて……」


「あー……、気にしないであげてください。恐らく、彼岸に来たばかりなんですよ」


 店長は気まずそうに呟いて、くるりと私たちの背中を押しつつ方向転換した。彼岸に来たばかり、ということは亡くなったばかりということだ。自分がもう生きていないという現実を受け入れられなくて、苦しんでいるのかな。


 まぁ、そうだよねぇ……と忘れ物屋に来て何回思ったかわからない。私だって、いきなりこんな空がなくて大切な人に会えなくなる世界に来たらどんなパニックに陥るかわからない。


「彼岸に来たばかりの大抵の人は、落ち着くためにかなり時間を要します。大往生を遂げた方々や覚悟が決まっていた方々は落ち着いている方が多いですけれどね。しかし、若い人となると……。僕も結構かかった気がするなぁ」


 店長はボヤいた。こんなに呑気な店長にもそんな時期があったのかぁ。店長は事故か急な病気とかでこっちに来たのかな。今更だけど、隣を歩くこの人がもう生きていないなんて信じられない。信じたくないのかもしれない。


「来たばかりの人を落ち着かせるためのお仕事とかもありますよ。僕は利用しなかったので、詳しくは知りませんけどね」


 店長はふわふわと案内を続ける。彼岸の町は、空と家を除けばそこまで此岸と変わらなかった。


「いつかあなた達におつかいを頼みますから、この町並みをなんとなくでいいですから覚えといてくださいね。桜さんはガッツリ記憶しといてください」


「おつかい!? やったー! 探索できるじゃん!」


「そんな喜ぶ? 怖かったりしないの? 君はさぁ」


「こんな楽しそうなことないじゃん! 異世界だよ!? 未知の世界だよ!?」


 霧島君は遊園地に行くことが決まった子供のようにはしゃぐ。若干引いてしまった。好奇心は猫を殺すって言うけれど、霧島君は猫の前に自分を犠牲にしそうで心配になるなぁ。


 しばらくスタスタ歩いてみて、店長は霧島くんのマシンガン質問に珍しくきちんと回答していた。そろそろ質問の数が3桁いくんじゃないかと思った時、店長は突然パンっと手を鳴らした。


「まぁとりあえずこんなもんですかね。さっ、店に戻りましょう。説明するのめんどくさくなってきました」


 やっぱりいつもの店長だった。でも、気になることあったら訊けって言っての店長なんだよなぁ……。霧島くんの好奇心を甘く見ていたんだな。


 とりあえず私たちは店へ歩き始めた。なんか後ろから気配を感じた気がして振り返ったけれど、誰もいなかった、はず。








「めちゃくちゃ楽しかったです! また行きたい! おつかい行きたい! 行かせてください!」


 霧島君は、子供のように店の中で駄々をこね始めた。店長は相変わらずジャンルは分からないけれど漫画を読んでいる。


「だめでーす。何が起こるか分からないので、僕の許可なし指示なしでは絶対に行かないでくださーい。鈴は……、回収した方が神凪さんの好奇心の抑止力になりますよね。はい、回収回収」


「嫌です!! 俺は! 俺は屈しない!!」 


「ダメでーす。店長命令でーす。没収没収」


 鈴の髪飾りを大人しく店長の手のひらに載せつつ、きゃんきゃん喚きながら鈴のついた首輪……じゃないじゃない、赤と白の緩いチョーカーを渋々取り外す霧島君を暖かい目で見守っていた。もうダメだ。柴犬にしか見えなくなってきた。


 ふいに、聞き慣れたカランッという綺麗な音が響いた。


 私たちはいつも通り、声を揃えて挨拶をする。


「いらっしゃいませ、お客様。あなたは何をお忘れですか?」


 よし、タイミング完璧だ。ここ最近は、ピッタリ息を合わせて礼をすることができるようになった。団結力上がったなぁ。


 顔を上げると、ピンクに染まった生地の上に黒のリボンやハートが大量についた服を着た女性がいた。ツインテールの髪型が楽しそうに揺れている。


「忘れ物屋と忘れ事屋ってここ? だよね?」


「そうですよ。何かお探しの物はありますか?」


 扉を開く音が聞こえた瞬間に漫画をしまった店長は訊く。早く漫画の続きを読みたいのか、少し急かしているような質問の仕方だ。


 女性はかなり落ち着いていて、彼岸に来たばかりで取り乱しているようには見えない。でも、私の記憶は告げている、さっき泣いていた女性はこの人だ。目元に赤い泣いた痕があるし。


「あるある〜。んーっ、でも忘れちゃったぁ」


「へ?」


 女性はへらりと笑った。店長の貼り付けた笑みがちょっとめくれている。


 そういえば店長と初対面の時、


『何を忘れたのかを忘れちゃったんですか?困るなぁ』


って言われたなぁ。今となってはとても懐かしい。でもこんな間の抜けた「へ?」は出ていなかった気がする。もっとくすくす笑って小さな可愛いお客様って言われて……。ん? 小さな? ダメだな思い出したら腹が立ってきた。やめようやめよう。今は接客に集中だ。


 女性はうるうるとしている唇に指を当ててなにやら考えている。と思ったら頭上の電球が光った。


「じゃあさ! 思い出すから、それまでそこのおねーさんとお話させてよ! おしゃべり!」


 彼女が指さすのは、私。私の後ろに人はいない。というかおねーさんは私しかいない。


 私!?!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る