第38話 ガマズミ

「今暇でさぁ……。おしゃべり相手欲しかったんだよね! ここじゃなかなかいないじゃん! おじいちゃんおばあちゃんとお話するのも飽きちゃったんだよね」


 女性は饒舌に話す。楽しそうにつらつらと。


 ……え、どうすればいいのこれ。私って人と喋るの苦手なんだよな……椿さえいれば。


 店長に助けての視線を送る。店長も動揺していて、あわあわと漫画みたいに汗が飛んでいるのが見える。頼りにならないことはわかった。


「そこのおにーさんも混ざる? おしゃべりしよ」


「おしゃべりって、何について話すんですか?」


 霧島君ナイス! と言いたいとこだけど、女性が言うおしゃべりって、多分何についてとか何も無い雑談のことだ。なんか対応冷たいな。


 女性の機嫌が悪くなるんじゃないかと一瞬心配したけれど、予想外にも女性はプッと吹き出して笑った。


「あははっ! ウケる! 何についてとか何もないよー! ただなんか寂しいから喋ろってだけ!いいよね? いいよね?」


「申し訳ありません、お客様。当店はそのようなサービスは承っておりません」


 店長は深々と頭を下げる。女性は小さく舌打ちをした。こわぁい。でも応援団よりましか。いや比べる対象が違うだろ。いけない、うちの学校に毒されてる。


「てゆーかさぁ、別にいいじゃん。ここじゃあ働いても働かなくてもいいんだし。おねーさん、休憩ってことで喋ろうよ。うちの未練晴らしてよ」


 未練晴らしてよっていう言葉には弱いなぁ。


店長は黙々と悩んでいる。そして 


「店の中でならいいですよ。店の中だけならね」


と仕方なしに了承した。会話相手である私の意見は聞いてくれないらしい。


「やったー! うちの名前、釜田爽世かまたさよ! おねーさんとおにーさんたちの名前はー? 」


「宮城桜……です」 


「霧島神凪!」


「店長です」


「店長です!?」


 思わず声が出てしまった。さすがに役職名をそのまま言われるとは……。名前は!?


「おっけーよろしく〜。そこ、座るね〜」


 釜田さんはカウンター前の椅子に許可なく座った。


「美男美女揃ってるじゃん。ホスクラみたい。みんな、いつこっち来たの? うちは〜覚えてない!」


 覚えてない? 忘れるくらい長くいるってこと?それとも言いたくないだけ……? さっき泣いてたのにも関係しているかも。


「申し訳ありません、あまりそういう話題をされたくない子たちで……」


 店長が庇ってくれる。様子を見るに、此岸の人だと知られるのは面倒みたいだ。女性は一瞬にわかにむっと不機嫌にになった気がするけど、一瞬でぱっと戻った。


「そーなんだ。ていうかいいなあ〜、なんかここオシャレだね。うちもここで働きたぁ〜い」


 釜田さんは椅子をガタガタ揺らしながら言った。困ったな……。こういう時ってどう対処すればいいんだろう。これ以上従業員が増えるってどうなんだ?


 その時、またカランッと音が鳴った。左側からだ。助かった。


「いらっしゃいませ、お客様。あなたは何をお忘れですか?」


 また声を揃えて挨拶する。顔を上げると、一人のおばあさんが立っていた。


 おばあさんは釜田さんを見た途端、顔を顰めた。釜田さんも釜田さんで、さっきよりも大きく響かせるように舌打ちをして顔を背けている。


 なんか因縁でもあるのだろうか。


「大変失礼ですが、釜田さん。接客の妨げになる恐れがあるので、お外に出ていただけますか?無論、うちの従業員も行かせますから。ね? 桜さん」


 店長がにっこりと笑顔で言う。私!? え!? 行かせられるの!?


瞬時に釜田さんはまたまた笑顔になって椅子から降り、


「いいの〜!? やったね。じゃあ、先に外出とくから来てね〜」


と言って小走りで出ていった。


 店長が鈴の髪飾りを私につけながら耳打ちする。


「すみませんね桜さん。十八時になったら仕事があると言って帰ってきてください。できる限り此岸の人だとバレないように。バレると騒がれたりと面倒そうなので」


 ポンと背中を押された。髪を束ねる鈴がちりりと鳴る。十八時になるまで三十分もない。まぁ、それぐらいなら大丈夫かな。心配そうな視線を向けてくれる霧島君を置いて、彼岸への扉を開ける。釜田さんは扉のすぐ横で待っていた。


「きたきた〜! 同世代でちゃんと話せそうな人いなくてさ〜! わかるでしょ? いたとしても泣いてるやつばっかだし」


「いえ、実は私もこっちに来たばかりなので……」


「え!? 嘘だ! すごい落ち着いてんね」


「最初は取り乱しましたけどね」


 混乱したのは本当だ。でも私は正式に彼岸に来たわけじゃない。きっと彼岸に来たばかり人達は現実を受け入れられなくて落ち着かないんだろうな。


 ちらっと椿から貰った時計を見ながら店長に言われたことを伝える。


「あの、私十八時に仕事があるので帰りますね」


「え!? 何それ! 忘れ物屋ってブラックなんだね。割と暇そーだったけど、まぁいっか」


 釜田さんはヘラヘラと笑って私の手を取り駆け出した。


「あの広場で話そう!」 


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