第39話 ガマズミ

 到着したのはどこにでもある普通の広場だった。人はまばらで、平日の昼間の公園といった感じ。木製のベンチに2人揃って腰を下ろした。


 さてどうする。本当にどうする。ほぼ初対面の人と2人きりなんて無理ですよ……。こういう時、椿なら一瞬で仲良くなるんだろうなぁ。助けて椿。お願い椿。



「ね、桜ちゃんのこっち来た理由とかさ、きいていい? 桜ちゃん聞いてる?」 


 脳内で椿に懇願していたら、釜田さんが静寂を破ってくれた。ありがたい。


「あ、ごめんなさい! 考え事してて……。えと、こっち来た理由ですよね?えと、偶然……ですかね?」


「敬語やめろし。偶然って、それを言ったらみんな偶然じゃーん。事故とかぁ?でも、それで落ち着いてんのすごいね」


 嘘はついてないけど、罪悪感が……。でも少し限りの付き合いだろうし、未練さえ思い出してもらえたらいっか。


「釜田さんの未練って思い出せない?」


「爽世でいいよー。んー、そうだな。友達とおしゃべりとか?」


 ふわふわしてるなぁ……。此岸では友達いなかったのかな。いや、本当の未練を言いたくないのかな。


 ふと、爽世ちゃんは腕が目に映る。そこには無数の切り傷の跡。横にズタズタと痛々しく刻まれているそれを、見せびらかすように出していた。


「爽世ちゃん!? これ……」


「あっ、気づいちゃった? へへ、たまにやっちゃったんだよね」


 へらりと笑う。中学校の頃の同じクラスに、似たような傷がある子がいた。私はそもそも関わりがなかったから何も言わなかった。でも知識ならある。自傷行為の一つのリストカットと呼ばれるものだ。こういう時、どういう対応すればいいんだ?


「夏ってね、すごい病むの〜。アームカバーとかで隠すんだけどね。冬大好き!」


 本当にどういう反応をしていいのかわからない。いつもは見かけたら触れないけど、きっと今回のは故意だ。見せてきたんだ。どうしよう。


「痛い、の?」


「やってる最中は痛くないんだ〜。脳内快楽物質ドバドバ〜って感じ! 生きてる〜! って!」


 本人は楽しそうに話す。なんて言えばいいの。私、何もできない。


「あっ、ごめんね気にしないで!」


 そんなこと言われてもなぁ……。でもあんまり深堀るのも良くないだろうし、どうしよう。椿ならなんて言うかな。


「……大丈夫だよ。何かして欲しいことがあったら言ってね。できる限りなら協力するから」


 だめだわからない。もういいや訊いちゃえ。私は椿みたいに言って欲しいことが言える人間じゃない。そうだ。椿を忘れ物屋さんにつれて来ようかな。いやいやでもでも……。


 ごちゃごちゃ悩みつつ爽世ちゃんの表情を伺う。なぜかは分からないけど、雰囲気がパァっと明るくなったような気がした。……正解した?


「言う言う! して欲しいことかー。ひたすらおしゃべりして欲しいかな! 構って!」


「まぁ……できる範囲で、いいなら……。私は偶にしか忘れ物屋にいないから、時間があればでお願いします」


「えー!? なんか店員と客みたいでやだなぁ。友達になってよ! そしたら忘れ物屋にいない間も遊べるよね!?」


 ……困ったな……。だって店員と客ですし! って言ったらなんか怒られそうでやだし……。まじで椿連れてきたいな。この際霧島君でもいい。


「ごめん、私忘れ物屋の仕事好きだし、いない間は別のことやってるからさ。爽世ちゃんは働かないの?」


「働かないよー! めんどくさいし! 所属はしてる! てかさー」 


 すっ、と爽世さんの表情がにわかに曇った。どうして……?


「言ってんじゃん。友達として接してよ。未練は友達と話すことって言ってんじゃん。なんなの?つか、仕事より友達優先しないとかなに?うちの話を聞くことが仕事なんでしょ?未練晴らす店の店員なんでしょ? 晴らしてよ」


 すごい剣幕でまくし立ててくる。主張が支離滅裂だ。というか仕事と私、どっちが大事なの?みたいな発言する人本当にいるんだ……。


「あの、ごめんなさ」


「いいよもう。ばいばーい」


 乱暴に立ち上がって去ってしまった。なんかモヤモヤするな……。私はどうすればよかったの……? あんなに天真爛漫に喋っていたのにな。


 悶々と考えても仕方ない。とりあえず店に戻ろう。急に静かになった公園に、紙紐の鈴がちりりと響いた。なんだかそれが寂しい。


 せっかく友達になったのに、私の対応が間違っていたのかもしれない。次に会えたら謝った方がいいのかな。


 爽世と共に走った道を戻る。帰る間はずっと脳裏に彼女の明るい笑顔があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る