第14話 風信子

 店長はカウンターの引き出しから2つの木でできた人形を取り出した。


「阿部風子さんの命日は去年の4月4日です。この一週間後である4月11日は、阿部青斗さんの誕生日であり、結婚記念日なんだそうです」


「そんな大切な日のたった一週間前に……」


「ですよね。それで、阿部風子さんは阿部真司さんを待つために働いているって感じなんですけど、まぁ未練とはちょっと違うお悩みを抱えてて……」


 店長は花束を模したのであろう木の模型を取り出した。なんでも出てくるな……。


「阿部風子さんはですね、阿部真司さんからのプロポーズの言葉が思い出せないそうなんです」


「え!? プロポーズの言葉を?」


「プロポーズの言葉をです。でもよくある事なんですよ。忘れないだろって思うものを忘れて彼岸に来るのは。死って人生の一大イベントかつ最後のイベントじゃないですか。そんな大きな壁乗り越えたら少しぐらいはおっことしちゃいますよ。そんな感じです。たぶん。阿部風子さんはプロポーズの言葉を忘れたまま旦那に会いたくないって言ってましたよ。確かに、プロポーズの言葉を忘れた、なんて言われたら悲しいですよね。不誠実だって言ってました」


 すごいふわふわしてるけど、そんな話があるのか……。走馬灯とかで全部使っちゃうのかな、記憶。


「それで、桜さんに阿部真司さんからプロポーズの言葉を聞いてくるのはさすがに荷が重いだろうなぁと思って、せめて青色の風信子でも阿部風子さんにあげて欲しいなぁって。ほら、明日って4月11日でしょう?」


「おー、ほんとだー」


 待てよ、店長は青色の風信子を墓前に供えろって言ってたぞ……?


「墓前に供えるとその人に届くんですか?」


 この質問に店長は指をパチンッと鳴らしてウィンクした。イケメンじゃないと成り立たない行為だ。


「さすがです! 大正解! さっき、全て彼岸で働く仕事があるって言いましたよね。それの一つに配達業があります。主に、お墓に備えてある食べ物やお供え物をその人自身に届けるサービスです。」


「彼岸でも食べ物を食べられるんですか!?」


「食べられますよ。ちなみにですね、墓前に供えた物だけではなく、配達される物はその供えた人が故人に届きますようにって願ったものなんです。昨今? の常識では墓前に供えた物はすぐに食べるそうですが、届きますようにって願った時点でそのお菓子はこちらに届くので、墓前で食べる行為はおやつを故人と一緒に食べてるみたいなもんですね」


「てことは供えれば供える程いいってことですね。扉の奥に行った人たちに届く物はどうなるのでしょうか?」


 店長はまたしてもどこから取り出したのか、たぶん「いちごのうまみ!」と書いてある菓子パンを手に取る。


「これもまた企業で働いている人達が欲しい人に配ったりしてます。野菜とかがあるのなら、生前に料理人だった人が調理してくれたりするんですよ。調理工程見たことないですけど。このジャムパンも僕に供えられた物ではなく、貰ってきたやつです。ちなみにこれらの情報はすべて受け売りで、知り合いの配達業の方に教えてもらいました」 


 店長はバリッと菓子パンを開けて食べ始めた。いいな、お昼ご飯まだ食べてない……。お弁当作ってもらえば良かった。でも彼岸のもの食べるとなんか黄泉の国から帰れなくなったイザナミみたいになりそうだし……。ていうか貰う訳にはいかないし……。


 ダメだ。お腹空いた。早く阿部真司さんのところ行こう。


「じゃあ私、阿部真司さんのところにお見舞いに行ってきます。早急にプロポーズについて聞かないと」


「おっ、仕事熱心ですね。とてもいいことです。あっそうだ。エプロンを渡した時に言ったじゃないですか。便利な道具貰ったって」


 店長は食べかけの菓子パンをカウンターに置いてまたガサゴソとカウンターの下で何かを漁り始めた。


「これですこれです。ほら見て見て」


 店長はドアノブの形状をした金属をゴトッと音を立てながら置いた。ちなみにそれは本当にドアノブだった。私が昨日と今日で何回も捻った物だ。


「これすごいんですよ。どこでもドアノブです。ちょっと失礼しますね」


 店長はカウンターから出て私の足元にしゃがむ。床にドアノブをくっつけた。


「……え!? どうなってるんですか!?」


「僕もわかんないですよ。すごいでしょこれ」


 床だった部分がみるみるうちに扉に変わった。

あのステンドグラスがはめ込んである扉だ。


 今気づいたけど、扉の一番上に『忘れ物屋』という看板がある。気が付かなかった。ステンドグラスしか見てなかった。


「これ此岸でも使えるらしくて、これを持ってる人は何時でも何処でもこの店に入れるっぽいんですよ。この店を忘れることなく。都合がいいですけど、まぁ彼岸の世界なんてもんがあるんだから今更驚きませんよね」


「驚いてますけど!?」


 店長はケラケラと笑う。でもまぁ確かにそうかもしれない。ちょっと麻痺してる自覚はある。


「そろそろ僕に『驚かないんですか?』とか『案外驚かないんですねぇ!』とか言わせてくださいよ。そして桜さんは『また何かやっちゃいました?』ってやってくださいよ」


「ラノベはやめてください! あれはフィクション! 現実はこっちです! いや、こっちもフィクションみたいな世界ですけど!」


 店長といるとツッコミが足りない。この人今までツッコミ無しでどうやって生活してきたの?


「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。体感一時間ぐらい経ちましたかね?今何時ですか?」


 腕時計をちらっと見ると、十三時ぐらいだった。本当にちょうど一時間経ったところだ。


「午後一時半ですね」


「おや、ちょうどいい。その腕時計いいですね。シックな感じでおしゃれで。二十四時間時計なのも嬉しいですね」


「でしょ?親友から貰った物なんです。これだけは忘れないように肌身離さずつけてます。というかつけてなかったらすぐに探させられます」


「それはいい友人を持ちましたね。連れてきてくれてもいいんですよ?エプロンはまだいくつかありますからね」


「...検討しておきます。ツッコミが足りないので」


「あははっ、じゃあこのドアノブはいつか来る新たなる従業員の為に取っておきます。では、まぁ一応ね、あなたには必要ないですけど、エプロンをこの店に忘れて、行ってらっしゃい」


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