第22話 カンナ

「はい決定! じゃあこのエプロンとドアノブあげます。この店の中に自分の物を故意でも忘れていけば、この店のこと忘れないって上が言ってました! ドアノブは桜さん説明しといてください! さぁ帰った帰った! 暇な時はシフトということで来てくださ〜い!」


 故意に忘れ物って、忘れ物じゃなくない……?店長は手を叩いて私たちを急かす。確かにもういい時間だ。私と霧島君は追い出される形で店を出た。


 一緒に出たはずだ。なのに隣に霧島君はいない。と思ったら少し離れたところにいた。


 自分が入ってきた扉の位置から出るってこと?


 霧島君も同じことを考えているようで、頭の上に疑問符がついている。そんな霧島君が駆け寄ってきた。


「なんかめっちゃ不思議な店だね。どういうことなのこれ。あの店長さんは何者なの?」


「店長のことは、たぶん教えてもらおうとしてもひょいひょい避けられるよ。私も理解しきれてないんだ。霧島君が知らないことも知ってるけど、一気に教えたらパンクするから少しずつ教えるね」


「ありがとう。それでこれなに?」


 霧島君が持たされたドアノブを眺めた。


「あー、これね。ちょっと貸して」


 霧島君から受け取ったドアノブを適当な壁につける。するとみるみるステンドグラスが嵌め込まれた扉が現れた。霧島君は何も言わない。人は驚きすぎると言葉が出ないことを私は身をもって知っている。


 そして扉を開けて見せた。


「あっ! 桜さん忘れ物で」


 そして閉じる。店長が一瞬見えた気がしたけど気にしない。


「はい! ご覧の通りです。どこでもドアノブって店長は呼んでたよ」


「いや、本当に魔法なんだね……? えぇ……」


「魔法……ではないかな、恐らく。まぁいろいろ頑張ろうね」


 今の時刻は十七時半ぐらい。バスで帰れば夕ご飯時には余裕で間に合う。さぁ帰ろう。


「あ、俺バス停まで送っていくよ」


「うぇっ!? いいっていいって。まだ夕方だし……」


「でも女子じゃん! ごめん、気持ち悪かったりする……? 俺中学校時代本当に勉強と部活しかしてなくて、女子との関わりが一切なかったから距離感が……」


 あぁ、あの馴れ馴れしさのルーツはここにあったのか。別に気持ち悪いとは感じなかったけど。


「気持ち悪くないよ。紳士的だなぁとしか思わないし。じゃあ行こっか! 檀さんについても話し合おう?」


 霧島君の顔がパッと明るくなる。この人の笑顔はにぱにぱという表現がしっくりくるなぁ。


 そして私たちは歩き出す。


「あの壇さんの作詞した曲ってどうやって探す?ネットとかかな」


「うーん、にしても自分の家の中を探すとかできないのかな。宮城さんは、何か事情知ってる?」


「あー……知ってるけどこれも聞いたら失神しちゃうからまた今度ね」


 まじかよ...と霧島君の顔は固まる。まぁそうなるよねって今日何回思ったんだろう。四回かな?四回だな。


「明日も応援指導あるけど、霧島君は受けるの?」


「突然ストレスがバーンッてくるとやばいんだけど、くるとわかってたら割と耐えられるんだよね。受けられるなら受けようかな。それにしても今日は本当にごめんね」


「いやいや、いいよ謝らないでよ。そういえばハンカチのお礼言ってなかったね。ありがとう。気に入ったよ」


「良かった! あっ、バス停ってあれ? 案外近かったな」


 霧島君がベンチのついたバス停を指さす。そしてちょうどよく遠くからバスが来る音が聞こえた。


「そうそうあれあれ。タイミングちょうどいいな。じゃあ私帰るね」


「今日はいろいろとありがとう。気をつけて」


 霧島君は手を振った。なんかハンカチのお礼したかったな。……そうだ!


「この風信子あげる! いただき物だけど、お礼のお礼!」


「えっ、でも」


 霧島君はバスに乗り込む私を見届けてくれている。 



  ん……? 店長このこと言ってなくない? やばい!!


「霧島君!」


「え!? 何!?」


「今日のことは誰にも言っちゃダメだよ! 二人だけの秘密だからね!」


 ガタンッと音を立てて扉が閉まる。良かった言えた。店長、なんでこんな大事なことを言い忘れてるんだ。


 バスの中は帰宅途中の人がわんさかいると思いきや空いていて、オレンジ色の光だけが席に座っている。その光の上に座り、明日の単語テストに向けて英単語帳を取り出した。







「少女漫画の主人公が言ってたセリフまんまなんだけど……。2人だけの秘密って……、あれ絶対無意識だよな……、タチ悪いなぁ……。あぁあぁあー……」


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