第11話 風信子

 ずっと考えてたんなら最初から名乗りを上げろ!


「おお、威勢があっていいな。誰か、他にやりたいやつはいるか?」


 こんな空気の中で他の人から手が上がる訳はない。


「よし、じゃあ決まりだな。では、今年の学級委員は宮城さん、霧島だ! 拍手!!」


 私たちは教壇でとてもとてもあたたかい拍手を貰った。 


「宮城さん、司会と書記どっちがいい?」


「え……、と、司会あんまりやったことないから書記がいいな」


 霧島君はにぱにぱという表現がよく似合うような笑顔を見せる。すごく楽しそうだ。


「わかった。よし! じゃあ役員決めていきます! 一年間通しての仕事なので、よく考えて決めてくださーい。じゃあまず生徒会実行役員から」


 霧島君は慣れているのか、サクサクと進んでいく。私も仕事をせねば。


「進路説明会実行役員はやりたい人ー?」


「あっ、私やりたいです……。学籍番号は……」


「十四番だよね。あと二十四番かな?」


 人を番号で呼ぶのってすごく罪悪感ある…。


 しかし私たちは癪だけど案外いいコンビなのか、すぐに終わってしまった。



「おぉ……。うちの学級委員は優秀だな。時間ができてしまった。じゃあ忠告でもするか」


 藤先生は私たちを机に戻らせ、急に神妙な面持ちになる。忠告……?


「うちの学校は、とてもいい学校だ。校舎は新しく、授業の質だって評判がある。しかし!!! この学校には、とある組織がある……。今からの時間は、校歌と応援歌を覚える時間に使おう。さぁ、始めろ」


 藤先生は強面の顔を青くした。なんだなんだ。教室がざわついている。


「先生が言ってることって……、きっと応援団の事だよね?」


「覚えてきた? 私全然覚えてなくてさー」


「え!? それはちょっとやばいんじゃない?せめて校歌は覚えようよ!」


「だって全部合わせて六曲もあるんだよ?」


 こんな会話が隣から聞こえてきた。そこで私は昨日の青斗さんとの会話を思い出す。



『第一学園高等学校です』


『おお!良い学校ですね!OBではありませんが、僕は元々弓道部なので交流がありましたよ。あそこは校舎が綺麗なのと、応援団がとにかくすごいことが印象的ですね〜』



 あの場では流したけど、応援団がすごいことが印象的ですね……? どゆこと?


 とりあえず六曲全部聴いたけど、どれも伴奏がなくて太鼓の音がダンダンと鳴り響いていた。そして何を言っているのか分からない。本当にわからない。そして歌声が野太い。男子しか歌ってないのかってぐらい野太い。そして歌詞の漢字がいちいち難しい。なんなん?



「ねぇ〜、桜。なんか応援団怖いらしいんだけど。見てよこの学校レビュー、応援団は暴力団です。だってさ。流石に暴力はないだろうけど……。応援指導明日からだよね?」


 椿は不安そうな顔を見せながらインターネットの学校情報掲示板を差し出してきた。そこには恐怖の文章が羅列している。でも流石に今の時代にそんな古い文化ないでしょ。


「まぁ学校行事だし。大丈夫大丈夫。そんな心配することないし、大袈裟に書いてるだけだって」


「ん〜、それフラグってやつじゃない?まぁいっか。桜は部活どうするの?」


「入らなくていいかなって思ってた。部活しろ部活しろとか言うけど、ちょっぴりめんどくさいしさ」


「そうなの? やっぱり? 私もピアノもあるし、忙しそうだから部活はいいかなって思ってて」


「そうなの? 椿がいいならいいけど、部活見学とかは?」


「行きたいところがあったら行くよ。次の時間は生徒会入会式と部活紹介でしょ?」


 ちょうどよくチャイムが鳴る。主席番号一番の人が、初々しい挨拶をした。









 生徒会入会式、それは上級生と新入生の初対面の場所であり、学校のことをよく知る場である。


 そう、つまりあの校長先生の長話を再び聞くことになる。


 入場の際に先輩方の手元をチラッと見たら、その手には単語帳が握られていた。まぁそうなるよね。だって聞かなくていい話を延々と聞かされるんだもん。勉強した方が有意義だ。


 しかし、入学式での強制終了事件がトラウマになったのか、校長先生の話はやけに短くまとめられていた。2年生が不思議そうに顔を見合わせる様子が見える。


 ちなみに前で体育座りをする椿は寝ていた。


「校長先生、ありがとうございました。では次、生徒会長より、記念品贈呈」


 声のいい先輩が司会をしている。放送部らしい。


 すると生徒会長が何やら布を持っている。


 そして対面しているのは、霧島君だ。なんで彼なの?


「命よりも大切なハチマキです。本当に! 命よりも大切なハチマキなんです。3回言います。命よりも! 大事なハチマキです。必ず! 大切にしてください。失くすなよ!!」


 生徒会長はやけに念を押す。目がそこまで良くないので見えないが、どうやらそれはハチマキらしい。霧島君はそれを赤子に触れるように受け取った。



 それから部活紹介が始まった。ラグビー部がスクラムを組んでいたこと、弓道部が実際に矢を放っていたこと、チアリーダーが可愛かったこと、が特に印象が強かったけど、前に座る椿の「おぉ〜」や「ほほぉ……」などの反応を見るのに必死でそこまで部活を見てなかった。すごい楽しかった。





 チャイムが四限目終了を告げる。体育館から教室に戻らなければいけないけれど、なかなか進まない。


 うちの学校は制服は全員統一だけれど、上履きの色が学年ごとに違う。そして主に、履き替えでもたついているのは私達の色である赤色だ。


「ねぇねぇ、桜は入りたい部活あった? 私はあんまりなかったけど、ラグビー部と軽音楽部がすごかったなぁ」


「椿は歌上手いし、軽音楽部とか入ってみたら?キーボードできるじゃん」


「ん〜、そうだけど、バンド組めるかわかんないしいーや。どこか部活見学いく? ついて行きたい」


 そう、今日は四限授業。つまり午前授業だ。今すぐにでも学校から飛び出したい。あのお店の真相を探りたい。


「いや、今日は行きたいところあるから直帰する」


「えぇー! じゃあ一緒に帰るのは……?」


 心が痛い。とても痛い。でも危険なことに巻き込みたくないし……。


「ごめん!ちょっと言えない場所に……」


 すると椿は見るからに落ち込む。あああ……。


 しかし私の親友は悔しそうに口をへの字に曲げながら


「今度必ず埋め合わせしてもらうからね!」


とたぶん本人は睨みつけているつもりの可愛らしい目線を送りながら言ってくれた。



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