第12話 風信子
帰りのホームルームで配られたハチマキは、なんだか忘れそうで怖いので学校に置いて行くことにして教室を飛び出した。
しかし廊下にも昇降口にもありとあらゆる上級生が新入生を我が部活にと行手を阻む。
「あ! 君ラグビー部のマネージャーどう?」
「吹奏楽っぽい見た目してるね! 向いてるよ!」
「美味しいケーキ作らない? ぜひ家庭科部へ!」
「あの有名な漫画知ってるよね? 排球部にどうぞ!」
「テニス部入らない? 一番ホワイトな部活だよ!」
「陸上! 陸上! 陸上! 陸上!」
各々の個性豊かな看板を持ち、目を合わせる度に話しかけてくる。どこぞのモンスターバトルかよ。いちいち断るのは申し訳ないけど、仕方ない。椿は大丈夫だろうか。わたわたしながらどこかについて行ったりしそうだな。心配。
門から出て、しばらく歩く。目的地はあの路地があったところ。
そうだ。お母さんに部活選びで遅くなるかもって連絡しとかないと。心配されちゃう。
おもむろにポケットをまさぐる。
はい、スマホがありません。学校に忘れてきました。そういえばハチマキと共に机の中に置いてきました。
まぁよくあることです。本当によくあることです。慣れてます。まぁでも?あのお店にさえ行けば?忘れたものを届けてくださいますし。
さぁ気を取り直して行きましょう。
住宅街を歩く。なんだか見た事ある扉を通りすがった。けどその家の異様さにバックして戻る。
私の知っている普通の家は門があって、その奥に扉が見えるものだ。けどその家は門がない。扉しかない。ステンドグラスがはめ込んである、アンティーク調の扉が。
「なんでここに!?」
住宅街に関わらず叫んでしまった。だっておかしい。そういえば昨日の病院から戻る時もそうだったけど。もしかして忘れ物をしたら出てくる?
とりあえずドアノブを握って、捻った。
入った瞬間、こんにちはも告げないうちに店長が笑い始めた。
「ふっ、ふふふ、いらっしゃいませ、ひっひひあはははゲホッゴホッ」
「なんで咳き込む程笑ってるんですか? こんにちは!」
店長は大きく咳払いをし、神妙な面持ちになったかと思いきや吹き出した。
「ふっ、ダメだ笑ってしまう。いや、こんにちは。まぁ、あなたなら来ますよね。わかってましたとも。さて、何をお忘れですか?」
「スマホ!!! です!!!」
店長は手を叩いて笑いながら奥に入っていった。
「はい、では本日も説明タイムに入りますね。その前に! 桜さん、このお店にいる間はこれを着用してください。」
店長は茶色のエプロンを差し出す。店長も同じものだ。
「改めて上に確認を取ってみたんですよ。あなたの雇用について。そしたらOKが出まして、この茶色のエプロンをいくつか貰いました。ついでに便利な道具も貰ったんですけど、桜さんには不要の物なので、取っておきます。」
「あの、私って体験入店のはずですよね……?」
店長はにこやかに笑う。何も言わずに。
私はとりあえず茶色のエプロンに袖を通した。シンプルなのにオシャレだ。いい雰囲気のカフェで使ってそう。
「似合ってますよ! では質問受け付けます。はいどうぞ。」
「じゃあまず、店長が昨日と今日で大爆笑してた理由をお願いします。」
「あぁ、そのことですか。それはこのお店の構造が理由でしてね。この忘れ物屋さんには、忘れ物をした人しか入れないんです。だから昨日の『また明日!』っていう挨拶は、明日も必ず忘れ物します! っていう宣言という意味に捉えちゃいまして、この人面白いなぁ……と。」
店長は笑いを堪えながら喋る。腹立つなぁ。
「忘れ物した人しか入れないって、忘れ物をしたら扉が現れるってことですか?どこにでも?」
「そうですそうです。ただそれは此岸の人の場合で、彼岸の人は普通に入れます。ほら、後ろの2つの扉を見てください。左側の扉が彼岸と繋がってて、右側の扉が此岸と繋がってます。まぁ運がいい人しか入れないですけど」
店長は扉を指さしながら説明してくれる。そうか、阿部さんが入ってきた扉は左側だったな。
「彼岸から見たうちの店の外見はとってもオシャレなんですよ」
店長は腰に手を当て胸を張った。ちょっと気になるけど、彼岸に行くわけにはいかない。
「その忘れ物の条件ってなんなんですか?なんというか、あやふやと言いますか……」
「忘れてきた場所が分かっている物、それが忘れ物です。どこにあるか分からない物が落し物です。うちの店は忘れ物しか取り扱ってないです」
店長は私のスマホをつまみながらヒラヒラと振った。そうか、私は忘れ物を最後に見た場所を覚えているからこの店が使えるのか。
「その対価って……結局お代ってなんなんですか?」
「あぁ! 説明するの忘れてましたねそういえば。説明しようと思ったらバタバタと店を出てっちゃいましたから……。僕はお代の説明をするの結構好きなんですよ。皆さん驚いて行きますから。まぁ気が向いた時しかしませんけど。えーとですね、此岸と彼岸で違いまして、此岸はこの店の」
店長の説明を遮るように、後方からカランッと音が鳴った。右側の扉が開いていて、ピカピカのスーツを着た女性が息巻いている。店長はその女性の方向を向いて、いつものとはちょっと違う笑顔を見せながら礼をした。
「いらっしゃいませ、お客様。あなたは何をお忘れですか?」
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