第10話 風信子

 あの不思議な体験から現実に戻った朝、私は重い瞼を擦りながら椿と登校していた。


「さーくーらー! ちゃんと起きなさーい! 電柱に頭ぶつけるよ!」


「いやぁ……あんまり眠れなくて……」


 忘れ物屋さんのことを考えていたら上手く寝付けなかった。椿にも話せないことは辛いけど、危険かもしれないのだから我慢しよう。


「ははーん。私わかっちゃったよ。桜は今日の自己紹介で何を話そうか悩んでいたんだね!? わかるよ……。私だってそうだったもん」


 椿が勝手に解釈してくれた。そうだった。自己紹介のこと忘れてた。


「何喋ろっかな。私の後に桜だもんね。桜が緊張するような自己紹介にしようかな」


「何それ。ちょっと聞いてみたいわ」


 ふひひ、と椿は笑う。今日も可愛い。


「あっ! 桜の花びら降ってきた。ほら、どうすか桜さん。あなたが降ってきましたよ〜!」


 花弁を指さしながら私をからかう。全然むかつかない。だって可愛いし。


「いやー、私の名前は椿だけど、一番好きな花は桜だわぁ。あと七十回位しか見れないのは残念だな」


「椿なら百回は軽く見れそうだけどね。じゃあさ、百年後も一緒にお花見しようよ」


 やばい。お互いのことを大親友と言い合える仲でも、少しこの発言は恥ずかしい。多分私の顔は赤色に染まってる。


 でも椿は今日一番の笑顔を魅せてくれた。


「えー!! 仕方ないなー、きっと百年後も桜は綺麗だよね。お花見しちゃおうか!」







 一限と二限に設けられたロングホームルームで、予想通りの自己紹介が始まる。


 「宮崎椿です! 鶴沢中から来ました! 特技はピアノで、趣味はメイクです。ぜひ仲良くしてください!」


 椿はなんだかんだ言って王道の自己紹介をしたようだ。クラス全員から拍手が送られ、私の番になった。


「えー、と。宮城桜と言います。鶴沢中出身で、読書が好きです。1年間よろしくお願いします」


 私の自己紹介は王道かつ平々凡々だ。テンプレートをそのまま使ったみたいに。というか使った。ただ、私の挨拶の時だけクラスが少しざわつく。主に


「代表挨拶読んでた人だよね?」「首席の人?」


だ。まぁそうなんだけど、こっちとしては少し恥ずかしい。やめてくれ、私をそんな好奇の目で見ないでくれ。読んだのはパンフレットなんだぞ。


 こんな心配をよそに、どんどん自己紹介は続いていく。よし! クラスの人の顔と名前は覚えた。友達つくるぞ!


 こんな心持ちで一限目の休み時間を迎えた。ここから、私の友達作りの長い旅が始まる。





はずだったのに!!!


「ねぇ、宮城さん! 君、代表挨拶でパンフレット読んでなかった?」


 今、私は顔は爽やかなイケメンに話しかけられていた。いや、絡まれていた。こいつの名前は


「俺、霧島きりしま神凪かんな! 神に凪って書いて、カンナって読むんだ。聞いただけだとよく女の子に間違えられるんだよ。よろしく!」


らしい。そんな霧島君が私になんの用だ。からかいに来ただけだろうか。霧島君はトイレに行って現在不在の椿の席に座った。


 椿ー!! 早く帰ってきてー!!


「あと、昨日めっちゃ入学式前に全力逆走してなかった? なんで?」


 なんてこった。こいつは私の恥辱を2回も目撃したのか。ふざけんな。首根っこを掴みたい気分に駆られるが、こいつはこれから1年間過ごすクラスの仲間だ。そして目撃しただけでこいつ悪くない。ちくしょう。


「え、えーとね。ま、まぁほらパンフレットの件は色々あって……原稿用紙が無かったから代用して、逆走はちょ〜っと用事を思い出して……」


「戻ってこれるほど家近いの?」


「いや、歩いて40分位……」


「徒歩!? なんで公共交通機関とか自転車とか使わないの!?」


「私がちょっとだけ自転車乗れなくて、一緒に学校来ている人が公共交通機関が苦手で……」


「誰が公共交通機関が苦手ですって?」


 振り向くと椿が仁王立ちしてた。ちなみに事実を述べただけだ。霧島君が勢いよく椅子から立ち上がる。


「ここ君の席? ごめん、借りてた。えっと、君の名前は……」


「私は宮崎椿です! 桜と同中でした〜!」


 椿は胸を張る。多分マウントを取ってるつもりなんだろう。ただ本人がマウントを取り慣れてないので、霧島君は気づいていない模様。


「鶴沢中か! 俺は燕谷中から来たんだ。俺、霧島神凪。よろしくね」


 燕谷というと、学力の高さで知られているところだ。そんなところから来た彼は、もしかしたら私と同じ境遇なのかも知れない。……もう少し優しくしよう。


「俺と同中の人この学校にいないからさ、良かったら仲良くしてよ」


「もちろんだよ。でも、最初に話しかけたのが女子で良かったの?」


 これは単純な疑問だ。普通同性の方が話しかけやすくないか?だって我々今高校生。思春期真っ盛り。


 すると霧島君はキョトンとした。


「あ、そうか。いや、とにかく宮城さんに話しかけることしか頭に無かったから……。ごめん、迷惑だった?」


 椿は唖然としている。ちなみに私も同じだ。


 なんて言った? 今この人。私をからかうことしか頭に無かったということ……?流石に好きってことはないだろうし……。


「ご、ごめん! また今度!」


 霧島君は逃げるように教室を出ていった。あと三分で二限目始まるけど、どこに行くんだろう。


「も〜! なぁに!? あの人! 桜のこと好きなの? あっちから話しかけて来たんだよね?」


「そうだね。私のパンフレットの件とかの目撃者らしいよ。早急に存在を消さないと」


「手伝う? 共犯になってあげてもいーよ!」


「いや、椿の手を汚すならやらない。椿は友達つくりにいかないの?」


 椿は空いた自分の席に座り、後ろを向いて私と話す。


「行くつもりだったけど、桜に絡んでる人いたから戻ってきちゃった。それに、友達がいすぎるのも困ったものですし、おすし」


 椿は社交的で明るくてとてもとても可愛い。だから中学校時代は世でいう一軍に属していたけど、とある事件によってめんどくさい事になっていたはず。それのことを言ってるんだたぶん。


「それに! 百人の友達より十人の親友、十人の親友より一人の大親友でしょ!」


「ふふっ、なにそれ、聞いたことないよ」


 他愛もない会話を楽しんでいると、二限の始まりを告げるチャイムが鳴った。それと同時に、霧島君が教室に駆け込んで来た。







「よし! では役員決めを開始するぞ!」


 諸々の連絡事項が終わった後、藤先生は黒板をバンッと叩く。椿がビクッとした。まじでやめて欲しい。


「とりあえずまず学級委員を決めて、その後に学級委員が司会進行でいいな。じゃあ学級委員やりたいやつー! 手を掲げろー!」


 藤先生はさすが国語の教師と言わんばかりに習字のお手本のような学級委員の文字を書く。


 ちなみ手を挙げる人は1人もいない。まぁ昨日今日で出会った仲で、クラスを引っ張ります!なんてできる人居ないよな……。


「では推薦はあるか?」


 シーンと静まり続ける。名をあげるより推薦する方が難しいだろう。


「どうやらうちのクラスには積極的なやつがまだ正体を現していないんだな。よし! では」


 藤先生が誰かを探すように視線を移動させる。それは私を見てピタッと止まった。嫌な予感がする。


「宮城さんとかどうだ?」


 ほらー!!


「宮城さんって代表挨拶してた人だよね?」


「頭良いってことなら安心かなぁ?」


 クラスがザワザワする。本当にやめてください。頭がいい=リーダーシップあるに繋がないでください! それが通じるのは中学生までだよ!


 でも早く他の委員決めに移りたいクラスメイトにとって、私が引き下がっても何かしらの手段で推薦するだろう……。学級委員やったことないけどまぁ良い人生経験になるかもしれない。


 私はおずおずと手を伸ばした。


「じゃあ……やらせてください」


 教室から拍手が巻き起こる。1番強い拍手の発信源は前の席からだった。


「よし! 宮城さんよろしくな! では次は男」


「はい!!!」


 藤先生の言葉をいきなりなんか聞いたことある声が遮った。その方向にいるのは、また見た事のあるイケメン。


「ずっと考えてたんですけど、学校委員やらせてください!」


 霧島神凪だった。


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