第3話 桜
「桜……? いくらなんでも早すぎじゃない? どうやったの?」
お母さんが私の顔を腕時計を何度も確認しながら鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。いつも私をからかうお母さんの驚き顔はかなりレアだ。僥倖である。
「えへへん。ちょっと企業秘密ですな」
あの不思議なお店のことは秘密にすることにした。だって不正を許さず不明を許さない理系ウーマンのお母さんだ。あの不思議体験を言ってみろ。原理やら理論やらを並べて「実際に行ってみよう!」ってなって折角戻ってきた意味がなくなってしまう。あかん。それにあの体験はなんだか魔法のようで人に言いたくない。特別にしたい。
お母さんは私の顔をじぃっと眺めて怪しむような視線を送りながら言った。
「まぁ後で教えてもらうけどさ。とりあえず行こっか。職員室だっけ」
保留にさせることには成功したけど、保留は保留だ。追求は免れないらしい。どうやって誤魔化そうか考えながら私とお母さんは校門をくぐった。
「ねぇ、ねぇねぇ桜。弓道場ってどこにあるの?」
「弓道場はあっち方面。ほら、地図見てよ。これ。端っこ。一旦外に出ないと行けないよ」
「えぇ、不便だなぁ。そういえば桜は何部に入るの? お母さんのおすすめは」
「弓道部でしょ!」
簡単に予測できたので遮った。お母さんは口角を上げる。
「あったり〜。なんでそんな不満そうな顔するの。かっこいいじゃんあの袴。放課後に袴姿の弓道部員とすれ違ってみなよ。惚れちゃうよ」
「惚れない。というか部活に入る気ない。めんどくさいし懲り懲り」
「またあんたはそうやって。中学校と高校では全く違うよ? 雰囲気がらりと変わるって。楽しいよ」
私は中学校でバドミントン部に所属していたけれどそこは正直言って地獄だった。大して練習に参加しないのに後輩に厳しい先輩に、上手い人を虐める同級生。部活に全く顔を出さない顧問などなど、ブラック部活そのもので、他部活に1人か2人いる退部者と幽霊部員を続々と輩出する名門であった。
そんな名門部活は部員同士でなんやかんや事件が起きて私が中二になった頃に活動停止となった。そこからはもう勉強ばっかりしていたから、私は今ここにいるんだけども。第五落ちたけども!!!
「青春は人それぞれだけど、部活はやっといた方がいいってば。お友達少ないんだし」
「部活に入らずとも友達百人くらい作ってみますう」
「ほお? やってご覧なさいよ。イマジナリーとか非人間とかはカウントしないでね」
「言われなくともやってやんよ」
軽くお母さんを睨む。お母さんは私の目を見て嘲笑して返した。こんなやり取りをしているうちに職員室前に到着してしまう。
「じゃ、お母さん行くから。立派な姿見せてよね」
地図として見ていた学校紹介パンフレットを私に手渡し、ひらりと踵を返した。
「涙を拭くハンカチの準備しときなよ!」
遠のいていく背中にそう叫んだ。お母さんが手を高々をあげて手を左右にスライドさせる。「いらんいらん」の仕草だ。ちくしょう。
「このパンフレットどうしよ……あっそうだ。胸ポケットにしまっちゃお」
「……この学び舎に誇りを持って、心身共に成長していくことを誓います」
私は職員室でバタバタと動く先生方を横目に代表挨拶の練習をしていた。
「おお、よくこんな短い練習期間でそれっぽいの書けたな。流石は首席だよ」
私の前に仁王立ちをして無い髭を触る仕草をする筋骨隆々の男性は
「まぁ、校長の前でこの原稿読んで渡して来るだけだから失敗は少ないと思うが、ゆっくり落ち着いて読むんだぞ」
藤先生が腕を組んで言う。目がメラメラと燃えている。ちょっと怖い。
「わかりました。ところでこの後って私どうすればいいんですか?」
「あぁ、教室に帰ってくれて構わない。一年七組だ。職員室に一番近い階段を下ればすぐそこだから、分かると思う。」
「わかりました。では失礼します」
かららと職員室の扉を閉めた。
「さっくっらぁぁぁあ! おっはよううう!」
廊下で私を見つけた
「もうまじで教室気まずすぎるんだけど! 同中の人とばっかり話してるのみんな! 無理! 一対一ならいいけど集団に突っ飲むのは無理!!」
椿があるだけの力で私を抱き絞める。苦しい。
「おはよう椿……。そういえば椿何組だったの? 掲示板張り出されてたけど見てないんだよね」
「え!? まじ? 見た方がいいよ。というか私写真撮ったけど、後で一緒に行こ! 私自分の番号より先に桜の番号見つけちゃった。私の学籍番号1732で、桜は1733だよ! 同じクラス! 私今日なら神様に土下座して感謝できる」
「え!? まじ? 同クラ? やったね!」
「んね。でも教科書の貸し借りが出来ないのがちょっと残念。桜には必須なのにね」
「うるさいよ椿。おだまり」
ふひひと特徴的な笑い声を出す。世界一可愛い。
「行くぞ桜! もうすぐ先生来るらしいから! 担任の先生どんな人かなぁ。落ち着いた人がいいなぁ」
「どんな人がいいの?」
「マッチョじゃなくてひょろ長で文芸部の顧問をしてるような先生かな! 物静かな!」
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