第26話 カンナ
「桜さん、知ってますか? 少女漫画ってヒロインが『なんなの!? あいつ!』とか言ってヒーローの第一印象が低いところから始まるじゃないですか。で、だんだん好印象になっていって最終的にめちゃくちゃラブラブになる。これってゲインロス効果って言うんですよ」
作戦会議中というか報告会の最中、店長が妨害をしてくる。頑張ってくださいってかっこつけたのはどこのどいつなのか。
「ちょっと店長黙っててくださいよ。今頑張ってるんですから。……さすがに今ある曲をしらみ潰しは無理だよね?」
「ちょっとそれはな……。音楽の先生にも壇さんのこと訊いたけど、知らないって言われた。でも作詞家として生きてきたなら、割と有名な人なんじゃないかな? 知る人ぞ知るみたいな感じ?」
情報共有を行うけれど、進展はない。そりゃあそうだ。元々の情報が少なすぎる。名前だけってなんだよ。
「てーんちょ〜う! 無理ですってこんなの! 作詞家なんて星の数ほどいるでしょう!」
そんな砂場から色の着いた一粒の砂を探せみたいな、そんな問題だ。
少女漫画を片手に店長はニヤリと笑う。
「いや〜、君たちならできますよ絶対。断言します。絶対できます」
「なんでそんなに確信持ってるんですか? 俺らが絶対知ってる人なんですか? というかわかってんなら答えを教えてくださいよ」
霧島君はぶっこむ。あ、霧島君がしようとしてることわかったかも。
「嫌ですよ。腕試しですもん」
「じゃあヒントだけでも教えてくださいよ」
ドアインザフェイスだ。賢いな霧島君。
「えー……。じゃあちょっぴりだけですよ」
店長はまんまと霧島君の策にはまる。ちょっろ。
「絶対知ってるという訳ではないですが、たぶんあなた達は絶対知ってる曲ですよ。絶対ね。知らなかったら怒られるくらいです。……怒られるんですか?」
「知りませんよ!」
霧島君と私の声が重なる。その世代の人に怒られるくらいの名曲なら、やっぱり調べたら出てくると思うけど……。
カランッ、と右側の扉から鈴が鳴る。店長はいつも通り少女漫画をカウンターに勢いよく隠してにこやかに笑った。
「いらっしゃいませ、お客様。あなたは何をお忘れですか?」
店長はいつもと角度ですら同じの礼をする。霧島君は混乱していて、とりあえず私の真似をしてぺこりと礼をした。
「……あれ? 宮城さんと……霧島さん?」
あれ、自己紹介の時に聞いたことある声。パッと顔を上げる。やっぱり見たことある顔。黒髪をハーフアップでまとめてて、少し前髪が長い文学少女って感じの子だ。
確か名前は
「金木さんだよね? こんにちは」
「え? なんで俺の事知ってるの? 宮城さん、知り合い?」
霧島君は己を指さしながら私に問う。ちなみに金木さんに対してだいぶ失礼だけどしょうがない。
「あぁ、ごめんね。一方的に知ってるだけなの。同じクラスの金木 桂花っていいます。宮城さんと霧島さんのことは、入試首席と次席が同じクラスだって話題だったから……」
「え!? そうなの!? 霧島君次席!?」
「そうだよ!? 宮城さん俺が次席ってこと知らないで俺と接してたの?」
そうか、だから霧島君は生徒会長からハチマキを受け取ったり首席に対して他の人より強めのこだわりを抱いていたのか。なるほどね。
「えと、それで二人は何してるの? 忘れ物屋って……」
「二人はうちの従業員です。あなたの最近の忘れ物を教えてください」
店長は爽やか接客スマイルを一ミリも動かさない。彫刻みたいだ。
「忘れ物……あっ! 学校に家の鍵を忘れちゃって……。ロッカーの中にあるんですけど」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
店長はいつも通り暖簾をくぐる。あの奥ってどうなってるんだろう。
「二人はアルバイト? 中学校同じで一緒にとか? それとも……付き合ってたり?」
金木さんはおずおずと訊いてくる。やばい、恋愛に繋げられるのは嫌だ。
「いや、中学校は別々。高校生になってバイト始めようかなって思ってたらたまたまここが従業員募集してて入ったら宮城さんが居たってだけ」
霧島君は食らいつくように嘘をつく。めっちゃ平静な顔してる。まぁ助かったけど。
「お待たせしました。これですよね?」
店長はたぶん金木犀をモチーフにしたチャームがついた鍵を持ってきた。
「え!? そうですこれです! 今日親が夜遅くまで帰ってこなくて……。なんでここにあるんですか?」
「それについては外に出れば分かりますよ。ご利用ありがとうございました」
店長は頭を下げる。金木さんは納得のいかない顔をしている。そりゃそうだ。
「え……と。まさか寿命とかじゃないですよね?」
最初の私と同じ考えしてる。そりゃそうだ。
「いや〜まっさか〜! 大丈夫だよ金木さん! 本の世界じゃあるまいし、本当に外に出れば分かるから!」
私は必死で誤魔化す。めちゃくちゃ白々しいかもしれない。
でも、大丈夫。外に出れば忘れられるから。
「明日俺らが改めて教えるよ。じゃあ気をつけて帰ってね」
霧島君が爽やかイケメンスマイルで金木さんを送る。はよ帰れの圧を感じるのは私だけだろうか。
「じゃ、じゃあ帰ります。ありがとうございました。また明日学校でね」
金木さんは扉を閉める。またカランッと音が鳴った。
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