第27話 カンナ

「どうせ忘れるなら全部教えても良くないですか?」


 霧島君が腕を組み、再び漫画を読み始めた店長に問う。店長は顔を上げた。


「僕も気が向いた時だけ教えますよ。実際、桜さんの時教えようとしましたし。まぁ走って行っちゃったんで、お代貰うの忘れたなぁなんて呟きましたけども。大抵はすぐに帰らせます。だってめんどくさいし」


 店長はまた少女漫画と向き合う。こんなに妨害されてるのにまだ読むのをやめないのかこの人。


「そういえば、この店で忘れ物を取り戻した時、忘れたところにあるはずの忘れ物はどうなるんですか?」


 ふと気になったので訊いてみた。私は事ある毎にこの店を利用しているけど、スマホや財布はきれいさっぱり忘れた場所から消えていた。もし駅とかに届けられていた場合、忘れ物はどうなってしまうのか。


「それについては、僕も知りません。明日あの金木さん? に訊いてきてください」


「店長さん知らないの!?」


「だって僕此岸に行けませんもん。大丈夫すぐ分かりますよたぶんきっと」


 店長は乱雑に話を終わらす。やっぱり続きを読みたいんだな。


「宮城さん、今時間分かる?」


 霧島君は私の腕時計を指さす。学校からここに来て一時間半くらい経過していた。


「今四時半過ぎだね」


「そっか。じゃあ店から出て調査しようか。ここに居ても新しい情報出ないしさ」


「えー!? 帰っちゃうんですか!?」


 店長は勢いよく顔をあげる。あんなに邪魔そうにしていたのにいざ居なくなると寂しいのか。気持ちはわかるけど。


「帰りますよ。あっ、ねぇ霧島君。君はどこからこの店に入ってきたの?」


「どこからって……、あー!!」


 たぶん霧島君は入店した位置から退店することを忘れていたんだな。私と一緒に調査するつもりだったのかな?


「店長さん! 外に出る位置を変更できたりしない!?」 


 見るからに不貞腐れている店長は腕で大きなばってんを作る。


「二十二世紀の秘密道具じゃあるまいし、無理ですよ」


「俺学校からそのまま来ちゃった! ……やっぱり店に残って考察する……?」


 霧島君はおやつを要求する柴犬の子犬のような視線を送る。そんなこと言われてもなぁ。


「いや、私は家の近くから来たから家で色々調べるよ」


 霧島君と店長は見るからにしゅんとする。なんだなんだ何があった。


「……じゃあ俺もう少し店長からヒントを絞り出しておくよ。宮城さん、また明日学校でね」


「はいよ。じゃあ店長、失礼しまーす」


 扉を開くと、店長の「あぁ……ぁ」という情けない呻き声が聞こえてきた。どうしたんだろう。

さぁ、家に帰ろう。


 あ! その前に夕飯の買い出しに行かないと!








「ただいまー! 今日のご飯なにー!?」


「おかえりお母さん。今日はねー、春だからサワラの塩焼きだよ。あと味噌汁とかじいちゃんちの漬物とかその辺」


「やったー! 魚だー!」


 最近お肉続きだったからかお母さんがはしゃぐ。今の時間は八時過ぎだ。やっぱり高校の先生って忙しいんだろうな。


「あっ、今高校の先生って忙しそうって思ったでしょ? 大丈夫大丈夫。今日はたまたま。今年は担任受け持ってないし、三年生に数学を教えてただけ。忙しかったら桜の入学式に休めないよ」


 お母さんはたまにこんな風に考えを見透かしてくる。超能力者なんじゃないかとたまーに思う。


「いただきまーす! ねぇ、桜。学校はどう?」


 お母さんが器用にサワラの身と骨を分解しながら訊いてきた。……応援団しか印象に残ってない……。


「いつも通り応援団がすごいよ」


「やっぱり? だって第一だもんね。あそこはすごいよ」


 高校教師だけあってやっぱり知ってるっぽい。


 まぁそうだよな……あの名声というか怒声は轟いちゃうよね……。


「なんであんな伝統が続いてるんだろ」


「いい疑問だね。自分なりの答え出してみな。で、部活は?」


 ズバリ訊いてくる。そういえばどうしよう。変な店でアルバイトするなんて口が裂けても言えないし……。


「部活はしないかな。帰宅部で、図書室で本読んだり勉強したりしたい、し」


 結構際どい答えだけど、私の普段の生活からしたらなんの問題もない、はず。


「まぁ桜がいいならいいけど、後悔しても知らないからね〜? お母さん部活めちゃくちゃ楽しかったよ。あの人とも、そこで会ったし」


「ゴフッ……っごめんむせた! 水飲んでくる」


「おういってら」


 めっちゃびっくりした。お母さんが言う『あの人』ってたぶんお父さんのことだ。


 小さい頃に私がお母さんにお父さんのことを訊いたら泣いちゃったし、それきり私とお母さんの話題になることなんて一度もなかったし、しなかったのに……。


「治った治った。味噌汁おかわりあるよ。要る?」


「いるいる! 桜のご飯は安心する味がしていいよね!」


 とりあえず、またお母さんから言い出すまで、いつも通りお父さんのことは口に出さないようにしよう。


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