第38話 レベル上出発
次の日、編入試験の結果が届けられた。
『特別編入許可証』という文字は、私が名ばかりの学園生になる証だった。
「よかったあ。学園に通わずに済みそうです」
ほっとしながらルールや最低限やらないといけないことを確認し、必要書類にサインする。
通わないとは言っても、制服は作らないといけないし、定期的に行われる試験は受けないといけない。特別行事は少しでも貢献しないといけないなど、結構細かい制約は多い。
けれど、反対にそれさえこなしてしまえば、後はセルゲン国に行き放題とも言える。
セルゲン国の王都までは馬車で七日ほど。海に出るには王都からさらに馬車で三日。なるほど、十日もあればいけるのですね。一月の時間があれば、セルゲン国で魚を食べて海を堪能して帰ってこれるって訳ですか。
持ち上がりそうになる口元を理性で抑えながら、学園の一年間の日程表を覗き込んだ。
「殿下、セルゲン国に行くためには、再来月が良さそうですね」
「セルゲン国? に行くのか?」
「そっちにだって精霊様はいるかもしれないじゃないですか!」
「あ、ああ……そうか?」
いるかも、ではなくて、本当はいるんだけどね。情報はどこからといわれても何も言えないので気合いでごまかすことにする。
今月来月は一月もここを空けることができないみたいなので、風の精霊のいるダンジョンでレベル上げに重点を置けばいいんじゃないかな。元々期限の切られていない旅路なんだから。私以外。くそう。
「こうなったら絶対に飛び級してさっさと身軽になってやる」
ぐっと拳を握りしめると、横から「ノア殿も苦労しているな……」という殿下のつぶやきが聞こえてきて、にこやかに「そうですね!」と返した。
三日後には制服ができあがるとのことなので、それまでは冒険者ギルドの依頼を受けることにした私たち。
とりあえず王都から北に抜けた山付近でできる依頼は何かないかチェックすることにした。
「お、あった。北の山裾にCランクの魔物が出るんだそうだ。それを討伐。討伐した魔物は好きにしていいそうだ。どうする。そこまで割のいい依頼じゃないが」
「あっいいですねそれ! 受けましょう!」
私が手を上げて発言すれば、皆首をかしげながらも依頼を受けることになった。
これはちょっとしたカモフラージュで、殿下たち国の賓客が意味も無く国をふらふらするのは外聞的によくないから、冒険者としての活動をメインにすることで、周りの人たちから目を逸らさせる意味がある。
意味も無く山に登るよりは、冒険者の方がいいわけがきくというわけである。
「北の山だと……王都からなら日帰りか?」
「いいえ、一泊の用意をして行きましょう」
そして、隙あらば山のダンジョンでレベル上げしましょう。
にこやかに拳を握れば、皆が目配せをした後、苦笑しながら頷いた。
「一泊と言いますと、もしかして野営でしょうか」
グロリア様が首をかしげた。
それが可愛かったらしく、シーマ様は何かをこらえるようにぐっと唇を引き結んだ。
「そうですね。兄から貰ったテントが役に立つときがとうとう来ましたね。簡単野営テント、一度使ってみたかったんです。簡易結界付きで、個室のシャワー室、お手洗い、簡易キッチン、ベッドがすでに設置されているとか。中に入って入り口を閉めてしまえば魔物に気付かれにくくなるので、外にも簡易結界を設置すれば夜間の見張りいらずです」
もちろん、兄に聞いたのではなく、鑑定で確認しましたとも。
入り口を閉めてしまえばステルス性能もつくらしく、とても高性能な造りになっている。中で料理もできるし、何よりトイレが外で、とならないのが最高だと思う。
「このテントがあれば、一人家から放逐されたとしても生きていけます!」
自信満々にぐっと手を握れば、アレックス殿下に「放逐されないから」とツッコまれてしまった。
「とにかく、いい機会なので兄に貰った物を一通り使ってみて、慣れるのは大事だと思います」
「まあ、確かにな。魔道具なんてなかなか個人では使わないからな」
「だったら俺は野営飯を作れるようになりたい。これから世界中を歩くんだろ」
「歩くというか……馬車で行ける場所は馬車だけどな。無理に歩かせてグロリア嬢の足をくじかせたりなどあってはならないから」
「あら、シーマ様この間とても可愛らしいブーツを買ってくださったじゃありませんか。あのブーツに合うローブをついつい買ってしまいましたのよ」
二人の世界に入ってしまった二人は放置することにして、とりあえず私たちは出発の買い出しをすることにした。
予定は明日の朝出発で、帰りは次の日の夜。
馬車で行く道はあるようなので、バールさんとトレフ君も一緒に移動だ。
私たちの階下に二人部屋を取っている二人には、アレックス殿下が伝えてくれるらしい。
テントは五個しかないので、私とグロリア様が一緒のテントで、アレックス殿下とザッシュ様が一緒、シーマ様は一人で、御者の二人が一つのテントに泊まることにして、皆で手分けして買う物を決めて行く。
シーマ様はグロリア様と一緒に行きたがったけれど、シーマ様とザッシュ様二人は食べ物の担当になった、
シーマ様はごねるしザッシュ様はお菓子はいくらまでか真顔で聞いているしで、買い物から前途多難な気がするけれど、アレックス殿下が常識的な返答で二人を言いくるめていて、なんとか買い出しに出す。
私たちは、装備品や日用品関係の野営用の物をそろえることになった。
殿下も一緒だ。それで余計にシーマ様がごねていたんだけどね。二人の世界を作られると買い物が進まないからこれで正解。
鍋や石鹸、外用カトラリーなどを一通り買いそろえる。これは全員に分配してそれぞれのテントの収納に入れることにしたので、人数分購入。
それと殿下の希望で、ちょっとした付加魔法のついたアクセサリーも購入することにした。
お守り程度だけど、ないよりましなんだそうだ。私たちのアクセサリーが宝石類の物しかないことが気になっていたらしい。
付与魔法、勉強すればきっと私、そこら辺の宝石アクセサリーを魔道具系アクセにできるんだけどね。
冒険者たちの活用する店のアクセサリーは、なかなか無骨な感じで素敵だった。
革紐に魔物の牙をぶら下げた物を目を輝かせて見ていたら、殿下に笑われ、グロリア様に困惑されてしまった。
性能はよかったので、皆の分のアクセサリーを買う。
支払いは、殿下がマリウス王宮につけると言ってくれたので、ほっとするやら恐縮するやら。
今回の精霊様お助けの旅は、陛下からの依頼だからと、必要経費をほぼ出してもらえるのでその点はとても楽させて貰っていると思う。ちなみに私の制服代やら学園代やらも王宮から出ている。国をまたいでの交流になるからと。全然交流する気ないんですけどいいんですか。きっと今頃めくるめく乙女ゲームが、カロッツ王立学園で巻き起こっている気がするから。巻き込まれたくない……
と言う訳で、準備万端で北の山へ出発。
皆、いつものきちっとした服じゃなくて、動きやすい冒険者風の格好をしている。
グロリア様の髪は私がポニーテールにさせて貰ったけれど、チラ見えのうなじがとても色っぽく、これを見たシーマ様が暴走しないといいなと思いながら、グロリア様が最高に可愛らしく見える髪型にした。女魔道士風グロリア様は、最高に素晴らしかった。
今日使う馬車は、いつもの華美な馬車ではなく、幌馬車に近い荷馬車のような物だ。
行きはトレフ君、帰りと非常事態はバールさんが御者をするらしい。もう二人も勇者メンバーのパーティーでいいと思う。
ダンジョンに入る際は、二人は外で馬車の見張りをしてくれるらしく、兄さんから貰ったテントと結界、食べ物類の入ったバッグを一つ置いて行くことになっている。二人とも剣の腕は確かで、御者をしているけれど、護衛も兼ねているんだそうだ。アレックス殿下は一時期バールさんに剣を習っていた時もあったとかなかったとか。
だからこそ、気楽に一緒に旅をすることができるんだね。ゲームでは走ったり歩いたりして移動していたけれど、馬車があるだけでとてもありがたい。
「討伐予定の魔物は、アムレットスネーク二体だな。防御力がとにかく高いから、強さはそれほどでもなくてもCランクになってる。二体ってことは、番いかもな。番いだったら、卵か子供がいるかもしれない」
詳しい依頼内容を聞いて、うんうん頷く。
分布魔物もほぼ変わりない気がする。
アムレットスネークは序盤でかなり出てきた。たまにしびれさせられたり、巻き付かれたりして身動きとれなくなるやつ。でも、よく考えたら本物の大蛇にしびれさせられるってことは、毒的なアレとか。巻き付かれるってことは、体中の骨ボキボキもあり得るとか。
絶対にゲームでは考えなかったことまで考えてしまい、フルリと身体が震えた。
ここはRPGゲームではなくて、乙女ゲームでもなくて、今ここで生きている私たちに取っては現実以外の何物でもないから。死イコール死しかない。
レベル上げなんて簡単に考えていたけれど。やっぱりちょっと怖いなと、遠ざかって行く街を幌の間から眺めた。
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