第52話勇者オタクとガチ恋乙女


 それにしても、と私は改めてキラキラ第二王子を見上げた。

 前にアレックス殿下はこの人も王位を奪う気はないって言ってたような。がっつり王位を狙ってますね。

 第一王子とは交流してるみたいだし、この人もアレックス殿下と前に会ったような感じの話だったけれど、もしかしてその時はまだ殿下が勇者ではなかったから普通だったとか……? この人はあれかな。勇者オタク……!

 そしてふと鑑定したまま舞台に視線を移動して気付いたけれど、マリーウェル様のハートもまた視線の移動と共にせわしなく移ろっていた。第二王子の横にいる私を見るときは青いハートが四つほど並び、その横の第二王子に視線を合わせたら今度は同じ数の赤いハートが現れて、目の前のアレックス殿下を見るときは赤いハート一つ。

 なる程。第二王子がお気に入りって、このキラキラ王子に恋してるから婚約者変更を目論んでたのか……。けれど、王子のマリーウェル様を見た時のハートは赤が一つ。知人よりちょっと上、って感じだった。報われない恋……。

 どうしてここでもこんな恋模様に振り回されているのか。

 前よりもさらに敵意が上がったのはきっと私が極近い位置で舞台を覗いているから。

 よし、ここを離れよう。

 そっと後ろに下がった途端、王子がまた口を開いた。


「アレックス殿、前よりもさらにりりしくなったね? 君はどう思う?」

「え、わ、私ですか……?」


 いきなり声を掛けられて、逃げようと思っていた私はかなり焦った。


「私が初めてお会いしたときにはもうあのような状態でしたので……」


 語尾を濁せば、第二王子はキラキラと目を輝かせた。

 

「そうなんだね。では君は運がいい。アレックス殿の素晴らしい姿だけを見られるということなのだから」

「あはい……」


 遠い目をしながら相槌を打つ。

 早急にここから離れたい。めっちゃ睨まれる。口元くいっと持ち上げながら、瞳に剣呑な光を帯びている女傑がいるから早急にここを離れたい。


「あの、少しやらなければならないことがありますので……是非ここで最後まで勇者トークをお楽しみください」


 私は王子から一歩離れると、近くに積まれていた木製の台をサッと渡した。椅子ではないけれど、立ったまま見るよりはよほどいいだろうと思う、ことにする。

 

「ああ、ありがとう。この日をとても楽しみにしていたんだ。精霊様の古書は気に入って貰えたかなあ」


 にっこりと笑う王子は、それだけ言うとまた視線を舞台に戻していた。

 もしかしてあの本を譲るよう許可を出したの、この人なのかな。すでにマリーウェル様と手を組んでるとしたら、この国荒れない?

 マリーウェル様は恋する乙女だからきっと王子が何を頼もうともいいお返事しかしなそうだし。公爵家が秘密裏に裏についている的な感じかなあ。第一王子は側妃様のご子息だって言うし、本当は公爵家の後ろ盾としてマリーウェル様と婚約しているからこそこの人とイーブンでいるのかもしれない。

 なんてことを考えるのは私の仕事じゃないね。

 さっさと去ろう。あとで殿下の耳にだけそっと入れて置けばいいや。

 なんたってこれをこなしたら後は数ヶ月後の試験を受けに来ればいいだけだし、その後はまたちょこちょこ参加しないといけないものもあるらしいけれど、セルゲン国は堪能できているだろうし。

 我が心の師、ドッケン氏と同じ道を歩いて魚介類を堪能しなければ……!

 鼻歌を歌いそうな勢いで舞台袖を抜け出した私は、時間を潰すために講堂の裏庭に足を向けた。

 裏庭にはあらゆるご家庭の馬車が置かれており、遠くに見える厩では、たくさんの下男のような人達が馬の世話をしていた。流石に生徒たちはこっちにはいない。皆講堂で勇者の話に聞き入っている時間だから。

 その世話人の中にはバールさんもいて、今回の旅の力強い仲間であるうちの馬ちゃんもいた。

 こんなにたくさんの馬がいるところを見るなんてなかなかないので、圧巻の一言だった。馬たちは暴れることなく皆大人しく世話されていた。


「バールさん!」

「お、ローズ嬢。お疲れ様。こんな時間にどうしたんです? 殿下達の側にいなくていいんですか?」

「今まさに講堂で勇者トークしてるので、私の出番はないんです。ぶらぶら出来るのも今だけくらいなので、抜けて来ちゃいました」

「なるほどな。ここもゆっくり出来るわけじゃないが、休める場所もありますよ。スノウ、ちょっと待っててな」

 

 馬ちゃんの首を撫でると、バールさんは私を休憩所のような場所に連れていってくれた。そこにはちゃんとメイドさんが待機していて、頼めばお茶を貰えるらしい。至れり尽くせりだ。


「すまない。ローズ様に一杯頼む」

「かしこまりました」


 厩の隣とはいえ、なかなかに小綺麗な休憩室だった。匂いなんかも気にならない。

 まるで食堂のような雰囲気で、思い思いに皆が座って休憩している。

 さっきまでのきらびやかな場所よりもよほどホッとする。

 出された紅茶を飲みながら、私はホッと一息吐いた。

 それにしても今日もまた情報が多すぎる。後でアレックス殿下達に渡す情報を今のうちに整理しておこうか。

 表向きなんの問題もない第二王子は王位簒奪を目論んでいて、その王子が好きで婚約者を陥れようとしているご令嬢。その腹黒王子は勇者オタク。王位に就くのも勇者を手元に置きたいが為……。

 んん? もしかして第二王子って、自分が勇者になったら大満足して王位簒奪なんて企まないんじゃ……? そしてマリーウェル様のあの惚れ込みようは別に王妃として立たなくても隣にあの王子がいれば満足では……?

 そうね、それも考えに入れておこう。そして、アクア様にどこか困っている精霊がいないか聞いてみよう。どれだけ強い精霊様を助けることが出来たら勇者にして貰えるのかとか。

 せっかくお茶で落ち着いたのに、そんなことを考えたらまた溜息が漏れた。


 

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