第9話 初めて好感度が動くのを見た


 皆はガンガン先を進んだ。

 枝分かれした道の先はだいたい行き止まりで、たまにある宝箱も最初と同じようにショボいものばかり。鉄の剣なんか出て来た時は、三人とも拾おうともしなかったし。一応二束三文だけど売れるんだよ……貧乏性な私は持って帰りたい欲に駆られたけれど、ここにはインベントリもなく、鉄の剣はだいぶ重い。邪魔以外の何物でもないので、諦めてそこに放置で進むことにした。どこかにないかな、マジックバッグ的な何か。あっても高かったりするのかな。

 道は段々と下に向かっている。

 入り口から上に上がれなかったから進む以外は出来ないんだけど、それでも下に向かっているのは皆の不安を掻き立てるようで、歩き始めて二時間もすると、軽口も少なくなった。

 魔物が強くなっていっているのもある。  

 けれどやっぱり先頭のザッシュ様は苦戦することはないし、シーマ様の魔法攻撃も冴えわたっており、グロリア様とアレックス殿下の出番も私の出番すらない。

 Bランク冒険者にはかなり楽勝だとは思うけれど。

 グロリア様のすぐ後ろを歩きながら、私は周りの様子をひたすら観察していた。

 テレビ画面で見るゲームとは違う、リアルなダンジョンは、肌に感じる空気や匂いとも相まって、かなり迫力がある。序盤のダンジョンでもだ。

 これ、魔王城だったらどんな感じなんだろう。ライ君にこっそり聞いたら教えてくれないかな。敵認定されて終わるか。即私終了のお知らせが届きそうだからやめとこう。

 魔物はダンジョンに吸収されるのか何なのか、切られたら黒い光になって消えていく。その光景は冒険者三人組にとっては見慣れたものらしく、「ドロップ品が全然でないな」などと軽口を叩いているくらいだ。

 反対にグロリア様は魔物が消える間際はしっかりと見届け、手は祈りの形に組んでいたり「ごめんなさいね」なんて涙ぐんでいたりする。聖女かな?


「冒険者になるには、こういうやり取りに慣れないといけないのですね……」


 グロリア様の魔法で倒されたミニマムドッグが光となった時、グロリア様は溜息と共にそんなことを呟いた。

 そこへすかさずシーマ様が寄ってきて、グロリア様の肩をそっと抱き寄せた。


「辛いなら、僕たちが魔物を駆逐しよう。グロリア嬢はローズクオーツ嬢を守っていて欲しい」

「いいえ、大丈夫です。魔物は害悪、というのは理解しておりますから……生き物の負の魔力が形となって現れる形あるものだから、生きる物を襲わずにはいられないのですよね……」

「そうだ」


 ちゃっかりグロリア様を抱き締めながら、シーマ様が素晴らしいとグロリア様を誉める。

 鑑定をすると、シーマ様のハートが三つほど色づいていた。視線はグロリア様に向かっている。

 そして、それをガン見していた私に視線が向いた瞬間、ハートの色は一つ目の三分の一ほどにシュンと減った。

 初めて好感度が動くところを見ました。そうなるのね。視線の先にいる人に対しての好感度なのね。初めて知った。

 ということは、シーマ様は少なからずグロリア様を想っているということでファイナルアンサー?

 これは、ヒロイン枠はもしやグロリア様? 私ではないことはまあ、最初から分かっているけれど。

 チラリとアレックス殿下のステータスを鑑定すると、ハートは一つ半染まっており、友人程度にとどまっている状態だった。もちろん視線はグロリア様に向いている時に見た数値だ。

 ザッシュ様はひたすら前を警戒しているので、グロリア様に対する好感度をその場で調べることは出来なかった。


 何やら複雑な気持ちを抱えながら、私達生徒会役員一行は先に進む。

 最後の下り道を下りると、そこからは石畳になっていた。

 靴の音がカツンと響く。


「この音で魔物に気付かれるな……」

 

 ザッシュ様が足元を見下ろしながら思案顔をした。

 確かに、ここは走ると魔物とエンカウントする場所だ。ゆっくり進むと魔物が少ない、という情報はここをクリアしてからネットの情報で知ったこと。でもここでレベルを上げないとそもそも先の泉の魔物を倒せないから、うろうろして魔物とひたすらエンカウントしまくったので、走らないという手はない。

 けれど、そもそもこの人達はBランカー。むしろ個々の魔物程度ではレベルなんて上がらないんじゃなかろうか。だったら、エンカウントするだけ無駄かな。

 三人の実力を信じて、私は背負っていた荷物から敷物用に持ってきた布を取り出した。

 それを持っていた短剣で小さめに裂いていく。

 

「ローズクオーツ嬢⁉」

「これを、靴に巻いたら消音になると思います」


 全部で十本に裂いた布を、自分の靴に巻きつけて見せる。

 すると、皆がなるほどと同じように靴に巻き始めた。

 それだけで靴の音はだいぶ減る。

 

「後で布は弁償しよう」


 殿下は足音が大分小さくなったのを確認してから、こちらを向いてニコッと笑った。

 弁償って、これ単なる学園側の支給品ですから。むしろ学園の備品を裂いたのを怒られる方なのでは?

 その疑問を殿下にぶつけると、殿下はショックを受けたような顔になった。


「俺はそんなに狭量に見えていたのか……地味にショックだ」


 胸に手を当てて落ち込んだアレックス殿下の背中を、ザッシュ様が何も言わずにポンポンと叩いた。その顔は、珍しくニヤリとしていた。実は楽しんでるね。



 無事魔物とのエンカウントもなく奥の泉に辿り着いた私達。

 泉はドロドロとしており、ヘドロのような匂いが辺りに漂っていた。

 ゲームでは視覚だけだったけれど、ここに嗅覚も来るとちょっと辛い。ハッキリ言って、臭い。

 これ、ボスを倒しただけで綺麗になるの?

 でもここで魔物を倒して泉を綺麗にしないと、地上までの転移陣が現れないから、ここに来るしかないんだよね。強制イベントの一つだから。

 そこで、ハッと気付いた。

 ここで殿下たちが魔物を倒して泉を綺麗にしたとして、勇者はどうなるんだろう。

 勇者不在? それとも殿下が勇者になる?

 どっちにしろ、クリアしないと帰れそうもないから、頑張ってもらうしかないんだけど。

 

「なんだここは。王宮にあった地図にも載ってないぞ。シーマ、お前わかるか?」

「僕も初めてだよ。この地図にはそもそも森しか描かれてないから。ここまでの道は一応憶えているから、後で紙に書き込む予定だけれど……それにしても酷い匂いだ。グロリア嬢、大丈夫か?」

「ええ……でも、どうやらここが最奥のようですわね。私達、地上に帰れるのでしょうか……」


 ハンカチで鼻を押さえながら、グロリア様が不安げに呟く。

 周りは岩で覆われた、だいぶ広い場所。奥の方は暗くて見えないけれど、ここから視認できる位置には、横道に進むような穴はない。

 中央にある泉もだいぶ広く、その泉全体から酷い匂いを発しているのか、このフロアは全体的に臭くてキツイ。

 匂いじゃ庇ってあげられることもできないから残念だったね、シーマ様。

 

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