第10話 泉のボス戦


「今のところ魔物の気配はないみたいだから、ここからどうするか決めようか」


 少しだけ開けた場所に腰を下ろして、アレックス殿下がそうきり出す。

 手持ちの水を飲み、小休止するけれど、匂いのせいであまり長いはしたくない。


「どうやらこの先に道はないようだ。他の道も見当たらなかったし、戻るにしても入り口は出られそうにない。何か対策がある者は挙手」


 非常用の干し肉噛みちぎりながら、アレックス殿下が私達を見回す。

 皆思案顔で手を上げる者がいなかった。そりゃそうだよね。行き止まりだもの。手詰まり感が強い。けれど、私はここの攻略法を知っている。問題は、その情報をどこまで出せばいいのかだ。

 このまま泉に近付けば、強制的にボスとエンカウントする。泉の水を汚している張本人だ。

 ムキムキマッチョな身体にヤギの頭をくっつけた、どこかの何かで悪魔と呼ばれている何かに似ている魔物。名前もその悪魔と同じ。

 見た目は強そうだけど、実は魔法にてきめんに弱く、レベル10程度の魔法でかなり削れたりする。

 シーマ様とグロリア様がいれば多分瞬殺。そしてボスドロップに『欠けた証』を落とすのだ。

 私も殿下に負けず、皆の顔を見回した。

 グロリア様の顔色は青く、ハンカチが手放せていない。この匂い、得意な人はいないと思うけれど、具合悪くなるくらい苦手なんだろうな。この様子だとグロリア様のためにも早くクリアしないといけないかもしれない。

 私はスッと手を上げた。


「ローズクオーツ嬢……? 何か、いい案はあるのか?」


 皆が私に注目する。

 グロリア様のためにも、ここはちょっとでも情報を開示しよう。


「今から私が言うことを、無条件で信じて欲しいです。追及されても説明できないので」


 最初からの牽制に、スッとザッシュ様とシーマ様の目が細められる。

 アレックス殿下はきょとんとしていて、グロリア様は相変わらず顔色が悪い。


「信じますわ。ローズクオーツ様のことは、私、全て信じております」


 口火を切ってくれたのは、グロリア様だった。

 無意識に握られていた私の手に、グロリア様の綺麗で細い手が重なる。

 グロリア様のために、私の知識をさらけ出そう。他の三人は多分自力で何とか出来るけれど、グロリア様は放っておけない。

 

「あの泉には、ちょっと強めの魔物が巣食っています。それを倒せば泉が綺麗になり、ここを住処にしていた水精霊様が息を吹き返すはずです。その精霊様にお願いして、地上まで送ってもらいましょう」

「「「は?」」」


 冒険者三人組が素っ頓狂な声を上げる。

 

「なんだそれは。どこ情報だ」

「俺も初耳。シーマは?」

「僕も聞いたことない。それよりもこんなところにこんな泉があって、そこに精霊様が住んでいるなんて、はいそうですかで済ませられる問題じゃないんじゃないか?」

「精霊様が消えて久しいっていうしな。精霊様情報、最近更新されてないしな」


 三人がひそひそする中、グロリア様はキラキラとした目で私を見つめてきた。


「素晴らしいわ、ローズクオーツ様。その魔物はどうすれば現れるのですか? 精霊様を助けましょう」

「こんなわけわからない情報を何の疑いもなく信じてくれるグロリア様が尊いです。私のことはぜひローズ、と呼んでください」

「ローズ様……?」

「呼び捨てでお願いします。グロリア様のために、泉にいる魔物情報をお教えしますね」


 しっかりとグロリア様だけを見つめて、私はにっこりと微笑んだ。


「魔物の名前は『バフォメット』一応下層魔族です。力が強くて、攻撃力は超強力ですが、魔法にはてんで弱いので、グロリア様なら瞬殺です。グロリア様、一緒にやっちゃいましょ!」


 目を白黒させているグロリア様の腕を上げて、一人「おー!」と気合を入れていると、眉間をもんでいるシーマ様からストップがかかった。


「待て待て、どうしてローズ嬢がそんな情報を持っているんだ」

「いやだから最初に追及されても説明できないって言ったじゃないですか」

「そうだけど!」

「ここではザッシュ様とアレックス様はほぼ手が出ないので、信じてくれるグロリア様の超強力魔法と私のヘッポコ初級魔法でガンガン行っちゃいますね。あ、でも私の魔法どの属性もほんと初級どまりなんで、シーマ様補助をお願いしますね」


 さ、行きましょ、とグロリア様を立たせると、今度はザッシュ様からストップがかかった。


「ローズ嬢、魔族だったら女性二人は危ない。俺では盾くらいにはなれないか?」

「攻撃を止めてくれるのであれば助かります」


 よろしくお願いします、と頭を下げると、今度はアレックス殿下が立ちあがった。


「じゃあ俺も盾かな。君たちには攻撃がいかないよう頑張るよ」

「いやいやいや、王族を盾になんて恐れ多くてできないですよ」

「それこそ女性を矢面に立たせるなんて、王族の前に男として終わってるよ。ローズ嬢、君たちは俺たちの後ろで護られて」


 止める間もなく、前衛二人が走り出してしまった。

 慌てて追いかけているうちに、泉の水が盛り上がり、『バフォメット』がザバーッと腐った水をまき散らしながら現れる。


『バフォメット

 下級悪魔(イルミナの泉ボス)

 レベル:20

 スタミナ:92%

 体力:704

 魔力:30

 知力:29

 俊敏:38

 器用:22

 運:19

 序盤の泉を住処にする下級悪魔。泉の精霊に恋をして、フラれた事に逆上し泉に精霊を閉じ込めている』


 体力以外、ショボい。ショボすぎる。なるほど魔法であっけなく死ぬのがどうしてかわかった気がした。これを脳筋というんだね……それにしても気になるワードが一言の欄に。


「精霊にフラれて監禁……」


 ついつい鑑定の結果を口にしてしまうと、その事がバフォメットに聞こえてしまったのか、バフォメットはいきなり瀕死状態の能力アップを果たした。


「え、何で⁉」


 最初からフルスロットルですか!

 私が煽っちゃった感じ?

 それでも魔法に弱いことには変わりなく、ただ体力が上がったくらいだけど! これ腕力とか示されないけど、力は強そうだな。やっちゃったかな。

 参ったな、と周りを見れば、誰も驚いていなかった。これが通常形態だと思っているっぽい。気後れしていなくてよかった、とホッとしながら、初級魔法を飛ばした。

 私のヘッポコ初級魔法は、バフォメットの体力を30程減らすことに成功した。やっぱり魔法にはてきめんに弱い。これぞまさに脳筋……

 そんなことを考えていたら、隣から特大のファイアボールが勢いよく飛んで行った。

 動きの遅いバフォメットは避けるということをしないので、まんまと被弾している。

 そして削れた体力は209。さすがグロリア様。

 更に追い打ちをかけるように、シーマ様がかまいたちを大量に飛ばしていく。

 バフォメットの振り回した大剣は、ザッシュ様が難なく止め、私達には攻撃が来ない。

 これほど楽勝なボス戦なんてあるんだろうか。

 ターン制だとすると一ターンでバフォメットの体力は半分近く削られたことになる。

 もう片方の手に握られた剣をバフォメットがブンと振り落とすと、今度はアレックス殿下が難なくそれをはじき返した。金属のぶつかる音の合間に炎のゴォォォォという音とシュシュシュという風きり音が洞窟内に響き渡る。

 それだけ攻撃を受けながらも、バフォメットのヘイトは私に向かっていた。これはすごくいい流れなのでは。

 バフォメットの赤く光る眼を見ながら、私も初級魔法を飛ばした。

 

 戦闘時間実に五分。

 アレックス殿下がバフォメットの腕に切りつけたところで、体力のなくなったバフォメットは咆哮を上げて黒い光へと変貌した。

 

「案外楽勝だったな」

「ローズ嬢の言ったとおりだったな」

「さすがローズ嬢」


 冒険者三人組に口々に褒められて、私の口から盛大に溜息が出た。


「どうしてあなた方まで私を愛称で呼ぶのですか。私はグロリア様に呼んでほしくて」

「まあまあ、一緒に死闘を乗り越えた仲間じゃないか」

「殿下さっき楽勝って」

「なんのことかな。……ん?」


 殿下は何かを見つけたようで、その場で屈んでそれを拾った。

 きらりと光を反射するそれは、私の知っているシナリオ通り『欠けた証』だった。

 

「なんだこれ」


 殿下が拾った証を持ち上げた瞬間、その証は自ら発光し、洞窟内を眩しい程の光で満たした。

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