第11話 勇者の称号


 眩しすぎて思わず目を瞑る。それでも瞼の裏には光の残像が残り、視力の回復に時間がかかった。

 なんとか視界が回復すると、ふわりと鼻をくすぐったのは、草の匂い。

 今まで私達を苦しめていた悪臭は、一瞬にして消え去っていた。

 泉のヘドロはなくなり、枯れかけていた草は瑞々しい。所々に綺麗な花が咲き、どこからか光が入り始めたのか、泉が光を反射してキラキラしている。

 他の人たちも視力が戻ったらしく、驚いた顔で辺りを見回している。


「これはどういうことだ……?」


 今までのおどろおどろしい風景とは全く異なる景色に、皆驚いた表情を顔に貼り付けていた。

 そんな中、私は一人、泉に視線を向けた。

 あのシナリオ通りなら、ここで泉の精霊様が現れるはずで……


『忌まわしき魔族を消し去ってくれた者たちよ……』


 まるで鈴の音のような可憐な声が、辺りに響く。

 それは耳から聞こえてくる音とはまるで違う響きを持っていて、直接脳に語り掛けられているかのような錯覚に陥るものだった。

 これはあれだ。ゲームの声優さんと同じ声だ。

 その声と共に、泉の中央に全身が寒色系でまとまった美人が浮いている。

 ずっとそっちを見ていた筈なのに、その人が現れたところを肉眼で確認することが出来なかった。まるで瞬きしている間に現れたような不思議な感覚だった。

 なるほどこれが精霊か。

 

「せ……い霊様……」


 アレックス殿下はそう呟くと、サッと地面に膝をついた。それに倣う様に他の人たちも膝をつく。慌てて私も膝をついた。

 フーン精霊かーなんて気楽にしていたけれど、王族が敬意を払う相手なの?


「偶然だったとはいえ、精霊様の危機をこの手で救うことが出来たこと、光栄に思います」


 殿下がいつもはない真面目さでキリッとそんなことを声高に伝える。今までの気安さから王子だということを忘れていた私は、ようやくこの人がこの国の王族だということを思い出した。王子サマすら敬う精霊様。精霊って実はすごいの? そんな重要人物だったの?

 混乱していると、精霊様は淡い笑みを浮かべて、声を響かせた。


『ありがとう。もう少しでこの地はどの精霊も入れない不浄の地と化してしまうところでした。本当に助かりました』

「いいえ、ご無事で何よりです。先程の魔族は、いつからここを?」

『三百年くらいかしら。まだ私が眠りから覚めたばかりで力が弱かった時にここに現れて……』


 アレックス殿下の言葉に、うっ、と精霊様は目元に手を当てた。

 そりゃ思い出したくなんかないでしょう。告白されて断ったら激情されて監禁されたことなんて。


「どうして魔族はあのような……」 

「精霊様! 嫌なことは忘れるべきです! 悪魔は消えましたし、ここは綺麗! もう精霊様は自由、お好きにしていいのです!」


 核心を質問しようとするアレックス殿下の言葉を遮るように、私は叫んでいた。助かった人に原因を聞くなんて、これ痴漢の二次被害と一緒!

 語尾を強く止めれば、アレックス殿下は眉をよせ、首を傾げつつも、雰囲気に流されてくれたのか、口を閉ざした。

 すると、精霊様は私と視線を合わせて、嬉しそうににこっと微笑んだ。


『気遣ってくれてありがとう。口に出すのもおぞましい……ああ……そうね。貴方の言う通りもう自由にしていいのね。あの臭いやつもいないのよね。だったら……ねえ、貴方たち、ああいう最悪に迷惑な奴らを殲滅してくれない? 見たところ大分強そうよね。頷いてくれたら私から祝福をあげるわ』


 考える間も答える間もなく、精霊様は『祝福を』と私達のところにサァァァ……と雨を降らせた。

 祝福の雨だ。そうそう、シナリオではこれで勇者たちは初めて『勇者』っていう称号になったんだよ。

 私もかかっちゃったんだけど大丈夫なのかな。

 そっと自分のステータスを見ると、職業欄に『称号:叡智の勇者』と付け加えられていた。

 やっぱり……

 私単なる乙女ゲームのサポートキャラなんだよ。それなのに何で勇者。しかも叡智とかついてる。もしかして知力の数字が高いから?

 確かに、他の人達よりほんの少しだけ知力が高いけども。

 溜息を呑み込みながら他のメンバーを見ると、アレックス殿下が『運命の勇者』、ザッシュ様が『勇猛の勇者』、シーマ様が『理念の勇者』、グロリア様が『慈愛の勇者』という称号になっていた。

 ああ……ライ君、君が必死で勇者の芽を摘んだおかげで、二人の筈の勇者は、五人になったよ……

 これは将来私達とライ君の最終決戦が待ってるのかな……



『また遊びに来てね』


 そう言ってダンジョンの入り口に出る転移陣を作ってくれた精霊様は、とても気安く手を振って見送ってくれた。

 勇者の称号のある人たちにだけ使える転移陣なんだそうだ。定期的に来てくれたらまた汚らしい人が来てもやっつけてくれるでしょう? と美しく笑った精霊様は、完璧に自分都合で私達を勇者にして、転移陣を制作した模様。確かにゲームの精霊たちは皆かしましく、自由だったけれども。筆頭の方が一番自由だった。


「あんなに爛漫な方が監禁されてたら、そりゃ元凶を倒した人に勇者の称号くらいあげちゃうよね……」


 森の端っこの大樹の下に出て来た私達は、太陽が既に傾き、終わりの時間に近付いていることに気付き、学園まで全速力で走った。

 そんな中、振り返って仄かに見える転移陣を見ながら思わず呟くと、すぐ横を走っていたアレックス殿下が目を瞠ったのが目に入った。


「監禁……? 勇者の称号ってどういうことだ? 祝福は受けたし、とても身体は軽いが……」


 走りながらも、皆がこっちに耳を傾けている。

 ここまでくると、もう状況を誤魔化すこともできないかなと、私は諦めてそっと足を緩めた。

 学園に戻ってしまうと、きっとこういうことを伝える隙がなくなるから。

 私が走ることをやめて歩き始めたので、皆の進みもそれに合わせたものになる。シーマ様が言うには、ここから学園まで徒歩で一時間かかるかかからないかというところらしいから。


「最初に言っておきたいんですが、私、単なる貧乏伯爵家の令嬢なので、王宮に務める気も資格もありません」


 私の一言に、皆が不思議そうな顔になった。何が言いたいんだこいつ、とでも思っていそうな顔だ。

 そりゃそうだよね。ただ単に成績優秀なだけの貧乏令嬢が王宮に務めるの務めないのと。烏滸がましい以外の何物でもない。

 けれど、これを言わないといけないんだ。


「私は、『鑑定』を授かりまして。皆様がどのような祝福を受けたのか、鑑定の石板がなくてもわかります」

「おお!」

「それは!」

「なるほど」

「そうなのですね」


 皆が感嘆の声を上げる。待って、私の言葉、そんな簡単に信じちゃっていいの?

 戸惑っていると、アレックス殿下がずいっと身を乗り出して来た。


「精霊様の祝福ってどんななんだ? ローズ嬢は見えるのか! じゃあ、俺がどんな祝福を受けたのか鑑定してもらってもいいか? もちろん相応の礼はする」

「お金なんて取れませんけど」


 キラキラした目でこっちを見てくる殿下に呆れながらも、もう一度殿下を鑑定する。

 相変わらず、名前の下に『運命の勇者』と書かれている。

 良かった。鑑定の方に気をとられて、失言した精霊様の過去は誤魔化せた。あれは名誉にかかわるからね。


「『運命の勇者』という称号がアレックス殿下に付いています」


 ステータス値は大体二割くらい底上げされてるんだよ。殿下はほぼ全部のステータスが。私は知力が、ザッシュ様は体力が、シーマ様は魔力が、グロリア様は運が、大体二割ほど底上げされている。

 殿下の運なんか、面白いくらい高い。この人、幸運の星の元に生まれたんじゃないかってくらい高い。

 そんな幸運の殿下は、私の答えを聞いてとても微妙な顔をしたかと思うと、何やら頭を抱え込んでその場にしゃがみ込んでしまった。


「マジかー……勇者の称号か……他のだったら欲しかったけど、勇者の称号だけはいらなかったなー……」

「ちなみに私含め、ここにいる全員勇者の称号貰っちゃってますよ」


 付け足すと、今度は皆微妙な顔になった。

 そして、シーマ様が私の肩にポンと手を置いた。


「ローズ嬢……多分君は、巻き込まれるぞ」


 そんな言葉はまったく聞きたくなかったんですけど。一体何に巻き込まれるっていうんですか。そこんとこ詳しく教えてください。

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