第12話 乙女ゲームは兄さんの代だったんじゃないかな


 学園に辿り着く頃には、日は沈み、森の中は見通しが悪くなっていた。

 門の前に立っていた先生たちは、まだ帰ってこない一年生をチェックしていたらしく、アレックス殿下の顔を見ると、手にした名簿を見せて打ち合わせをし始めた。

 

「ローズ様、お疲れ様。今日は私達につきあわせてしまって本当にごめんなさいね。きっとそのうち王宮から連絡が行くと思うの。その時は私と一緒に行きましょうね」

「グロリア様……!」


 王宮に呼ばれるなんて人生の中で経験したくないハプニングナンバーワンだよ。でもグロリア様が一緒に行ってくれるなら、安心かもしれない。


「その時、私のことは……」

「悪いようにはしないと、私達が保証します。さ、今日は慣れないことの連続で疲れたでしょう。無事終了のお土産を向こうで貰って、ゆっくり休んでくださいね」


 私の手を取って安心させるように握ってくれたグロリア様は、さあさ、と私の背中を押して手を振ると、アレックス殿下たちの話し合いの方に混ざっていった。

 背を押されたってことは、もうお役御免ってことだよね。

 それにしても色々あり過ぎた。

 乙女ゲームだと思ったらあの壮大なRPGで、魔王が勇者誕生を阻止したと思ったら想定以上の数の勇者が誕生して。

 アレックス殿下が頭を抱える程の難題がこれから待っていて。

 これは、あれだ。

 メインキャラだけは乙女ゲームだけど、シナリオはRPG主体と思った方がいいかもしれない。

 後で部屋に帰ったら、RPGの記憶をあるだけまとめた方がいいかもしれない。

 受付で「お疲れ様」と先輩から手渡された袋を手に、私は疲れた身体を引き摺りながら、案内されるまま、特別メニューの夜ご飯が出る食堂へ向かった。



 帰りの馬車を待ちながら、食堂で豪華メニューに舌鼓を打つ。

 食堂に集まっているのは、一年生のみ。そこそこに席が埋まっていたので、私は最後の方ということだ。

 視線を動かしてみると、遠くの席でライ君がパーティーを組んだ勇者候補だった二人と談笑している。とても楽しそうだけれど、あれは本当に仮面なんだろうか。遠すぎるのでちょっと鑑定も使えない。

 それにしても今日はイレギュラーが多すぎた。

 疲れ切った身体で馬車に乗り、帰路につく。

 ライ君たちは学園の寮に入っているらしいので、馬車での移動がないのがちょっと羨ましい。私も寮に入ろうかな、なんてちょっと思ったりする。

 

「ただいま帰りました」

「あ、おかえり、ローズ。今日はどうだった?」

「新入生歓迎会を上級生に開いていただきました」


 丁度通りかかった兄さんが私の帰宅の知らせを受けて玄関で向かえてくれる。

 兄弟仲は良好。辛うじて使える剣と全属性の初級魔法は、この兄から叩き込まれたと言っても過言じゃない。グロリア様の破壊力の四分の一も威力はなかったけど。

 兄さんの顔は私と似ていて、同じように眼鏡をしている。だから、眼鏡を取ったら美形なんてこともない。

 私の言葉に、兄さんは顔をほころばせて「ああ」と頷いた。

 兄さんも、私が入学するのと入れ違いに卒業したので、学園の行事は色々と経験済みなのである。


「今年はどんな歓迎会だったんだい?」

「森でサバイバルしました」

「は……?」


 兄さんの質問に答えると、兄さんは私の返答を理解できなかったようで、目が点になっていた。

 

「サバ……イ、バル……?」

「はい。上級生たちの設置した罠を回避したり、魔物を狩ったりしました。でもまあ私は生徒会の方で行動させてもらいましたが。なかなか刺激的な一日でしたよ」

「ええ……」


 兄さんの顔には「ありえない」としっかりと書かれていた。

 聞くところによると、兄さんが在学中は上級生の魔法披露会や、音楽会、学園内屋台など、いかにも乙女ゲームっぽい内容の新入生歓迎会が催されたようだ。

 何がどうなると森でサバイバルのなるのか。アレックス殿下が何を考えてここまで路線変更したのかが滅茶苦茶気になる。


「と、とにかくお疲れさま。何事もなかったかい? 怪我とかしなかった?」


 気を取り直したように兄さんが訊くので、いつものように報告をした。


「ちょっと見回りしていたら変な穴にグロリア様が落ちてしまい、皆で後を追いかけたら最奥に泉があって下級魔族がいたので倒したら精霊様に感謝されて勇者の称号を貰いました」

「……冗談だよな?」

「冗談だったらどれだけよかったことか」


 はぁ、と心からの溜息をついていると、兄さんが青い顔をして、踵を返した。ほぼダッシュと言ってもいいスピードで廊下を進んでいく兄さんの向かう先には、父さんの執務室がある。今の言葉、寸分たがわず報告されるんだろうな。

 もう疲れたから、私はお風呂に入って寝よう。何もかも忘れて寝よう。

 小さいころから世話になっている侍女にお風呂の用意をお願いして、自分の部屋に向かった。

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