第37話 見つけてしまった……

 

 たしかな手ごたえを感じながら、試験用紙を教師に渡した。

 多分大丈夫。一応埋めた。

 

「では、結果は明日、滞在先にお届けいたします」

「よろしくお願いいたします」


 監督の教師に挨拶をすると、私は晴れ晴れとした気持ちで外に出た。

 よし。夕方まではまだ時間がある。

 街に行こう。

 乗って来た馬車は、試験中ずっと待っていてくれたので、下りた場所に急ぐ。

 馬車に近付くと、トレフ君ではない方の御者、バールさん(29)は、手を振って迎えてくれた。


「お疲れ様です。どうでした、試験は」

「多分大丈夫だと思うんですが、後はなるようになるです!」

「おおぅ……頼もしいですね、ローズ嬢。んじゃ、これから宿へ?」

「街にお願いしたいです。本屋に!」

「了解しました。さ、乗って下さい」


 バールさんは私に手を貸してくれて、私が乗ったのを見ると、しっかりとドアを閉めて、御者台に座った。

 静かに馬車が走り出す。

 すっかり学園の試験を頭から消し去って、全力で楽しむことにした。

 結構栄えている町並みを堪能していると、ゆっくりと馬車が止まった。

 ドアが開いて、パールさんが顔を出す。


「本屋に着きましたよ」

「ありがとうございます」


 お礼を言ってわくわくしながらパールさんに手を借りて馬車を降りる。

 すると、目の前にはお目当ての本屋があった。

 行ってらっしゃいと手を振られ、手を振り返して早速本屋のドアを開けのぞき込むと、店の中には、大きな本棚が所狭しと並んでいた。

 店の中自体がそれほど大きくないからこそ、圧巻だった。


「うわぁ……」


 思わず感嘆の声を上げてしまう。

 その声に反応したのか、奥から人がひょこっと顔を出した。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 その人を見た瞬間に思ったのが、若いな、だった。

 ちょっと跳ねた髪の毛と、人好きのする笑顔がとてもわんこっぽく。

 私の中で何かの警鐘が鳴った。

 

「……たくさん本がありますね」

「うちは蔵書量だけは他の古書店に負けないですよ!」


 問いに答えずそう返せば、私の言葉ににぱっと満面の笑みを浮かべた。

 悪い人じゃないどころか、いい人っぽいのにこの危機感は何だろう、と思って、そっと鑑定を使ってみた。


『リュビ

 職業:本屋の店員(アルバイト) カロッツ王立高等学園生一年(攻略中)

 レベル:12

 スタミナ:83%

 体力:245

 魔力:58

 知力:69

 防御:104

 俊敏:168

 運:45

 スキル:怪力 身体強化 格闘 スルー

 平民枠で王立高等学園に通っている。学費を稼ぐため本屋でバイト。ただいまヒロインに迫られているけれど持ち前の鈍感さで全く気付いていない

♡♡♡♡♡』


 鑑定結果を見て、変な声を出すところだった。

 待って。こっちの学園でも乙女ゲーム進行中なの?

 こんな攻略対象者知らないけれど。私のやったことない乙女ゲームだったらお手上げ。

 っていうか、これは試験を頑張って、その後学園に通わない方向で行かないと巻き込まれるのでは……?

 冷や汗を垂らしながらそっと店員から視線を逸らす。

 すると、店員は「届かないときは声をかけてね-」とちゃんと空気を読んで引っ込んでくれた。

 そしてふと気付く。スキル『スルー』。


「……スルースキルか」


 なるほど、狙っている女の子相手にはこれほど強力なスキルはないないね。

 うんうんうなずきながら、ただ狭い棚の間を歩く。

 本に目を向けても、いつものわくわくよりもまたやっかいごとがあるのかなという不安が心を占めていて、楽しさも半減してしまう。

 あーあ、ここにはドッケン氏の本がないかを探しに来たのに……

 ドッケン氏……

 溜息を吐いて顔を上げた瞬間目に飛び込んできたのは、鮮やかな青い色の背表紙。


「あーーーー!」


 思わず大声を出してしまって、慌てて口を押さえるも、攻略対象店員さんが焦ったように飛び出してきた。


「何々⁉ どうしたの!? 大丈夫?」


 バタンとドアの音もして、外からバールさんも店に飛び込んで来たので、私の奇声は外まで丸聞こえだったことが判明した。

 はぁ、恥ずかしすぎるし迷惑すぎる……

 でもでも、これがあるんだから奇声は仕方ない、仕方ない。


「ごめんなさい。何でもないの。ただ、すっ……ごく欲しい本があって」

「あ、なぁんだ。よかった。本がなだれてきて怪我でもしたのかと……よく店長には本置きすぎって言ってるんだけどね」

「本当にごめんなさい。バールさんも、心配かけてごめんなさい」

「いや、ローズ嬢が無事ならいいんだけど、あれだけの大声出すほど欲しい本ってなんなんだ?」


 興味津々という体でバールさんが近づいて来たので、早速鮮やかな青の背表紙に手を伸ばした。

 本棚から本を取り出すと、愛してやまないドッケン氏の『セルゲン国旅行記』の表紙が出てきた。

 学園の図書館では愛読書としていたこの本。絶対に自分でも所持したいと思っていたのだ。

 ここで売っているというのはもう運命では? 


「これください。他にこの方の本はないですか。あればあるだけ欲しいんですけど。あ、お金はマリウス王国のマーランド伯爵に請求をお願いします。払い渋ったらノア・マーランド宛てにお願いいたします」

「お買い上げありがとうございます! 待ってね、その著者の本を探すから」

「お願いします」


 店員が本棚を探し始め、バールさんまで「ドッケンドッケン……と」と言いながら探し始めたので、自分でもドッケン氏の本がないか視線を動かす。

 彼の旅行記の背表紙はどれも目が奪われるほどに鮮やかな色合いなので、わかりやすいはず、なんだけど。

 セルゲン国以外のドッケン氏の本は残念ながら見つからなかった。一冊だけなら手持ちで買えるからとお金を払うと、店員が眉尻を下げて謝ってきた。


「ほんとごめんね。蔵書量は負けないなんて豪語したのに……」

「いいえ。こういうものはめぐりあわせなので、きっと今はセルゲン国のものしか必要ではないということなんだと思います」

「そっか。それ、いいね。俺もそう思うことにしよ」


 私の言葉に店員さんはわんこのような笑顔を取り戻し、買った本を手際よく包んでくれた。


「また来てね。店長に『ドッケンミュドラー』の本があったら仕入れてって言っとくから」

「ありがとうございます。そこまで言われたらまた来ないといけないですね」


 お互い手を振って、店を後にする。邪魔にならない場所に馬車を移動していてくれたバールさんと共に馬車に戻った私は、いそいそと乗り込んで、ドアを閉めてもらった瞬間鞄を抱きしめた。

 大本命のセルゲン国の本が手に入り、気分は最高。

 ちょっと気になるワードはあったけれど、学園編入試験に受かろうが学園にあまり通わない私には関係ない。

 あの攻略中店員はいいわんこ……ではなく、いい人だったし、さすが顔もよかったけれど、私との関係は店員と客、ただそれだけ。

 

「んふふ、いい日だったわ」


 語尾にハートマークがつきそうなほどルンルン気分でホテルに帰った私は、すでに用事を終わらせて待っていてくれた皆に囲まれた。


「どうだった……と聞くまでもない顔つきだな」

「本当に。ローズ様すごく嬉しそう」

「そう、そうなんですよーもう本当にうれしくて!」


 じゃじゃーん、と言いそうになりながら、鞄からセルゲン国旅行記を取り出し、お披露目する。

 

「今日この街の本屋さんでドッケン氏の本を手に入れてしまったのです! これはもう、快挙です!」


 私の言葉に、皆は一瞬訳が分からないという顔になって、その後苦笑に変わった。


「試験の出来が良かったとかそういうんじゃないんだな」

「僕たちが心配していたのは、今日の編入試験だったんだが……」

「あ、そっちはまあいい感じだったとは思います」


 ぐっとこぶしを握れば、アレックス殿下が笑い始めた。


「心配するだけ無駄だった」

「ほら、ローズ様は肝が据わっておりますから」

「違いない」


 

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